2026/9/7
一般質問報告、今回は巨人・阿部前監督事件に対する「娘も(が)悪い」という根強い価値観への違和感と、通報(法律用語では〝通告〟)に対する市の見解をまとめます。
議会の様子はこちら(12:35頃から)
「娘も(が)悪い」という価値観への違和感はこれまでも何度か綴ってきましたので、詳細は最下段のリンク先をご確認ください。
要約すると、「娘が児童相談所なんかに相談したから大ごとになった、娘の行動は軽率だった」という、娘側に落ち度を見出そうとする価値観への強烈な違和感と、そうした世論が通報を萎縮させるのではという懸念が主たるテーマです。
この様な風潮が強まれば、親などから手をあげられた子どもが通報を考えた際、「阿部監督の娘さんの様に、自分も悪者にされるかもしれない」と不安を抱き、相談や通報を思いとどまらせる圧力になりかねないと懸念されます。
果たして、通報・相談はすべきではないものなのでしょうか?家庭内のイザコザは家庭内で完結させるべき事柄なのでしょうか?市の見解は、次のようなものでした。
市「児童虐待は、子どもの心身の健全な発達に重大な影響を及ぼすものであり、家庭内のみで解決できる問題ではありません。また、児童虐待の防止等に関する法律においては、虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに通告しなければならないとされています。(中略)虐待の有無や程度については、児童相談所や市が行う調査等を踏まえて判断されるものであり、家庭内で完結させるべき事柄ではないと考えています。」
加えて、通報の結果、「虐待にあたらず」との判断がなされた場合、その通報は不適切な通報と判断されるかとの問いに対しては、
市「児童虐待に関する相談・通告は、虐待の早期発見・早期対応を図る上で重要であり、法律では、虐待を受けたと思われる児童を発見した場合に通告しなければならないこととされています。したがいまして、結果として虐待に該当しないと判断された場合であっても、通告時点で児童の安全確保を目的として行われたものであれば、不適切なものとは考えておりません。」
と法の趣旨を踏まえて答弁しました。法の建付けは通報の主体を、「虐待を受けたと思われる児童を発見した者は」と、第三者を想定していますが、こども家庭庁は子どもに対しも、「どんな些細なことでも大丈夫です。まずは相談してください。」と投げかけています。
前回報告した救急車もそうですが、通報者はあくまで医療のプロでも虐待防止のプロでもない、素人です。だからこそ、「ヤバいかもしれない」と思った時、然るべき機関つなぐことは自然な行動です。加えて、虐待か否かの判断は相談を受けた機関がすることであり、通報はあくまで判断を仰ぐ行為であって、断定ではありません。疑わしい行為に出くわした場合、通報することは法の趣旨に合致していることがこの度の答弁で明らかとなりました。
市も日々、様々な相談・通報を受けています。属人化せず、人事異動があっても対応しうる組織体制が維持されることが求められます。
この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>石川 翼 (イシカワ ツバサ)>2026.9一般質問報告②巨人・阿部前監督事件への違和感~「家庭内で完結させる事柄ではない」~