2026/7/3
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」が放送されていますが、その豊臣秀吉ゆかりの史跡が、実は門司港・和布刈にあります。
文禄元年(1592年)、朝鮮出兵の陣中にあった豊臣秀吉は、母・大政所の危篤を知り、急ぎ大坂へ向かいます。しかし、関門海峡最大の難所・簑瀬で御座船が動けなくなってしまいます。
その責任を負った船奉行・明石与次兵衛は、自ら切腹。その死を惜しんだ時の領主、細川忠興公は、与次兵衛を弔うとともに、二度とこのような悲劇が起こらないよう海上航行の安全を願って石塔を建立したと伝えられています。
戦争や関門橋工事などの影響で移設されながらも、約430年の時を経た今も、和布刈山のふもとで、明石与次兵衛石塔は関門海峡を見守っています。

今日は、この明石与次兵衛石塔前で執り行われた「海上航行安全祈願祭」に参列し、歴史の重みを感じながら、玉串を奉奠してまいりました。
昨年、国内では大小合わせて1,700件を超える船舶事故が発生しています。海上交通の安全確保は、今なお重要な課題です。
先人たちの願いを受け継ぎ、一件でも事故が減ることを願うばかりです。
ちなみに、この石塔のすぐそばからは、関門海峡を一望できます。
今日はうっかり写真を撮り忘れてしまいましたが…門司港を訪れた際には、ぜひ歴史と絶景の両方を味わっていただきたいスポットです。
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