2026/4/16
4月14日、16日に熊本を襲った地震から10年。「熊本地震10年犠牲者合同追悼式」が熊本城ホールで挙行され私も出席しました。当時、防災担当大臣政務官であったことから、熊本県庁に設置された政府現地対策本部にて本部長を経験したご縁でご案内をいただいたものです。改めて犠牲になられた方々に哀悼の誠を捧げ、被災された方々にお見舞いを申し上げます。幾多の困難を乗り越えて、支え合って来た10年だったことと思います。ご家族やご友人を亡くされた方には寂しさが消えることはないでしょうし、今もなお暮らしに不便を感じられている方には行政、政治が引き続き寄り添っていくことが大事であると考えています。

空港に降り立ち10年前のことを思い出していました。政府現地対策本部を立ち上げるにあたり、熊本にゆかりのある霞ヶ関の各省職員がまず熊本に入り、国と県と市町村の間の調整を行いました。熊本県庁、熊本市役所に出向経験のある国家公務員や熊本出身者でチームを組成したことが初動をスムーズにさせたと思います。この経験はその後も引き継がれることになりました。
防災担当の副大臣と大臣政務官が順番に政府現地対策本部長を務めましたが、河野太郎防災担当大臣からの指示は明確で「やれることはなんでもやる」という姿勢でした。同時に「被災された方々の中には、政府の担当者が女性だからこそ話せることもあるのではないか、丁寧に聞き取ってくるように」という指示もありました。避難所を周り、女性トイレをひとつずつ確認しごみ収集の状況を確認したことも覚えています。高齢女性は「仮設トイレに階段があると使いにくい」と訴えていましたし、杖をついての和式トイレの苦労も伝わってきました。「マンホールトイレ」の普及と、学校や公民館など避難所になる施設の「トレイの洋式化」は熊本地震の経験から多くの人に伝えてきました。仮設トイレひとつとっても、企業への連絡は経産省、運搬は国交省、設置は厚労省、管理は環境省と多くの省が関わりました。それぞれの専門性を活かし連携を積み重ねてきた経験を、これから設立される防災庁に上手に受け継いでもらいたいと思っています。
子育て中の家族等にとってのプライバシーの確保やパーテーションの設置、雨対策を取りながらの屋外テントの設営、学校を再開させることでこどもたちの生活リズムを取り戻す工夫など現場での判断が求められる日々でした。防災士やボランティアの皆さんにも助けられました。
熊本地震では余震も多かったことから車中泊という選択肢を取られる被災者もいました。情報を漏れなく伝達すること、最新の情報を届けることも簡単ではないと実感しました。避難所では掲示板に最新の情報が貼られているかも確認しながらまわりましたが、今ではスマホなどで情報を双方向でやり取りできるようにもなりつつあります。
タブレットを避難所で本格活用した最初のケースでもありました。プッシュで水や当面の必需品を届けた上で、プルでそれぞれの避難所で必要をしているものを聞き取るようにしました。こどもが多い避難所であればこども用のおむつ、高齢者が多ければ大人用のおむつが必要になります。女性の衛生用品も届ける必要があります。きめ細かい対応にタブレットからの正確な連絡が有効でした。電話などですと「ブルーシートお願いします」ブルーシート発送「ブルーシートまだですか」再度ブルーシート発送、といった重複が発生する可能性がありました。欲しいもののリクエストには「野菜」と書かれたものがあったのも覚えています。食中毒を起こさせないために生野菜は届けることができなかったのですが、野菜ジュースに代替したり、食事のアセスメントをしたりもしました。
この時の経験から、たとえば農協の青年部と倉庫協会の青年部とトラック協会の青年部と建設組合の青年部が日頃から顔馴染みでいればいざという時に大きな力になるはずだ、と考え私が自民党青年局長との時に各団体で災害時に協力しあうことを目標に掲げました。
熊本地震からの教訓の全ては記しきれませんが、災害の頻発化、激甚化への備えを行っていきたいと思います。
デジタル化も被災自治体の助けになります。2024年1月1日に発生した能登半島地震では発災直後から民間のデジタル人材が被災地に入り、避難者の状況を把握するためのシステムをその場で構築するなど貢献しました。この経験からデジタル庁では「災害派遣デジタル支援チーム 通称:D-CERT(Digital Coordination and Emergency Response Team)」を創設しました。災害発生直後に医師などの専門家が派遣されるのと同様、デジタル支援チームも被災地に派遣され災害対応に必要なデジタル支援メニューの提案などを行っていきます。
熊本城の完成は2052年頃だそうです。完全復興まで26年。そのプロセスもしっかり見守りサポートしていきたいと思っています。
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