2026/8/6
1)生食用ジャガイモの輸入解禁
今日の北海道新聞一面トップは、生食用ジャガイモの輸入解禁に向けた政府の手続きが最終段階に入るという報道です。
北海道は日本最大のジャガイモ産地であり、万一、新たな病害虫が侵入すれば、その影響は計り知れません。これは単に一つの農産物の問題ではなく、日本の食料生産基盤と食料安全保障に関わる重要な課題です。
私は、自分の経験もふまえ、これまで一貫して、病害虫侵入リスクを軽視すべきではないと訴えてきました。国内農業を守る、食料安全保障、そのためにも、生食用ジャガイモの輸入解禁に反対します。
https://note.com/ohsakaseiji/n/nbb90b45e1ab1?sub_rt=share_pw
2)被爆81年、揺らぐ核のタブー
この夏で、広島と長崎に原爆が投下されてから81年となります。
しかし最近、原爆投下を正当化するような声が目につくようになりました。
アメリカのトランプ大統領は、「原爆が戦争を終結させた」と主張しています。また、米ロの核軍縮合意である新戦略兵器削減条約(新START)は今年2月に失効し、核拡散防止条約(NPT)再検討会議も3回連続で成果文書を採択できませんでした。
国内でも、小泉防衛大臣は「核についてタブーなく議論しなければ安全保障は確立できない」と述べ、高市総理は非核三原則の見直しに前向きな姿勢を示しています。
こうした動きを目の当たりにすると、「核兵器は戦争を終わらせた」という考え方が再び広がり、「核のタブー」が揺らぎ始めているのではないかとの強い危機感を覚えます。
しかし、核兵器は人類と共存できる兵器ではありません。一度使われれば、無差別に命を奪い、世代を超えて健康や環境に深刻な被害を残します。その非人道性は、広島と長崎が世界に示した歴史的事実です。
被爆国である日本は、「核兵器は二度と使わせない」という決意を世界に訴え続ける責任があります。安全保障の議論は必要です。しかし、その議論の出発点は、「核兵器は決して再び使われてはならない」という揺るぎない原則でなければなりません。
81年という歳月を経た今だからこそ、私たちは被爆の記憶と教訓を風化させることなく、「核なき世界」の実現に向けて、一歩一歩、確かな歩みを続けていくべきではないでしょうか。
核兵器のない世界は、決して理想論ではありません。核兵器が存在し続ける限り、誤算や偶発的な事態、あるいは指導者の誤った判断によって、人類は常に破滅の危険と隣り合わせにあります。さらに、AIが軍事や戦況分析、意思決定支援に活用される時代となり、判断の速度や複雑さが増す中で、誤認や予期せぬ事態が重大な危機につながることも懸念されています。だからこそ、今まで以上に核兵器の役割を少しでも縮小し、核軍縮を積み重ね、最終的な廃絶を目指す努力を決して止めてはなりません。
被爆の実相を語り継ぎ、平和の尊さを次の世代へ受け渡していくことも、私たちに課せられた大切な責任です。その積み重ねこそが、「核のタブー」を守り、人類の未来を守る確かな力になるのです。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年8月6日 その6919『逢坂誠二の徒然日記』8616回】
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