2026/6/6
両院議長のもとで、皇室に関する議論が続いています。
旧宮家から男系男子を養子として皇室に迎える案も議論されてきました。
旧宮家と現在の皇室の男系のつながりは、伏見宮貞成親王まで遡ります。
伏見宮貞成親王とは、1428年に即位された第102代後花園天皇の父君です。
後花園天皇の弟の貞常親王が伏見宮を継承し、旧宮家はいずれもこの伏見宮貞常親王の子孫になります。
ですから、旧宮家と皇室の男系は、およそ600年前に分かれたのです。
旧宮家は、伏見宮、閑院宮、山階宮、北白川宮、梨本宮、久邇宮、賀陽宮、東伏見宮、朝香宮、竹田宮、東久邇宮の11家ですが、すでに男子がなく断絶した家もあり、数家に男系男子が残っています。
家系的にはもっと近い男子もいます。
ただし、皇族ではありません。
俗称で、「皇別摂家」といわれる家系があります。
藤原氏の嫡流で、摂政・関白に昇任することができた5つの公家のことを摂関家とよびます。
近衛家・九条家・鷹司家・一条家・二条家の5つのうち、近衛家と鷹司家、一条家にはそれぞれ皇族男子が養子に入って家を継ぎました。
近衛家には1599年、後陽成天皇の第四皇子が養子に入りました。
一条家には1609年、後陽成天皇の第九皇子が養子に入りました。
鷹司家には1743年、東山天皇の第六皇子、閑院宮直仁親王の第四皇子が養子に入りました。
この三家とも既に本家は男子が断絶し、養子を迎えたため、皇室の血を伝えてはいませんが、分家あるいはこうした家から養子に迎えられた先で男系が続いているところがあります。
1430年に皇室から分かれた旧宮家よりも、血統という点では皇室に近いといえるかもしれません。
しかし、いずれも養子に出た時点で皇籍を離れたわけですから、旧宮家よりもはるかに長く民間であるということになります。
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