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相手に理性を求めるときは、自分も理性を持って。

2016/4/22

望月優大

望月優大

震災関連で、誤った情報発信や、誤った行動を諌めるような発言を目にすることが増えたように思います。「善意の行動なのかもしれないけれど、むしろ あなたが助けたい人にとって迷惑ですよ」そういう形で抑制をかけるような発言を目にすることが増えました。それ自体について一般的にどうこう言うつもりは ありません。

このエントリで言いたいことは、そうした言葉がときに必要以上に鋭利で、暴力的になってしまうことがありえるということです。不要な嘲笑を伴ってい たり、自分の知性を誇示すること自体が目的化してしまうこともありえる。相手の行動の誤りを指摘する言葉が、理性というよりは感情にドライブされてしまう ことはありえます。

人間は理性を持った動物です。他者と共有しづらいひとときの感情だけでなく、他者と共有可能な論理にもとづいて思考し、行動する能力を持っていま す。しかし、逆に言えば、人間は機械ではなく動物なので、理性だけでなく感情も持っています。感情が理性に勝ってしまうことはいつだってありえる。

ひとつだけ言えることは、感情に従った行動が、その感情が求める結果をもたらす保証は何もないということです。そして、ここでもう1回ひねりが入り ますが、「あなたの行動は理性的ではないのでやめましょう」という一見理性に導かれたように見える言葉についても全く同じことが言えます。

繰り返します。相手に対して「理性的に行動しましょう」と呼びかける言葉自体が、理性よりはむしろ感情のほうに支配されていることはありえる。その 結果はどうか。相手の理性的な行動を触発するよりはむしろ、批判された悔しさや、間違いを指摘されたやるせなさといった、別の強い感情を惹起してしまうか もしれません。それで、当初の目的は達成されるのでしょうか。

相手に理性を求めるときは、自分も理性を持って。相手に再考を促す言葉を発する前に、自分の理性と向き合うことが大切です。自分の言葉はいったい何にドライブされているのか。感情か、それとも理性か。

 

※本記事は「HIROKIM BLOG」の4月21日の記事の転載となります。オリジナル記事をご覧になりたい方はこちらからご確認ください。

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望月優大

望月優大

慶應義塾大学法学部政治学科、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(ミシェル・フーコーの統治性論/新自由主義論)。経済産業省、Googleなどを経て、現在はIT企業でNPO支援等を担当。関心領域は社会問題、社会政策、政治文化、民主主義など。趣味はカレー、ヒップホップ、山登り。1985年埼玉県生まれ。

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