
7月24日、総務省がGoogle、Xなど5つのプラットフォーム事業者に対し、情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)に基づく初の勧告を行いました。 報道の多くはこれを「ネット上の誹謗中傷対策」のニュースとして伝えており、選挙と結びつけて論じたものは、筆者の知る限り見当たりません。
しかし、このニュースを選挙の目で読み直すと、別の顔が見えてきます。今回動いた仕組みは、来春の統一地方選挙から適用されるSNS偽情報対策と、同じ設計だからです。一見、選挙とは無関係に見えるこの出来事は、改正公職選挙法・改正情プラ法が本当に機能するのかを占う、一つの手がかりになるのではないでしょうか。 前回の記事に続き、地方自治体の選挙管理委員会で選挙実務の最前線に携わってきた筆者が読み解きます。
(筆者注※本稿の事実関係は、総務省の7月24日付け報道資料および各社報道に基づいています。)
総務省は7月24日、Google、X、Meta、ドワンゴ、湘南西武ホームの5事業者に対し、情プラ法第28条に定める公表義務の違反があったとして、同法第30条第1項に基づく勧告と、 第29条に基づく報告徴収を実施しました。
情プラ法は、月間利用者数が1000万人以上などの条件を満たす大規模なプラットフォーム事業者に対し、誹謗中傷など権利を侵害する投稿の削除申出への対応状況を、年1回公表するよう義務付けています。公表すべき項目は計42項目。ところが、このうちGoogleは22項目、Xは18項目を公表していませんでした。 半分前後が抜け落ちていた計算になります。
総務省は5社に対し、8月31日までに違反箇所を修正した資料を再公表するよう求めました。さらにGoogleとXの2社には、今後の公表を確実にするための改善計画を、同じく8月31日までに日本語の文書で提出するよう求めています。報道によれば、この2社が提出した報告には改善の方向性が明確に示されていなかったとのことです。
なお、ここでいう義務は、削除対応の実施状況等を公表する「公表義務」 (第28条) です。誹謗中傷の投稿者を特定するための「発信者情報の開示」とは別の制度ですので、混同しないよう注意が必要です。
この勧告が、なぜ来春の選挙に関わるのか。それを考える前に、まず今回の勧告の性格を正確に捉えておきましょう。
今回の勧告で目を引くのは、そのタイミングと相手です。 改正公選法・改正情プラ法の成立が7月13日。勧告はそのわずか11日後で、対象にはアメリカに本社を置く世界有数のプラットフォーム事業者が含まれています。この時系列だけを見ると、法改正を受けて総務省が直ちに動いたかのような印象を与えるかもしれません。
しかし、時系列を解きほぐすと、様相は異なります。まず、今回の勧告の根拠は、7月13日に成立した改正法ではありません。 2025年4月に施行された現行の情プラ法です。つまり、施行からすでに1年3か月が経過しており、事業者に義務を周知する期間は十分にあったことになります。
そのうえで、手続きの流れを見てみましょう。事業者が初めての年次公表を行う期限は5月31日でした。総務省はその内容を確認し、6月4日付けで一部の事業者に報告徴収を実施。提出された報告を精査した結果、公表すべき事項の全部または一部が欠けていると判断し、7月24日の勧告に至りました。公表期限から勧告まで約2か月。これは、法定のスケジュールに沿って進められた標準的な執行と見るのが妥当でしょう。 改正法の成立と時期が重なったのは、偶然です。
もっとも、標準的な執行であることと、その持つ意味の大きさは別の話です。相手が国内企業か外資系の巨大事業者かを問わず、法律上の義務の不履行には是正を求める――その運用が施行初年度から実際に示されたことは、制度の実効性を考えるうえで重要な事実です。改正法の施行を来春に控えたタイミングとも重なったため、結果として「大手外資系事業者であっても、日本の法律上の義務は免れない」という姿勢を内外に示す形になりました。
では、この出来事は選挙にどう関わってくるのでしょうか。 ここからが本題です。
今回の勧告は選挙と無関係の場面で出されたものですが、来春から適用される選挙のSNS偽情報対策と、構造がそっくりなのです。
前回の記事で整理したとおり、改正公選法・改正情プラ法は、 SNS事業者に偽情報の悪影響を軽減する「必要な措置」を講じることを義務付け、その実施状況を年1回公表させる枠組みです。措置の具体的な内容は事業者の裁量に委ねられ、削除義務でもありません。つまり「事業者の自主対応+透明性の確保」で公正を担保しようとする設計です。
前回記事:選挙とSNS、何がどこまで規制対象に?2027年統一地方選から適用される改正公職選挙法・情プラ法を読み解く(和田晋司)
そして今回の勧告は、まさにその 「透明性の確保」の部分が、施行初年度から守られていなかったことを明らかにしました。年1回の公表という、義務の中では最も基本的な部分ですら、 Googleは半分以上、Xも4割以上の項目を公表していなかったのです。選挙偽情報対策も同じ公表スキームに乗る以上、 「同じことが起きないか」という疑問は避けられません。
ここで確認しておきたいのは、今回の勧告が選挙を念頭に置いて行われたものではないことです。情プラ法に基づく誹謗中傷対策の手続きとして、粛々と実施されたにすぎません。しかし、選挙偽情報対策と同じ設計の仕組みが初めて本格的に運用され、公表義務の不履行に対して勧告という執行手段が実際に使われた―――その実例が示されたことは確かです。来春、選挙の場面で同じ枠組みがどう動くのかを考えるうえで、貴重な手がかりになります。公表義務の履行を確認し、不備があれば勧告するという運用が実際に行われた以上、選挙偽情報対策の公表義務についても同様の執行が行われる可能性は十分にある、というのが筆者の見立てです。
では、その執行は何に向かうのでしょうか。対象はあくまで、事業者の手続的な義務の不履行です。今回の勧告も、個別の投稿の中身を裁いたものではありません。 改正法も同じです。前回の記事で述べたとおり、有権者の責務規定に罰則はなく、 そもそも 「選挙の公正を害したか」を判定する機関はどこにも存在しません。 総務省が特定の選挙投稿を名指しして「削除せよ」と勧告する、という仕組みにはなっていないのです。これは検閲の禁止や表現の自由への配慮から、意図的にそう設計されたものです。
この構造を前提にすると、 今後の論点も見えてきます。まず、勧告を受けたくない事業者が、判断の難しい選挙関連の投稿を「安全側」に倒して広めに削除する可能性です。政府が直接規制しなくても、事業者を介して間接的に表現が萎縮するおそれは、この枠組みに内在する論点といえます。
このほか、総務大臣が今後策定する指針に、偽情報を発信した投稿者の収益化制限を含めるかどうかは、各党協議会で引き続き議論される見込みです。削除申出への対応期限である「原則1週間程度」が、短い選挙期間に間に合うのかという実務上の課題も残っています。
今回の勧告には、期限が明記されています。5社による修正資料の再公表と、Google・Xによる改善計画の提出は、いずれも8月31日まで。さらに2社は、10月30日までに改善計画の進捗を報告し、以降も2027年4月30日まで3か月ごとに日本語で報告することが求められています。
この期限に各社がどう応じるかは、来春の選挙偽情報対策の行方を占う試金石になります。誠実な対応がなされれば、 公表スキームは執行によって機能し得ることの証明になります。 逆に不十分な対応にとどまれば、 勧告の次の段階に進むのか、外資系巨大事業者に対して日本の行政がどこまで執行できるのかが問われることになります。
見方を変えれば、今回の勧告には、もう一つの意味がありました。 公表義務の不履行に対して勧告で臨むという手続きが、一度実際に使われたことです。繰り返しになりますが、総務省が選挙を念頭に置いていたわけではありません。 また、 同じ情プラ法とはいえ、今回の勧告は誹謗中傷対策の場面のものであり、選挙偽情報対策とは適用される場面が異なります。何が偽情報かの判断の難しさも、政治的な重みも違う以上、これを直ちに選挙の「前例」と呼べるかには、留保が必要でしょう。それでも、公表義務の履行状況を確認し、不備があれば勧告するという手続きの型が一度動いた事実は残ります。 来春以降、 選挙偽情報対策の公表義務に同じ問題が生じた場合、 行政がこの型を参照できる下地は、結果として整ったことになります。これは、行政の内側にいた者としての実感です。
2027年3月の改正法施行、そして統一地方選挙まで、 残された時間は多くありません。8月31日の各社の対応、そして総務省の指針策定の過程。この二つが、当面の重要なチェックポイントです。引き続き注視していきます。
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