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【栃木県下野市(しもつけし)】旧町の壁を越え、2,308票の信頼を背負う。新星・えびさわはるな氏が目指す 「下野市をみんなに自慢できるふるさとへ」(PR)

2026/7/8

選挙ドットコム編集部

選挙ドットコム編集部

2026年4月に投開票が行われた栃木県下野市議会議員選挙において、2,300票を超える支持を集めて初当選を果たした新人のえびさわはるな氏(30歳)。

民間企業での経験や自らのキャリアを見つめ直した充電期間を経て、なぜ地元での立候補を決意したのか。合併の歴史を持つ下野市への課題意識と、これからの街づくりへの想いを伺いました。

社会の現実に触れた高校時代:確かなエビデンスと伝える力を磨いた原体験

選挙ドットコム編集部(以下、編集部) 政治に関心を持った最初のきっかけについて教えてください。

えびさわ氏 小学生の頃、テレビの法律バラエティ番組がとても好きだったんです。当時は子どもだったので具体的な政策の是非などは全く理解していませんでしたが、出演されていた弁護士の方が、のちに政治家になって社会を変えていく姿を見て、純粋に「社会のために活躍する政治家ってかっこいいな」と憧れました。小学校の卒業文集にも「総理大臣になりたい」と書いていたほどです(笑)。

編集部本格的に政治の道を意識されるようになったのには、どのような背景があったのでしょうか。

えびさわ氏決定打となったのは、2011年の東日本大震災でした。私の高校の合格発表の日が、まさに3月11日だったのです。自分のライフステージが変わる大きなタイミングで震災が起き、日々の生活や社会全体に非常に大きな影響が出たことで、行政の対応や原発の問題に、強い関心を持つようになりました。当時は、毎日のように緊迫したニュースが流れていましたが、次第に「報道のされ方」と「現実」との間にある、見えない差や情報の格差のようなものに強い問題意識を抱くようになりました。ニュースでは特定の側面や不安を煽るような部分が強調されがちですが、実際には、その状況下でも懸命に前を向いて生活されている地域の方々の姿や、数字に基づいた客観的な事実があります。

情報に振り回される社会への危機感を覚えるのと同時に、「いつか自分自身が、現場の一次情報(生の声)や正しい事実を見極め、誠実に伝えられる側の人間になりたい」という、発信者としての強い使命感が芽生えました。

編集部:高校時代は、そうした社会への関心を深める一方で、ご自身の学びとしても大きな経験をされたそうですね。

えびさわ氏はい。高校時代に全力で打ち込んだ経験は、間違いなく今の私の土台になっています。当時は英語ディベート部に所属していたのですが、そこでは特定のテーマについて膨大なエビデンス(証拠)を集め、論理を組み立てて議論を交わすトレーニングを徹底的に重ねました。

実は世界大会を目指して必死にやっていたのですが、あと一歩のところで届かず、出場までは叶いませんでした。ただ、そこでの経験は本当に大きかったです。

4人対4人に分かれ、それぞれの役割に応じて「主張」「質問」「反論」「守りの答弁」を行うのですが、発言できる時間配分が厳格に決まっているんです。そのため、限られた秒数の中でいかに要点をまとめ、聞き手に分かりやすく伝えるかという「時間と伝えやすさ」を常に意識して活動していました。

この時に培った、確かな根拠に基づいて論理を組み立てる力や、時間内で的確に伝えるスキルは、現在の議会での答弁や議員活動における大きな基盤になっています。

編集部現場の声を聴くことと、確かなエビデンスに基づいて論理的に考えること。その双方が高校時代に培われたのですね。

えびさわ氏そうですね。だからこそ、現実を踏まえて柔軟に自分の考えを改めていく姿勢を大切にしています。

たとえば原発問題についても、当初は感情的に反対デモに参加したりしていました。しかしそこから、安全性の検証や電力需給の現実を学ぶうちに、「客観的な基準を満たしたものは再稼働を容認すべきではないか」と、現実的な視点へと考え方が変わっていったんです。

社会の現実に触れたことで、一度持った主張であっても、状況の変化や新しい情報に合わせて柔軟に方針を見直せることの重要性に気づきました。「ブレないこと」も一見大切に思えますが、過去の主張に縛られず、現実を冷静に見極めて合理的な判断を下すことこそ、今の政治に求められているのではないでしょうか。

東京での暮らし、そして一度離れたからこそ見えた「政治への想い」

編集部:子どもの頃から政治家への憧れを持っていたとのことですが、大学進学を機に上京されたそうですね。東京での学生生活はいかがでしたか?

えびさわ氏それが、東京での生活が充実しすぎて政治への熱が冷めてしまって(笑)。それまでは真面目に社会問題やエネルギー問題に向き合っていた反面、東京という街には刺激的なエンターテインメントや、多様な価値観を持った面白い人たちがあふれていました。アルバイトに挑戦したり、都会ならではの楽しさを全力で満喫しているうちに、気付けば子どもの頃の夢や政治への関心は、日々の生活の中に埋もれてしまっていました。

編集部大学卒業後は、民間企業を経験されているんですよね。

えびさわ氏はい。大学卒業を控えた当時は、明確な目標があったわけではなく、周囲の波に流されるようにして就職活動をしました。最初に就職した大手通信系の企業では、とにかく厳しい営業の現場を経験し、社会の厳しさを身をもって叩き込まれて1年で退職しました。

その後、大手人材・情報サービス企業に転職し、結婚情報誌の営業担当になりました。その会社は「あなたはどうしたい?」と、常に個人の強い意志(Will)や主体性を問い続けられる社風で、そこで日々揉まれるうちに、ビジネスの基礎はもちろんのこと、目標から逆算して行動していく力を鍛えられました。

編集部ビジネスの最前線で力をつけた後は?

えびさわ氏 コロナ禍をきっかけに退職したのですが、その後は次のステップに進む前に、これからの人生をどう生きていくべきかをじっくりと考える「充電期間」を1年半ほど過ごしました。毎日「自分が本当に命を懸けてやりたいことって何だろう」と、自分自身と深く向き合っていたんです。

でも、その立ち止まる時間があったからこそ、今の私があります。様々な業界の方とお会いして対話を重ねる中で、ある地方議員の秘書をされている方と出会う機会がありました。その方が地域のために生き生きと汗を流しているお話を聞いているうちに、「そういえば私、子どもの頃からずっと政治家になって社会のために働きたかったんだ!」という記憶が鮮烈に蘇ってきたんです。

それまでは、政治家への挑戦の仕方が分からず、自分には無理だと勝手に諦めていただけだったのだ、と気づかされました。そこから一気に覚悟が決まりました。

編集部 東京で挑戦する道もあったと思いますが、なぜ地元の栃木県下野市を選んだのですか?

えびさわ氏東京で10年暮らす中で、「このままだと東京だけが日本になってしまう。東京と地方の格差がどんどん広がってしまう」という強い危機感をずっと抱いていたからです。東京は便利で楽しいけれど、地方が衰退していくのを放っておいてよいのかと。それなら、自分が課題だと感じる部分を解決したい、大好きな地元をもっと良くしたいと思い、Uターンを決意しました。

行動で勝ち取った家族の応援と、「お祭り」のような選挙事務所

編集部地元での挑戦を決めたとき、ご家族の反応はいかがでしたか?

えびさわ氏最初は猛反対されました。実家は地元で長く飲食店を経営していて、地域とのつながりがすごく濃いんです。地方だからこそ、良くも悪くも噂や悪口がすぐに耳に入ってくる心の距離感なので、両親としては「そんな厳しい世界に大切な娘を入れたくない」という心配があったのだと思います。

編集部どうやってご両親の理解を得たのでしょうか?

えびさわ氏言葉で説得するのをやめて、行動で本気を示しました。そうしたら地域の中で「あの子は本気らしいぞ」という噂が広がり、両親の耳にも届くようになりました。「言うだけではなく、ここまで動いているなら」と、最後は折れて全力で応援してくれるようになりました。

編集部実際の選挙戦では、事務所の雰囲気がとても明るく特徴的だったと伺いました。

えびさわ氏SNSの発信を見て「お手伝いさせてください」と集まってくれたボランティアの方や、中学卒業以来まったく会っていなかった地元の同級生たちが、当初は1日だけの手伝いのつもりが「楽しかったから明日も来るね」と毎日通ってくれるようになりました。気付けば30代の同世代が中心の、これまでの地方選挙にはない、活気のある事務所になっていたのです。

選挙を「苦しいもの」ではなく、「街を良くするためのお祭り」として、笑顔で楽しさと手応えを共有しながらみんなで駆け抜けることができました。

票を伸ばした最大の理由:旧町の壁を越えた「下野市民」としての強い意識

編集部選挙戦では2,300票超という驚異的な得票でした。なぜここまで票を伸ばせたのだと思いますか?

えびさわ氏一番の理由は、「下野市民としての意識が、どの候補者よりも強かったから」だと思っています。

下野市は、旧石橋町、旧南河内町、旧国分寺町の3つの町が合併して成り立った市で、今年でちょうど20年目を迎えます。そのため、他の多くの候補者の方は、やはり自分の出身町をベースにして、その地域の中だけで選挙活動をされる傾向が強かったんです。

しかし私は、候補者の中で唯一、人生において「旧町時代」に過ごした期間よりも、「下野市」になってから過ごした期間の方が長い世代です。すでに頭の中に古い町の区切りはなく、最初から「下野市」という一つの街として捉えていました。だからこそ、特定の地域に固執せず、選挙期間中も市内全域を毎日くまなく回りました。ネットでの多面的な情報発信も含めて、市内全域にアプローチした活動をした候補者は、私だけだったのではないでしょうか。

編集部合併から20年が経った今でも、まだ旧町の意識は残っているのですね。

えびさわ氏そうなんです。地域の当たり前として「自分たちの地元の地域でどれだけ票を取るか」という雰囲気がまだ根強くあります。各地域ごとにまだ旧町の意識が抜けきっておらず、市全体としての足並みが揃っていない印象があります。

私は、この「3町意識の壁」こそが今後の下野市の大きな課題だと思っています。それぞれの町の代表という狭い意識をなくし、みんなが「下野市」という1つの大きな方向へ進む意識を作っていかなければなりません。出身の旧石橋町地区だけでなく、市全体に発信を広げて対話を重ねていくことが、これからの私の大きな役割です。

「下野市をみんなに自慢できるふるさとへ」3つの政策

編集部議員として、これから下野市で特に取り組みたい政策について教えてください。

えびさわ氏私が一番の危機感を持っているのは、若い世代の流出です。あと10年、20年が勝負だと考えています。一度沈み切ってしまった街を元に戻すのは、非常に困難です。

東京で10年暮らしたからこそ分かるのですが、東京で家を持ち、家族を育てるのは経済的にハードルが高い。でも、下野市なら広い家も車も持てるし、子育て支援もしっかりしています。そうした結婚や出産、子育てといったライフステージが変化するタイミングで、選択肢として下野市を頭に浮かべてもらえるように、魅力をしっかりと伝えていきたいです。

下野市は災害が少なく平地で住みやすく、JRの駅が3つ(石橋駅・自治医大駅・小金井駅)あって首都圏へのアクセスも抜群です。この強みを活かして、ライフステージが変わってもこの街で豊かに暮らし続けられるよう、以下の3つの柱で「誰もが自慢できるふるさと」を作っていきます。

1. 住みやすさの向上と移住・定住の促進

現在、下野市は若い市長のもとで、18歳までの医療費無料化やおむつ無料券の支給など、子育て支援に力を入れています。私はこれに加え、「自治医大駅付近地区まちづくり構想」に基づき、様々な世代が交流できるような施設をつくりたいと考えています。そのための参考として、人が自然と集まり賑わいが生まれる交流型図書館である那須塩原市の「みるる」などにも視察に足を運びました。

また、移住や定住を促進するためには、そもそも「地元での楽しい思い出」が心にあることが大切だと考えています。楽しい記憶がなければ、将来戻ってこようとは思いませんよね。だからこそ、子どもたちの思い出に残るような地域のイベントを増やしていきたいです。コロナ禍以降、みんなで集まってごはんを食べるような機会もほぼなくなってしまいましたので、そうした地域での温かい交流の場をもう一度、積極的に創出していきたいと考えています。

2. 若者のキャリア支援と北関東への回帰

若者の首都圏流出を止めるため、生活コストの優位性を活かし、リモートワークに対応したシェアオフィスなどの環境整備も進めたいです。さらに、学校と地元企業を繋ぎ、中高生が地元の仕事を知る機会を増やし、社会人メンターが若者の成長を支える仕組みを作ります。地元企業を知る機会をつくり、県内で働く未来を描けるようにしたいです。

3. 全世代が安心できる移動支援の拡充

高齢者の方が気軽に外出・交流できるよう、デマンドバス(予約型乗り合いバス)などの移動支援を拡充します。シニア世代の生活満足度を上げることは、結果として現役世代の介護や送迎の負担軽減にも繋がります。ただ生きるためだけの街ではなく、すべての世代が「ちゃんと楽しく生きられる街」にしていきたいです。

有権者の皆様へ:驕らず、市民の皆様と共に

編集部最後に、下野市民の皆様へメッセージをお願いします。

えびさわ氏市民の皆様からいただいた2,308票という期待の大きさに、正直に申し上げると多大なプレッシャーも感じております。しかし、この期待にしっかりと応えられるよう、一生懸命働いてまいります。

実は先日、市内の運動会に「市議会議員」という来賓の立場で参加させていただく機会がありました。その際、日差しを遮る快適なテントの中の席に案内していただいたのですが、私はありがたさを感じると同時に、ふと危機感を覚えました。「こうした特別な環境にいつの間にか慣れてしまうと、自分が偉くなったと勘違いしてしまうのではないか」と身震いしたんです。

議員という肩書は、市民の皆様の困りごとを形にし、解決するための「ツール(道具)」だと思っています。だからこそ、今でもSNSを通じて日々届く「ここの道路の治安が不安」「子どもの部活動の制度を変えてほしい」といったリアルなご相談を、すぐに役所の担当課へ直接橋渡しして動いています。

私は、市民の皆様と“一緒に”、「下野市出身なんだよね!」と自慢できるような、素敵な下野市を作っていきたいです。どんな小さなことでも構いませんので、SNSのDMなどで気軽にご意見やご相談をいただけたら嬉しいです。皆様と一緒に、この街の新しい未来をスタートできることを楽しみにしています!

【えびさわはるな氏のプロフィールはこちら

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2023年に年間1億PVを突破した国内最大級の政治・選挙ポータルサイト「選挙ドットコム」を運営しています。元地方議員、元選挙プランナー、大手メディアのニュースサイト制作・編集、地方選挙に関する専門紙記者など様々な経験を持つ『選挙好き』な変わった人々が、『選挙をもっとオモシロク』を合言葉に、選挙や政治家に関連するニュース、コラム、インタビューなど、様々なコンテンツを発信していきます。

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