政治・選挙をめぐる知られざる光と影のストーリー、「政治家残酷物語」の2回目です。(文中は敬称略)
議員控室の時計の針が午後6時を指した。そろそろ、こども園に子どもをお迎えに行かなくては。練馬区議会議員の高口(こうぐち)ようこは、それまで読み込んでいた資料やメモ帳を片づけ、自転車を飛ばした。そんな日々のなか、同僚議員に声を掛けると、思わぬ言葉が返ってくる。「いつも夕方あわただしく帰っていく。ゆっくり話す時間がないのに、いろいろ話してくるのは不愉快だ」
当時はまだ1年生議員。選挙や議員活動には法律に基づく手続きが細かく規定され、昔からの「慣例」も多く残っている。間違いがないよう事細かに同僚議員に報告・連絡・相談をするよう心がけていた。
ただ一方で、夫を末期がんで亡くし、シングルマザーとして2人の子どもを育てている。昼間の議員活動中に子どもを預けているこども園にお迎えに行くなど家族を育てることは議員活動と等しく自分の責務でもある。それだけに、同僚からの厳しい指摘は心に突き刺さった。
その後も同僚からの厳しい指摘は続いた。
活動で不備があった際には怒鳴られ、「議員を辞めろ」と叱責されたこともある。そのうち、口頭でのコミュニケーションが上手くとれなくなり、やり取りがメール中心に移行していった。深夜になると届くメールは何度もスマホ画面をスクロールしないと読めない「ダメ出し」が詰まった長文メールだった。
怒られるのは私が間違っているから、私の考え方がおかしいから……自分を責める日々が続いていた。メールを読むと眠れなくなり、神経がすり減ってボロボロになった。目の前が暗くなる中で「このままでは死んでしまうのではないか」と考えるようになった。心身ともに追い込まれた中で、知り合いの弁護士や、ハラスメントの専門家に相談。第三者の専門家の目からみてもらった上でハラスメント行為に当たることを認識し、支援者を交えた話し合いの末、同僚からの謝罪を受け入れた。
この問題をすぐに言い出せなかったのには理由がある。それは「被害を訴えても誰も得をしないのではないか」という心配だ。確かに、被害を訴えて改善することは大事なことだ。でも、支援者が信頼している同僚議員を告発することで、これまで築いてきた信頼関係が揺らぎ、自分が議員活動を続けることすらも危うくなってしまうかもしれない。考えれば考えるほど、明るい未来が描けなかった。
問題を整理した後、高口たちはお互いに距離感を保つ道を選択した。それでも、最も辛かった時期から数年経った今も、当時の思いがふと頭をよぎることがある。「議員は閉鎖的な関係性の中に身を置いています。支えられた、育てられた恩があるからこそ、辛くてもなかなか言い出せなかった」
高口は夫の在宅療養や、子育ての中で感じた社会からの孤立を解消したいという一念で、政治家としてのスタートを切った。その想いに賛同して支えてくれる仲間を得て議員として走り続けられている。ただ、その人間関係があるからこそ苦悩したこともまた事実だった。
この春、統一地方選挙に合わせて立ち上げられた「女性議員のハラスメント相談センター」。その発表記者会見に同席した高口は自身の経験を公の場で初めて口に出した。自分の被害を訴えるためではなく、ハラスメントがしにくい環境づくりにつなげるために。その後、SNSには正直な気持ちをこうつづっている。
「今回声をあげた事での攻撃、二次被害もこわいです。
でもだからこそ、同じ思いをする議員が一人でも減るように…
セクハラ、票ハラ以外の実態も知られ、被害者が自分を責めず、第三者窓口から支援につながる事を、心から願っています」
「涙が止まらない」「眠れない」ーー今年4月の統一地方選挙に合わせて開設された「女性議員のハラスメント相談センター」には、女性の立候補予定者が有権者や同僚議員からの票ハラや誹謗中傷に悩む声が寄せられていた。同センターが開設された投票日前後の約2カ月間は、本来であれば、候補者の士気が高まり始める時期だ。しかし、寄せられた相談の中には「自分にひどいことをしている団体から公認をもらったまま選挙に出馬すべきだろうか」など、立候補の志をくじかれる悲痛な声が含まれていた。
政党所属などを問わず票ハラに関する相談窓口は国内で初めての取り組みだったという。受付件数は7件だった。同センターは「数こそ少なかったが、深刻な内容が多かった。一方で、窓口の存在を広く周知できなかったのは反省点。知られていればもっと相談が寄せられたと考えています」と受け止める。
同センター共同代表の田村真菜は2022年参院選に立候補し、その選挙現場で問題を痛感していた。「我慢するのが当たり前と、男性も女性もみんなが思っている、特殊な業界なんだと感じました。『ハラスメントなんて言ってるからお前は落ちるんだ』と言われたこともあります。」
もう1人の共同代表で、女性議員を巡るハラスメント問題研究の第一人者でもある濵田真里は、政治分野のハラスメントの特徴を「政治家は『公人』だから、市民側は何をしてもいい、そして政治家側は耐えなければならないという空気感が他の業界より色濃く残っている」と解説する。
選挙スタイルをみても、選挙期間中に朝から晩まで休みなしで街頭や個人演説会に走り回る「時間勝負型」が長らくトレンドになっており、「従来のスタイルで当選できる人は、生活面で誰かのケアを受けられて、体力もある人が多く、同質性が高い」と指摘。子育て中のひとり親や障害を抱える人なども含めた多様性ある議会の実現には、「街頭演説しているのをよく見るからこの人に入れよう、といった従来の有権者行動が質的に向上していけば、選挙制度の改善につながることも考えられる」と問題提起した。
議員をめぐる様々なハラスメント問題の改善に向けた動きは自治体でも始まっている。
福岡県議会は昨年6月、都道府県で初の「議員ハラスメント根絶条例」を制定。条例の中核となる県議などの「責務」に関する規定では、県議会議員と「県議会議員になろうとする者」のいずれにも「高い倫理観が求められる」こと、「何人に対しても」ハラスメントをしないよう行動することを盛り込んだ。
県議会事務局によると、「高い倫理観」とは分かりやすく言うと「疑われるようなことはしない」だという。また、「何人に対しても」というのは、過去のハラスメント事例が市民や行政職員、議員同士などの様々な人間関係の中で発生していることを踏まえた表現としているという。県議会議員や立候補者・立候補予定者を含めて、ハラスメントをしない・させない・見過ごさないように明文化している。
条例に基づいて、今年4月に県議会事務局が開設した窓口では、議員や立候補者が頭を抱えるハラスメントに関する相談を受け付けている。弁護士などの専門家がハラスメントにあたると判断し、県議会と相談者が再発防止措置の必要性を認めた場合は議長名で注意や勧告が行えるようにしている。県議会に限らず、県内市町村の選挙で発生したケースの相談も受け付け、対応ノウハウを市町村に共有するなど、全県的にハラスメント根絶に取り組むよう体制を整えた。
これまで隠れがちだった政治の現場でのハラスメント問題を明るみに出すことで、政治家たちの意識を引き上げる効果も期待されるところだ。
ただ一方で、議員をめぐるハラスメントの根底には「議員には何を言われても・されても我慢すべき」「24時間365日働ける人しか議員になってはならない」などの従来からの「政治家あるべき論」が潜んでいるように感じる。この美学を頼りにしている政治家や有権者がいるのもまた事実で、政治の世界内部での自浄作用に頼るのは限界もあるだろう。この空気感に打ち勝つには、われわれ有権者が政治家にどんな特性を求めるのか、冷静な判断による「外圧」が必要ではないだろうか。
《つづく》
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