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参議院・広島再選挙が注目される特別な理由~仁義なき戦いばかりしていては岸田総理はない(歴史家・評論家 八幡和郎)

2021/4/9

八幡 和郎

八幡 和郎

 

2019年の参議院選挙で、広島選挙区では、2議席に対して6人の候補が出馬したが、事実上は自民党公認の溝手顕正、河井案里、当時は国民民主党所属だが無所属で出馬しいまは立憲民主党所属の森本真治の3人の激しい争いになった。

結果は、溝手氏有利の予想を覆して、森本氏がトップ当選し、河井氏が2位に滑り込み、溝手氏が苦杯をなめた。
ところが、河井陣営から市町村長や地方議員に選挙より何ヶ月か前に渡された資金が買収であるとの疑いがかけられ、公設秘書に始まり、河井案里議員とその夫である河井克行衆議院議員が逮捕され有罪判決を受けることになった。

河井夫妻は、選挙直前でない時期に国会議員が首長や地方議員に資金を配るのは、地盤涵養行為であって、広く行われていることだとしたのだが、被買収側のかなりが厳しい取り調べの結果、買収だという認識があったという検察側のシナリオに沿った供述をしたので万事休すとなった。ただし、検察は被買収サイドを立件しなかったので、事実上の司法取引と河井サイドは主張している。

また、このようなケースでの立件は珍しく、「従来の公選法の罰則適用の常識からすると異例と言える」(元検事の郷原 信郎)にもかかわらず、法務大臣まで経験した政治家を立件するのは、河井氏が法相として司法改革に熱心だったことも含めて、手放しで検察のヒットというのは躊躇する事件であった。

河井案里は一審で有罪となったのち控訴せず辞職し(今年2月)、河井克行は徹底的に争う姿勢だったが、4月になって辞職することになった。両氏の差は、案里の場合には秘書の有罪判決によって辞職は避けられなかったのと、「買収」は主として克行によってされたので量刑も軽く執行猶予もついているということもあった。

また、広島選挙区では4月に再選挙をしても保守地盤なので勝てるという判断もあったかもしれない。それに対して克行氏のほうは、後継候補に公明党の斉藤鉄夫副代表が名乗りを上げ調整が難航していることもあるし、保守地盤が強い地区でなく、4月の再選挙は避け、通常選挙にまわしたいという自民党側の思惑もあったとみられる。 

しかし、河井克行としては、実刑を避けるためには不本意ながらも反省をしたほうがいいという現実論と、参議院再選挙への影響を考えれば、4月再選挙の可能性がなくなったところでの部分的に罪状を認めて辞職することが自民党から戦犯扱いされず、将来への発言力を確保するために賢明だという判断もあったとみられる。

 

既成政治家を避けた与野党の人選

今回の再選挙は、自民が地元出身の元経済産業省官僚、西田英範(39)を擁立し公明党が推薦。野党は、無所属の元キャスター、宮口治子(45)を立憲民主党のほか、国民民主党、社民党が推薦し、共産党も候補を立てずに支援している。

自民党は県内の古い政治のしがらみがない若い候補を探し、湯崎知事と同じ経済産業省出身の西田に出馬を要請した。岸田文雄と同じ早稲田大学卒で、スタンフォード大学に派遣経験もある国際派で、被爆三世というのも広島代表にふさわしい。

宮口も大阪音楽大学の声楽科を卒業して地元局のキャスターやアナウンサー(現在フリー)として働く一方、「ヘルプマーク普及啓発団体の代表」や「聖歌隊員」「小学校学童支援員」などもつとめている活動派だ。福山市出身。

もっとも、自民党はほかの霞ヶ関の官僚にも声をかけていたともいわれ、野党は上記の郷原弁護士をくどいたのだが、実現にはいたらなかった。

幸い、自民党の候補も霞ヶ関では既成の秩序に甘えない勇気ある好漢だと評価は高かったと聞いてるし、野党の候補も社会の偏見と闘ってきた清新な経歴である。どちらが本物で日本と広島の未来を開ける力があるのかよく話を聞いて判断してほしいものである。

 

広島県政界の仁義なき戦いを振り返る

今回の選挙で何が問われるかだが、広島県の政治の問題は、河井夫妻選挙違反事件だけでない。

そもそも、広島県議会では、檜山俊宏県議が県議会と自民党県連のドンとして君臨していた。それに対抗したのが、亀井静香代議士とその兄で県議だった郁夫(のちに参議院議員)だった。この対立から、1993年の知事選挙で、檜山が参議院議員の藤田雄山を擁立し、亀井郁夫が対抗馬となったが藤田が勝った。

藤田は四選され、檜山を県会議長から逐うことにも成功したが、巨額の資金の流れが明らかになり県議会から知事の辞職勧告を受けたが任期満了まで居座った。

2009年の知事選挙では経済産業省出身のベンチャー企業家である湯﨑英彦が県議会の自民党最大会派や民主党会派の支援を受けて当選。都道府県知事として初めて「育児休暇」を取った。このときに、対抗馬として自民党の一部が担いだのが県議だった河井案里であった。出身は宮崎県で、福島瑞穂の高校の後輩だ。

広島選挙区は定数2人だが、2013年と2016年の参議院選挙では、ダブルスコアで自民党候補が勝利しているので、自民党本部が2人の候補者を擁立するように要求したのは当然のことだった。

参議院選挙区で定数2人というと、ほかに、茨城、静岡、京都があるが、静岡は与野党の差は小さく、2人擁立は難しい。茨城は2013年はダブルスコアだったが、2016年はわずかに民進党が自民党候補の半分を上回った。京都は自民、旧民主系、共産がいつも三つ巴の戦いで、自民党が落選したことすらある。

つまり、京都は自民の2人擁立は共倒れ必定であり、静岡は2人出しても当選するのはどうせ1人である。それに対して、茨城と広島は2人当選できる可能性は大きいし、少なくとも共倒れ懸念はないわけである。

となれば、二人出すべきだと党本部が考えるのは、当然であって、ごり押しではまったくなかった。また、広島のドンである岸田文雄が総理を狙うなら地元で2人とれと党幹部が期待したのも当然だ。

しかし、現職の溝手への配慮から、浮動票を取れる女性候補がいいといわれ、みんなの党から参議院議員に当選したのち自民党入りしていた薬師寺道代が有力ともいわれた。ところが、愛知2区の田畑毅衆議院議員が不祥事で引退し、そのあとに薬師寺が出ることになり、広島は河井案里を擁立することになった。

 

河井陣営も気の毒な状況だった2019年参議院選挙

自民党県連はこの2人擁立に厳しく抵抗し、「自民党の組織票は1票も河井に回さない」という人がいたとか、党本部から来た資金もほとんど河井陣営は使えなかったという。普通に考えれば、「組織の3分の2は現職にまわします。3分の1は上げますからあとは浮動票をとってください」というあたりが相場なのだが、極端だった。

そのあたりの事情は、河井克行が裁判でも説明しており、それを元検事で弁護士の郷原信郎が詳しく説明している ( 「事実を認めた」河井克行元法相の公判供述は、広島県連・安倍前首相・菅首相にとって「強烈な刃」! )。

さらに、これに加えて、先に説明したように、現職の湯崎知事が自民の県会最大会派(岸田派主導)と野党のタッグによって当選した経緯もあり、自民二議席独占は知事与党にとってあまり居心地がよくないという事情もあった。

こうしたさまざまな事情のために、公然と溝手と森本の当選が好ましいという声も出て、一時は河井が泡沫候補化しそうな情勢があった。これに、業を煮やした自民党本部がさまざまなかたちで河井陣営をてこ入れしたわけで、公明党には河井支援が要請されたし、河井陣営には豊富に資金も投入されたのは不自然なことでない。

党から出された資金が買収に回ったかどうかは、資金に色がついていないのでなんともいえないが、河井陣営が非常に派手な空中戦(ビラ、ポスターなどを含む浮動票狙いの運動)を展開したのは事実で、それに使ったという説明は一応できるのだろう。

しかし、河井陣営は浮動票だけでは当選はおぼつかず、選挙の何か月か前なら資金提供は地盤涵養として許されると考えて資金を配ったということなのであろう。

これは、河井陣営の法的説明が通ったとしても、グレーな資金提供であることは間違いなく、法的のみならず道義的にも許しがたいのは間違いない。

しかし、その一方で、公正選挙で党本部が2人公認しているのに、県内の党派的対立からもう1人の候補をリーズナブルに扱わなかったのも常軌を逸していた。

そうして、河井陣営も徐々に追い上げ、選挙中盤では、溝手確実、森本先行河井激しく追い上げあたりが一般的な予想だった。

そこで、安倍首相も現地入りしたのだが、溝手・河井のそろい踏みで首相を迎えるというのは実現せず、首相は溝手、河井両陣営の選挙カーに別々に乗り、岸田も同行して河井の選挙カーにも同乗した。

そして、結果は、自民党同士のあまりにも汚い内部対立に嫌気が指した有権者が森本候補に流れ、まったく予想外に河井が滑り込み、溝手が落選した。そして、河井憎しの感情が、捜査をおおいに助けることになったという人もいる。

 

野党にも岸田文雄にも変わって欲しい

この一連の件は、自民党が批判されるべきなのはいうまでもないが、野党も、自民と野党で議席ひとつずつ談合の参加者であることも確かで、やはり古い体質が指摘される広島の革新勢力の負の遺産が自民党よりベターとも思えない。

平和教育なども大事だが、広島のそれは行き過ぎのように見えるし、公立高校から難関大学にはほとんど進学できないことも、バランスを失した教条主義の結果であろう。かつて、宮沢喜一蔵相がなんと共産党だけが勇気があると国会で絶賛答弁したことがあった。変わるべきなのは、自民だけではないと思う。

一方、中央政治への影響についていえば、岸田文雄にとっては、まことの正念場が続く。一連の騒動は、岸田が2人の候補をともに当選まではさせられなくても、リーズナブルに両立させるべく差配をするべきだったのに、できなかったのが、原因である。この選挙を落とすとまたもや総理候補としての鼎の軽重を問われる。

さらに、秋までに行われる総選挙のときには、河井克行の選挙区だった広島第三区で公明党補の斉藤鉄夫を当選させ、自民党にも驚嘆な不満がないようにしなければならないし、来年の参議院選挙ではこんどこそ2人当選を果たすことをめざすべきだろう。それができる度量が身につけば、岸田の総理候補としての道は自ずから開けてくるのではないか。

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八幡 和郎

八幡 和郎

評論家、歴史家、徳島文理大学教授 滋賀県大津市出身。東京大学法学部を経て1975年通商産業省入省。入省後官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。通産省大臣官房法令審査委員、通商政策局北西アジア課長、官房情報管理課長などを歴任し、1997年退官。2004年より徳島文理大学大学院教授。著書に『歴代総理の通信簿』(PHP文庫)『地方維新vs.土着権力 〈47都道府県〉政治地図』(文春新書)『吉田松陰名言集 思えば得るあり学べば為すあり』(宝島SUGOI文庫)など多数。

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