日本の少子化対策は的外れ!?日本がとるべき真の対策とは?少子化問題を基本から徹底解説!【専門家Q&A】
2025/06/04
2016年8月15日をもって、「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)」が解散しました。昨年には、ユーキャン新語・流行語大賞トップ10に「SEALDs」がノミネートされるなど、社会に与えたインパクトはとても大きいものでした。
SEALDsや、その前身となったSASPLが辿ってきた数年間は、「特定機密保護法」「安全保障関連法案」「野党共闘」「統一候補」など政治の世界でも大きな出来事が続きました。活動の中にいた彼らには、その間の政治・社会の変化はどう見えたのでしょうか? SEALDsの山本雅昭さん、芝田万奈さんに伺いました
―編集長 増沢:SEALDsというと、「反安倍」というイメージを持っている人が多いかもしれませんが、僕はもっと深いところに目標があると思っています。今年の4月の北海道補選から、参院選でも使っていた「市民が変える、選挙で変える」というキャッチコピーのように、政治参加がテーマだったはず。
SEALDsはテレビや新聞でも大きく取り上げられていましたし、時を同じくして「18歳選挙権」も開始され、ここ数年の中でもっとも政治がホットワードになっていた時期でした。一方で、投票率が劇的の上がったわけでもないですし、肌感覚で政治が身近に感じられるようになったかと言えば、手放しにそうだとは言えないかもしれません。
―SEALDs山本:確かに、劇的に効果があったかと言えば、また別の話しだと思います。ただ、政治を身近に感じられるようになった人、実際に参加してみた人は確実に増えています。例えば、僕自身も、ここ数年で変化しています。
僕が最初に政治に関心を持ったのは、2011年の東日本大震災でした。そこから、原発を止めるという活動をはじめました。最初の頃は、経産省前で20代前半の同世代でハンガーストライキをやったんです。反原発系の活動はマイクを持って騒ぐようなデモが多かったのですが、その中で、拳も上げない、声も荒げないというスタイルは新しいものでした。それから、原発の問題を市民で決められる仕組みを作りたいと思い、住民投票を求める署名活動に参加して、30万人分の署名を集めました。他にもいろいろなアプローチを試していたのですが、選挙を意識して何かしていたかというと、実はあまりしていませんでした。2012年の衆議院選挙、2013年の参院選と、SEALDsが作られるまでに2回大きな選挙がありましたが、今思い出しても、その時に何をやっていたか、はっきり覚えていません。
ただ、こうした活動が、徐々に階段を登るように変わっていきました。例えば、今年の夏の参院選では、民進・共産・生活・社民の4つの野党が連携して1人の候補者を応援する「野党共闘」の枠組みができました。こうした枠組みは、市民の声によって生まれたものでした。官邸前のデモが大きくなり、野党とも協力できるようになったー そしてついに、選挙までも、市民からの提案で進むようになっています。こうした点だけでも、SEALDsの存在には価値があったと思います。
―編集長 増沢:山本さん、芝田さんは今年4月の北海道補選の際にも、実際に北海道に入って手伝っていたんですよね?
―SEALDs芝田:はい、選挙はあくまでも地元に住んでる方が主役のものですが、ボランティアとして少しお手伝いをしました。SEALDsがこれまでの経験で培った「見せ方」を提案しました。例えば、選挙はストーリーがすごく大切です。池田まきさんは野党共闘で選ばれた統一候補でしたので、「みんなで応援している」 というストーリーがちゃんと伝わるように演出を考えました。例えば、アメリカで言えば民主党のバーニー・サンダース氏の選挙戦が参考になります。みんなでお揃いの、ちょっとおしゃれなプラカードのようなものを持って、街頭演説を盛り上げるなどを行いました。当日は雨でしたが、それでも1,000人を超える人が集まりました
実は、こうした提案も、最初はスムーズに受け入れてもらえませんでした。野党の中にも当然、「伝統的な」選挙をずっとやってきている人もいます。ですので、「こうした方がみんなで盛り上がれる」と言っても、「いや、選挙と言うのはね・・・」となってしまうことも。
―SEALDs山本:例えば、出陣式(選挙戦初日の決起大会のようなイベント)はもっと変えられたなと思います。やっぱり目立つ場なので、マイクを持つ人は偉い人ばかり。手伝いに来てくれていたボランティアの人からすると、そういった儀式的な場面は距離感があるものです。
ただ、池田まきさんに、選挙用のタスキを付けるのを、地元のボランティアの方がやったのはすごく良かったです。その方は「この選挙は池田まきさんの選挙ではなく、私の選挙です」と言っていて、とても感動していました。
―SEALDs芝田:選挙を仕切っていたスタッフの方だけではなく、地元の方たちも、選挙を通してすごく変わったのではないかと思います。 最初、私たちが東京からお手伝いに行ったときは「東京からわざわざSEALDsが来てくれた」という目線で期待されていたんです。ただ、東京から来た私たちは北海道の選挙では投票できません。もっと言えば、夏の参院選では1人区だけで全国に32の選挙区がありました。全国にSEALDsを派遣することはできませんし、SEALDsが選挙を仕切ると「選挙を変える、市民が変える」が達成できません。「SEALDsが変える」になってしまいます(笑)。私たちメンバーも、個々人がボランティアとして参加するという意識でいて、あまり出過ぎないように注意するようにしました。あくまでも主役は主権者である市民、ということを改めて選挙で気づかされました。選挙戦後半では、地元のボランティアの方たちだけでイベントを行なっていて、そういった様子は見ていて励まされました。
―編集長 増沢:SEALDsはこれまで東京での活動が中心でした。また、クオリティの高い動画やWebサイトなども作り、SNSでの拡散も得意でした。東京を離れて全国の選挙区で活動するのは、これまでと全く違うでしょう。どんな苦労や工夫が必要でしたか?
―SEALDs芝田:去年までの安全保障関連法案反対のデモは、大きな流れを作る活動でした。テレビや新聞に取り上げてもらい、多くの人に問題を知ってもらうことを狙っていました。しかし、選挙は、が実際に主体的に取り組んでいかなければなりません。SEALDsがその「地元の人」になることはできないので、そこが大きな違いでした。
さらに、いくらクオリティの高い動画を作っても、実際に投票する地元の人に届けられない、という葛藤がありました。
―SEALDs山本:ただ、逆に、SNSを使って地元の情報を全国に届ける点はとても面白い動きが見られました。それが、「電話勝手連」です。全国に住んでいる方が、その選挙区に住んでいる方に電話をして、候補者を紹介するアクションなのですが、今回はボランティアの方たちが自然発生的に活動をはじめて、最終的には3万件の電話がけを目標としていました。これまでは、政治的なアクションはSNSで拡散することなどが中心で、実際に現場に足を運ぶのは少しハードルが高かったかもしれません。電話勝手連は、SNSの盛り上がりをそのまま行動に繋げられるもので、とても相性が良かったです。統計的に効果があるということありますが、それ以上に「電話した」=「選挙に参加した」という実感を持てる点も、良い点でした。
(8月15日、解散の日の奥田氏。普段見せない余裕のある笑顔 撮影:兼子草平氏)
―編集長 増沢:SEALDsはこの夏で終わりになりますが、お二人や他のSEALDsメンバー、そしてSEALDsに影響を受けた人たちが今後も様々なアクションを起こしていくでしょうね。 どんな社会を作っていきたいと考えていますか?
―SEALDs芝田:SEALDsメンバーがいなくても、おかしいことにはおかしいと言えて、それを表現できるような社会になっていけばと思います。SEALDsではデモのノウハウを他の団体にも共有していますし、自然なこととしてデモが出来るようになっていってるのではと思います。
その入口として、まずは選挙に参加する人が増えていって欲しいですし、それが全国に浸透していって欲しいです。
―SEALDs山本:なによりも、政治に関わっている人を厳しい目で見る世の中は変えたいです。政治参加が盛んと言われるアメリカだって、実際の投票率は50%程度で、日本と変わりません。それでも、政治について何か話をすれば、みんな各々に自分の意見を話します。著名人が、大統領候補の支持を表明することもよくありますし、それがステータスになっています。日本では政治は距離感があったり、ネガティブな印象があります。この文化を変えていきたいです。
最後に、北海道補選でのある一場面を紹介させてください。補選では、野党統一候補は負けてしまっていますが、負けが決まった時に、あるボランティアの方が「私が勝たせてあげられなかった」と言ったんです。これまで僕らは、政治家に対しては応援する・評価する・監視するなど、ポジティブにもネガティブにも、ある程度距離があったと思います。ただ、政治家は僕らの声の代弁者だから、僕ら自身でもあるんです。北海道補選では負けてしまいましたが、「私が勝たせてあげられなかった」と、当たり前だけど、どこか当たり前じゃなかった市民が当事者になった選挙を見られたことは、価値のある選挙だったと言えると思います。
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