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全政治家が復習すべき。田母神氏の買収容疑を、公選法のプロが解説。

2016/5/21

小島勇人

小島勇人

 

■意図的なフラッシュ効果を使用しています■イメージ写真です。

先月14日、元航空幕僚長の田母神俊雄氏が、公職選挙法違反(買収)の疑いで東京地検特捜部により逮捕されたとの報道に接しました。田母神陣営で選挙対策本部事務局長だった島本順光(のぶてる)氏も同じく公選法違反(買収、被買収)の疑いで逮捕されたとのことです。
今回の容疑は、2014年2月の東京都知事選に立候補していた田母神容疑者が、落選後の3月中旬頃に東京都内の事務所で島本容疑者に報酬とみられる200万円を支払ったほか、二人で共謀して、田母神容疑者と一緒に投票を呼びかけるなどの選挙運動を行った報酬として運動員5人に計280万円を払ったというものです。

 

基本中の基本も知らない。有権者の投票離れをさらに進めた

まず、私が何より驚いたのは、田母神容疑者の選挙というものに対する意識の在りようです。この方、一時は航空幕僚長という役職にあり、我が国の防衛を担う大きな組織を束ねていた人です。強い規律のもとでコンプライアンスについても、一般企業以上に強く求められていたはずでした。
その田母神容疑者が、今回の事件に関して「違法性の認識はなかった」(朝日新聞より)というのは、にわかに信じられないことです。前回の柚木氏の有料広告の問題でも取り上げましたが、今回の問題の核心となる「買収」については、立候補者はもちろん、その周りで補佐をする人間も知っておかなければならない選挙に関するコンプライアンスの「基本中の基本」であり、仮に選挙に出ようとする者が、この程度のことも勉強していないのかとあきれるばかりです。
そしてさらに私が憂うのは、こういう公正であるべき選挙の不祥事が続くと、選挙や政治への信頼感がどんどんと薄れ、有権者の投票意欲にブレーキをかけるのではないかということです。どれだけ選挙管理委員会や明るい選挙推進団体が投票行動に関して啓発活動を行っていても、このような事件が頻発することで有権者の足を投票所から遠のかせることになるのは、なんとも歯がゆく、また悲しいという思いです。

 

公職選挙法の視点では、「票」の買収と「スタッフ」の買収がある

では今回の事件に関して、公職選挙法の視点からみてみましょう。この事件のメインテーマは「買収」です。実は、この「買収」は利害誘導もありますが以下のように、大きく二つに分けることができます。

◯投票買収
◯運動(員)買収

「投票買収」については、これまでも皆さんも記事で目にしていることも多いと思います。例えば「お金を渡されて〇〇さんに投票してほしいと頼まれた」といったようなことです。一般的にいえば有権者に、金銭・金品を配って投票を頼むような行為が、この「投票買収」にあたります。
それに対して「運動(員)買収」は、選挙に関わった運動員に、選挙運動をした行為の報酬として金品等を渡すことなどが、これにあたります。今回の田母神事件も、こちらに該当する買収ということでしょう。

あくまでも私の見立てですが、事件に沿って説明しましょう。まず、田母神容疑者が「選挙運動の報酬として」島本容疑者に現金200万円を支払ったこと、さらに田母神容疑者と島本容疑者が一緒になって投票を呼びかけるなどした運動員5人に「選挙運動を行った報酬として」計280万円を払ったということ、この2点が事後の「運動(員)買収」にあたる行為とされたものと考えられます。適用条文としては、公職選挙法第221条第1項第3号、及び第4号ではないかと思います。
「買収罪」について、公職選挙法では選挙犯罪の代表的なものであり、最も悪質な選挙犯罪として以下のように詳細に規定しています。あまり目に触れる機会がないと思いますので、引用がちょっと長くなりますが掲げておきます。

 

(買収及び利害誘導罪)
第二百二十一条  次の各号に掲げる行為をした者は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
一  当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束をしたとき。
二  当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対しその者又はその者と関係のある社寺、学校、会社、組合、市町村等に対する用水、小作、債権、寄附その他特殊の直接利害関係を利用して誘導をしたとき。
三  投票をし若しくはしないこと、選挙運動をし若しくはやめたこと又はその周旋勧誘をしたことの報酬とする目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し第一号に掲げる行為をしたとき。
四  第一号若しくは前号の供与、供応接待を受け若しくは要求し、第一号若しくは前号の申込みを承諾し又は第二号の誘導に応じ若しくはこれを促したとき。
五  第一号から第三号までに掲げる行為をさせる目的をもつて選挙運動者に対し金銭若しくは物品の交付、交付の申込み若しくは約束をし又は選挙運動者がその交付を受け、その交付を要求し若しくはその申込みを承諾したとき。
六  前各号に掲げる行為に関し周旋又は勧誘をしたとき。

2 中央選挙管理会の委員若しくは中央選挙管理会の庶務に従事する総務省の職員、参議院合同選挙区選挙管理委員会の委員若しくは職員、選挙管理委員会の委員若しくは職員、投票管理者、開票管理者、選挙長若しくは選挙分会長又は選挙事務に関係のある国若しくは地方公共団体の公務員が当該選挙に関し前項の罪を犯したときは、四年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。公安委員会の委員又は警察官がその関係区域内の選挙に関し同項の罪を犯したときも、また同様とする。
3  次の各号に掲げる者が第一項の罪を犯したときは、四年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。
一  公職の候補者
二  選挙運動を総括主宰した者
三  出納責任者(公職の候補者又は出納責任者と意思を通じて当該公職の候補者のための選挙運動に関する支出の金額のうち第百九十六条の規定により告示された額の二分の一以上に相当する額を支出した者を含む。)
四  三以内に分けられた選挙区(選挙区がないときは、選挙の行われる区域)の地域のうち一又は二の地域における選挙運動を主宰すべき者として第一号又は第二号に掲げる者から定められ、当該地域における選挙運動を主宰した者

以上の第3項の第1号を見てもらうとわかりますが、候補者が買収罪を犯すと、より刑が重くなっていますね。

 

最大1万5,000円。スタッフの賃金には上限がある

さて、私は前回の記事で「一般の人が行っても問題のない行為でも、公職にあるがゆえに公選法に抵触することがいろいろあります」と申し上げました。
今回の事件についても、普通の感覚だと、「選挙を手伝ってもらったんだから、お礼をしないといけない」と考えてしまいがちです。しかし、この「普通の感覚」が落とし穴なのです。だから、穴に落ちないよう、事前に選挙のコンプライアンスについて規定する公職選挙法をよく勉強し、何かやろうとするときは、専門家に意見を聞いて行動してほしいのです。
でも、中には「じゃあ、選挙を手伝うときは、なんでもかんでもボランティアでやらなきゃいけないの?」と疑問を持たれる読者もいると思いますが、そんな事はなく、例外があります。報酬を支払っても問題ない場合がちゃんと規定されています。ただし、その支払える金額や手続きについては、公職選挙法第197条の2と同法施行令第129条以下のように規定されています。

(1人1日につき)
選挙運動のために使用する事務員—-1万円以内
車上等運動員(うぐいす嬢)—-1万5千円以内
手話通訳者—–1万5千円以内
要約筆記者—–1万5千円以内(今回の公選法の改正で追加されました)

上記の金額が、それぞれに対して支払える上限であり、超過勤務手当などのプラスアルファを一切支給することはできません。
これらの選挙運動員として、1日に報酬を支給して使うことができる人数もきちっと定められており、次のように決められています。

都道府県知事—-50人
都道府県議会議員—-12人
政令指定都市の長—-34人
政令指定都市の議会議員—-12人
政令指定都市以外の市長—-12人
政令指定都市以外の市議会議員—-9人
町村長—-9人
町村議会議員—-7人

これらの選挙運動員を報酬を支払って使う場合には、その者を使用する前に、その者の氏名、住所、年齢、性別、使用する者の別、使用する期間など記載した書類を選挙管理委員会に届出なければなりません。また上記人数の5倍の人数範囲内であれば選挙期間中に運動員を追加して届け出た上で使用することができます。なお事前に届出しないで使用すると買収の推定をうけることになりますので、注意が必要です。
(【注】全く選挙運動に関与しない純粋な労務行為を提供し、その報酬を得ることができる「選挙運動のために使用する労務者」というのも規定されています。)

 

買収を防ぎ、公平な選挙を

本来、選挙運動をするということは、選挙運動の手弁当の原則による自発的な無償の奉仕ボランティアなんですね。選挙は金で左右してはならないという徹底した基本思想なんですね。
買収罪は公務員の贈収賄罪と同じで、支払った側はもちろん、支払われたお金を受け取った側も「被買収」とされ、罪に問われます。また悪銭身に付かずではないですが、買収に使った金銭は次の規定により没収され、貰い徳にはけっしてなりません。

(買収及び利害誘導罪の場合の没収)
第二百二十四条  前四条の場合において収受し又は交付を受けた利益は、没収する。その全部又は一部を没収することができないときは、その価額を追徴する。

 公職選挙法は、お金で左右される選挙を徹底的に禁止したものであり、この公職選挙法を守ることが民主主義を守られることにつながっていくのです。ですから、立候補者も立候補者を応援する人も公職選挙法を守ることは当然であり、守ることに誇りをもって選挙に臨んでほしいと思います。

 

田母神氏はこの先5年間、選挙に出れないかもしれない

さて、これから田母神容疑者はどうなるのでしょうか。「買収」の立件を免れたら、何のペナルティも受けないのでしょうか。
ここで考えなくてはいけないのが「連座制」です。これは以前の記事(『選挙はこわくないって本当ですか(小池みきの下から選挙入門⑩)』)を併せて読んでいただけると分かりやすいと思うんですが、「候補者の選挙運動関係者が選挙違反をしたことを理由として、選挙違反に直接関与していない候補者について、当選無効等の不利益を与える制度のこと」です。ですから、田母神容疑者は、たとえ自身の罪を免れても、島本容疑者が選挙運動の総括主宰者などとして立件され有罪になれば、田母神容疑者を連座にするための裁判で連座とされれば、落選している場合は今後5年間、都知事選挙に立候補することはできないのです。

 

悩んだら選挙管理委員会へ

田母神容疑者は2014年の都知事選挙の際、「神様・仏様・田母神様」というキャッチフレーズで人気を博していましたね。今回の事件では「苦しいときの神だのみ」と空を仰いでみても、田母神容疑者が罪を免れるのは難しいかもしれません。こんなことになる前に、公職を志すのであれば、まずはしっかりと公職選挙法を勉強し、コンプライアンス意識を培って、迷ったりわからないことがあったら自身の選挙区にある自治体選挙管理委員会や専門家に問い合わせてみてください。神様や仏様にお願いするのは、そのあとです。(怒)

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小島勇人

小島勇人

市町村職員中央研修所客員(市町村アカデミー)教授、日本大学法学部非常勤講師。川崎市役所にて約40年、選挙事務を担当。自治省選挙課を経て、総務省投票環境の向上方策等の研究会委員や各種選挙関係研究会委員を歴任。

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