2026/7/9
政府は6月30日、皇族数の確保に向けた皇室典範等の改正案を閣議決定し、国会に提出しました。内閣法制局によれば、改正案の柱は、天皇・皇族以外の男子と婚姻した内親王・女王が皇族の身分を離れないこと、そして、旧皇族男子の嫡男系嫡出子孫である現に皇族でない男子を養子として皇族に迎えることです。
一見すると、これは「皇族数の確保」のための技術的な制度改正に見えるかもしれません。
しかし、そうではありません。
この改正案の本質は、女性皇族を皇室公務の担い手として残しながら、女性天皇・女系天皇の議論を避け、男系男子継承を維持するために旧宮家男系男子の養子案を制度化することにあります。
つまり、皇族数の確保という名目で、男系男子継承を固定化する政治です。
しかも、この案では、女性皇族本人は結婚後も皇族に残る一方、その配偶者や子は皇族としない方向が示されています。自民党は、女性皇族の婚姻後身分保持について、配偶者と子を皇族にしないことが「極めて重要」だと説明してきました。
これは、女性皇族を一人の人格としてではなく、皇室公務を維持するための「担い手」として扱う発想です。
女性皇族には公務を担わせる。しかし、その配偶者や子は皇族にしない。女性皇族本人にも皇位継承資格を認めない。一方で、戦後長く一般国民として生活してきた旧宮家の男系男子は、男系男子であるという理由で皇族に迎える。
これが本当に、現代の日本国憲法の下で許される制度設計でしょうか。
今回の改正案は、突然出てきたものではありません。
背後には、長年にわたり男系男子継承の維持を掲げてきた日本会議系の運動があります。
「皇室の伝統を守る国民の会」は、自らの公式サイトで、皇室の伝統的な男系継承を確保する「養子案」の早期実現を求める活動を進めていると明記しています。さらに同会は、男系による万世一系の皇位継承の伝統を踏まえた皇室制度の確立を目指し、提言活動や啓発活動を進めている団体です。
また、日本会議は、2025年4月7日に「皇室の伝統を守る国民の会」と日本会議国会議員懇談会が「安定的皇位継承の法制化を求める国民大会」を開催したと公表しています。この大会では、旧宮家からの養子案の重要性が訴えられ、国会議員95名を含む480名が参加したとされています。
さらに、産経新聞などの保守言論も、この流れを後押ししてきました。社説一覧を見ると、産経新聞は「男系堅持が大勢」「危うい『女性宮家』避けよ」「立法府の総意案 日本の皇統を護る内容だ」など、男系維持を前提とする社説を繰り返し掲載しています。
つまり、今回の皇室典範改正案は、国民的議論の中から自然に生まれたものではありません。
日本会議系の男系維持運動、産経新聞などの保守言論、自民党保守派、そしてそれに追随する補完勢力が、旧宮家男系男子養子案を「立法府の総意」であるかのように押し込もうとしているものです。
その政治的な中心にいるのが、麻生太郎氏です。
麻生氏は、自民党の「安定的な皇位継承の確保に関する懇談会」の会長を務め、初会合では、皇室の在り方は「わが国の根幹を成す極めて重要な課題」であり、「限られたメンバーで静謐な環境の中で、議論を深めていきたい」と述べました。
しかし、その「静謐な環境」の中で進められてきたのは、国民の多数意思を踏まえた開かれた議論ではありません。
麻生氏は2025年4月7日の国民大会で、政府有識者会議が示した三案のうち、女性皇族の婚姻後身分保持案と、旧宮家男系男子を養子として皇族にする案を軸に検討すべきだと説明しました。そして、女性皇族の配偶者と子を皇族にしないことが「極めて重要」だと述べ、皇室典範改正案を今国会中に政府に提出させ、成立させるべく全力を尽くすと表明しています。
これは、単なる一議員の意見ではありません。
自民党の最高幹部が、党内議論をまとめ、保守運動と連動し、旧宮家男系男子養子案を現実の法案に押し込んできたということです。
実際、自民党は、今回の改正案について、養子となった本人には皇位継承資格を持たせない一方、その子孫の男子には皇位継承資格が生じるという制度設計を説明しています。
これは、単なる皇族数確保ではありません。
旧宮家男系男子の血統を、将来の皇位継承に接続する制度です。
皇族数の確保という看板を掲げながら、実際には男系男子継承の維持に向けた制度的な布石を打っている。ここが、この改正案の最大の問題です。
さらに、6月30日には、自民党の麻生副総裁らと日本維新の会の藤田文武共同代表が会談し、皇室典範改正案について合意したと報じられています。維新側は年齢要件に異論を持ちながらも、最終的には「苦渋の決断」として与党合意に乗りました。
つまり、この問題は自民党だけの問題ではありません。
自民党保守派が作った男系男子維持の枠組みに乗り、それを成立させようとする補完勢力の責任も極めて重いのです。
ここで、憲法に立ち返る必要があります。
憲法1条は、天皇を「日本国の象徴」であり「日本国民統合の象徴」とし、その地位は「主権の存する日本国民の総意に基く」と定めています。また、憲法2条は、皇位は世襲であり、国会の議決した皇室典範の定めるところにより継承するとしています。
つまり、皇室典範は、単なる伝統の確認文書ではありません。
日本国憲法の下で、国会が定める法律です。
であるならば、皇室典範は、憲法1条の「日本国民の総意」に基づくものでなければなりません。
では、男系男子継承だけを守り、女性天皇・女系天皇の議論を封じることが、いまの日本国民の総意なのでしょうか。
各種世論調査では、女性天皇を認める意見は一貫して高い水準にあります。2026年5月の世論調査でも、朝日新聞では「女性も天皇になれるようにした方がよい」が72%、毎日新聞では女性天皇に「賛成」が72%、読売新聞の2025年調査でも女性天皇に「賛成」が69%と報じられています。
もちろん、皇位継承制度を単純な多数決だけで決めるべきではありません。
しかし、憲法1条が「国民の総意」を明記している以上、女性天皇を認める意見が国民の多数を占めている現実を無視し、永田町の一部勢力が男系男子継承を既成事実化することは許されません。
これは「憲法1条の精神に反する」という程度の話ではありません。
憲法1条が定める「日本国民の総意」を、日本会議系の男系維持運動、自民党保守派、産経新聞などの保守言論、そしてその補完勢力の合意にすり替えるものです。
これは、象徴天皇制の民主的正統性を空洞化する行為です。
さらに、性的平等の観点からも重大な問題があります。
憲法14条は、すべて国民は法の下に平等であり、性別や社会的身分、門地によって差別されないと定めています。憲法24条は、婚姻や家族に関する法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならないと定めています。
皇室制度には特殊性があります。
しかし、皇室典範が憲法の外にあるわけではありません。
女性であるという理由で皇位継承資格を認めない。女性皇族が結婚後も皇族に残って公務を担うことは認めるが、その配偶者や子は皇族にしない。一方で、旧宮家の男系男子については、男系男子であるという理由で皇族に迎える。
これは、性別と門地による差別構造そのものです。
少なくとも、憲法14条の平等原則、憲法24条の個人の尊厳と両性の本質的平等に照らして、到底正当化できる制度設計ではありません。
にもかかわらず、「皇室の伝統」を口実に、この性的平等に反する制度を押し通そうとしている。
私は、リベラル改憲派です。
憲法には、時代に合わせて変えるべき部分があります。国民の自由、平等、民主主義をより強くするための改憲は必要だと考えています。
しかし、だからこそ許せないのです。
憲法改正を叫ぶ「自称改憲保守」が、いまある憲法の核心である国民主権、国民統合、法の下の平等、個人の尊厳を踏みにじっている。
彼らは、憲法をより良くしたいのではありません。
自分たちに都合のよい国家観に、憲法と皇室を従わせたいだけです。
そして、ここには皇室の政治利用という問題もあります。
麻生氏は、吉田茂元首相を外祖父に持ち、妹が寬仁親王妃信子殿下であるなど、皇室や旧宮家に近い家系的背景を持つ政治家です。宮内庁の公式記載でも、寬仁親王妃信子殿下は故麻生太賀吉氏の第三女子とされています。
もちろん、家系そのものが問題なのではありません。
問題は、皇室と近い家系的背景を持つ政治家が、皇室の伝統維持を名目に、自民党保守派や日本会議系運動の求心力を高める制度改正を主導しているように見えることです。
皇室は、政治家の権威づけの道具ではありません。
保守派の結集軸でもありません。
自民党の支持基盤を固めるための政治的資源でもありません。
皇室を政争の具にしてはならないと言うなら、まず自民党保守派こそ、皇室を自分たちの政治的正統性の道具にすることをやめるべきです。
今回の皇室典範改正案は、認めるべきではありません。
女性皇族を公務要員として残しながら、女性天皇・女系天皇の議論を避け、旧宮家男系男子の養子案だけを進める。
これは、皇族数の確保ではありません。
男系男子イデオロギーの延命です。
国民の約半数は女性です。
それにもかかわらず、女性を皇位継承から排除し続ける制度を押し付ける勢力に対抗する、明確な受け皿が国政に乏しいことも大きな問題です。
必要なのは、皇室を政治利用する保守ではありません。
憲法、民主主義、性的平等に基づいて、象徴天皇制を持続可能にする政治です。
女性天皇・女系天皇を正面から議論し、愛子内親王殿下を含め、性別にかかわらず皇位継承を可能にする制度へ進むべきです。
皇室の未来を守るとは、過去の家父長制を延命することではありません。
憲法の下で、国民の総意に基づき、男女平等の時代にふさわしい皇室制度をつくることです。
こんな皇室典範改正案は、許してはなりません。
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