2025/2/8
年少扶養控除廃止について真実をご存じない方々が多いようである。この機会に過去の経緯をまとめたい。年少扶養控除は、その拡大強化された政策である子ども手当と引き換えに廃止されたのだった。しかし自公による介入によりその子ども手当は支給額半減と所得制限を行われてしまった。
子ども手当月額26000円
子ども手当は私も属していた旧民主党が2009年の政権交代以前から掲げていた政策である。旧民主党は子ども手当は月額26,000円を支給されるべきものとしていた。この子ども手当月額26,000円は所得制限のない手当であった。必要な財源は年間5.3兆円。民主党政権発足後、その財源として年少扶養控除が廃止され、1.2兆円が財源として生まれた。つまり、それまで年少扶養控除の対象となっていた15歳までの子どもを持つ家庭にとっては年間4.1兆円もの給付が増えるものであった。すなわち当時の年少扶養控除という仕組みを拡大発展させた制度が、民主党政権が提唱した子ども手当月額26,000円だった。
所得制限なしの理由:子どもの育ちを社会全体で応援
所得制限しなかった理由は、子ども手当は次代の社会を担う子どもの育ちを社会全体で応援するものであることから、家計の収入のいかんにかかわらず確実に支給するため所得制限を設けるべきではない。また、先進諸国では所得制限を設けていない国が一般的であるとされたのであった。この年少扶養控除を子ども手当月額26,000円に置き換えることは、教育や子育てに大変メリットがある政策であり、当時の私も心から賛成した。
参院選敗北と自公の介入:暗転する子ども手当
しかし、その後とんでもないことが起きた。2010年の参議院選挙のわずか数週間前という時期に、当時の菅直人総理が、霞が関官僚の入れ知恵で消費税の増税をいきなりぶち上げたのであった。当然、民主党は、この選挙で惨敗。私も「円高デフレ不況下で消費税の増税などとんでもない。増税に反対!」を公約に戦ったがギリギリの当選であった。その結果、非改選と合わせた与党の議席は110で過半数を割り込んだ。
この機に乗じて、野党の自民公明が、「子ども手当はバラマキ政策であり所得制限をつけるべきだ」と主張してきたのだ。民主党の看板政策である子ども手当を何とかして機能不全に陥らせることがその目的だった。彼らは参議院での過半数を失った民主党政権に対して三党協議を要求してきた。「なんということだ、年少扶養控除を廃止しているのだから、子ども手当に所得制限をつけたら所得によってはかえって手取り額が減る。自公はそれでもいいのか。」私は当時そう感じた。
3党合意の内容と霞が関の影:所得制限の罠
参議院選後、民主党、自民党、公明党の3党は協議を重ね、結局、以下の内容で合意した。
• 2010年度は、子ども手当を月額13,000円で支給開始。
• 2011年度は、子ども手当を月額13,000円で継続し、所得制限を導入。
• 年少扶養控除は廃止。
本来なら月額26000円で所得制限のない政策を、半額13000円で所得制限の導入への大幅改悪を吞まされてしまった。自公の背後には、緊縮財政をめざす霞が関官僚がいたことは誰の目にも明白だった。子ども手当は年少扶養控除を廃止して生まれた財源をもとに再分配しており、所得制限をかけて子ども手当を支給しないとなると、その所得以上の人はかえって増税になる。当時から私は手当の所得制限に反対し、年少扶養控除の復活を訴えていた。
政権交代と消えた公約:年少扶養控除復活の訴え
その後、2012年12月の衆議院選挙で民主党は下野した。われわれが掲げた「所得制限のない子ども手当」はなくなり、新たに自公が主張する「所得制限のある児童手当」が現れてしまった。年少扶養控除廃止により、年収によってはかえって増税になった世帯も多かった。
では、子ども手当と引き換えに廃止された年少扶養控除はどうなったのだろうか。実は、自民党は2012年の衆議院選挙の公約で年少扶養控除復活を掲げていた。有権者に約束をしたのである。しかし、政権再交代後この公約は完全に無視された。結局、「自民党税制調査会(野田毅会長)は28日、自民党が政権公約で掲げていた年少扶養控除の復活を、平成26年度以降に先送り」した。実は、2014(平成26)年どころではない、あれから13年もたっているのにも関わらず、年少扶養控除は奪われたままだ。公約違反の自公政権に対して一日も早い年少扶養控除の拡大復活を求めていきたい。心ある皆さん方のご支援をお願いしたい。
https://x.com/Y_Kaneko/status/1887617746361532430

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