2026/5/5
【憲法を考える】③福島民報論説
ときどき福島民報の紙面に批判的なことを書いていますが、5月2日の論説「9条と安全保障」もなんだかなあという論稿でした。
さすがに福島民報も「9条改正は戦争への道」などと書けば笑われると思ったのでしょう。「わが国の安全保障を巡る環境は大きく変化しつつある」「こうした状況を踏まえれば、自主防衛強化の議論が勢いづいて不思議ではない」と書いていることから、9条改正論議が起こるような状況は理解しているようです。
しかし、「だからこのように9条を改正すべきだ」とは書いていない。「世界平和を希求する崇高な精神こそ、永久に継承されなければならない」と続きます。いやいやいや。世界平和を希求する精神はもちろん大事。すごく大事。だけど世界情勢が変化して憲法をどうするかというときに語るべきは「変えない部分」ではなく「変える部分」でしょう。その点には一切言及しない。どういう論説なんだろうと思います。
そして、「拙速な対応は許されない。常に熟議を求めたい」って、それも当たり前のこと。憲法改正するのに熟議は必要でしょう。だけど、憲法審査会って何年やってるの? 結論を出さずただ時間だけが経っている。そのことを問題視せず、「熟議」だけを訴える。結局9条改正は反対って言いたいんだろうなあと読み取れます。
最後の段落。「安全保障の要とは、何より近隣国との紐帯だと断じて異論はあるまい。中国との関係改善の道を探り…、(その)先に憲法のあり得べき姿が確実に像を結ぶのではないか」。
何を言ってるのかまったく分かりません。戦争なんて、ギリギリのギリギリまで避けなければならないのは当然です。そのために外交努力を尽くすのも当然のこと。今考えないといけないのは、「それでもどうにもならず、相手が侵略してきたらどうするの?」ということです。
論説から読み取れる福島民報社の考えは、「日本の安全保障環境は厳しくなってるから9条改正の議論が起こるのは仕方ないけど、改正はやだなあ」ということ。でもそれもはっきりとは言ってない。こんな論説なら書かない方がいいです。「論説」と言うからには、もう少し論旨を明快にしていただきたいと思います。

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