2026/5/1
「なぜ久喜には大型商業施設があって、加須にはないのか」
この問いに——「交通の差」「人口の差」という答えをよく聞きます。
でも今日は、もう一歩深く掘り下げます。
加須と久喜の差は——2000年代の都市計画の「差」で決まっていた可能性があります。
まず、現在の差を数字で確認する
久喜市
- 人口:約15万人
- 主要商業施設:モラージュ菖蒲、アリオ鷲宮
- 1日の乗降客数:約30,000人
- 投票率:50%
加須市
- 人口:約11万人
- 主要商業施設:ビバモール加須(空き店舗増加中)
- 1日の乗降客数:約12,500人
- 投票率:36%
人口差は約4万人——この差が全てを説明するわけではありません。
人口が少なくても、魅力的な街はあります。人口が多くても、衰退する街はある。
差の本質は——人口ではなく「都市計画」にあると思っています。
2000年代に何があったのか
2000年代——日本全国で「郊外型大型商業施設」の開発が加速しました。
イオン、ららぽーと、モラージュ——これらが全国各地に建設されたのが、ちょうど2000年代です。
この時期に——久喜市と加須市は、全く異なる選択をしていた可能性があります。
久喜市の選択
久喜市は——圏央道・東北道へのアクセスを活かした「広域商業拠点」としての開発を進めました。
モラージュ菖蒲は2008年開業。アリオ鷲宮は2012年開業——。
「車で来られる大型商業施設」を誘致することで、久喜市は「買い物に来る街」としてのポジションを確立しました。
加須市の選択
一方、加須市は——同じ時期に何をしていたのか。
駅前の再開発計画は動かなかった。大型商業施設の誘致も進まなかった。「現状維持」という選択が、結果的に取られていた——。
この「選択の差」が——2025年の加須市と久喜市の差になっています。
都市計画の「勝ち筋」と「負け筋」
2000年代の都市計画には——「勝ち筋」と「負け筋」があったと思っています。
勝ち筋:広域から人を集める拠点を作る
久喜市のモラージュ菖蒲、アリオ鷲宮——これらは「久喜市民だけ」を対象にしていません。
加須市民、幸手市民、白岡市民、桶川市民、北本市民——広域から車で来る人たちを取り込む設計になっています。
「人口が少なくても、広域から集客できれば商業施設は成り立つ」——この発想が、久喜市の都市計画の核心でした。
負け筋:地元住民だけを対象にした施設を作る
加須市のビバモール加須——地元住民向けの商業施設として作られました。
でも人口が減れば、地元住民向けの施設は成り立たなくなる。カスミが撤退するのも——「加須市の人口だけでは採算が取れない」という判断からです。
「地元住民だけを対象にした商業施設」は——人口減少時代に脆弱です。
圏央道という「分岐点」
2000年代の都市計画を語る上で——外せない存在があります。
圏央道(首都圏中央連絡自動車道)
圏央道は——2000年代に急速に整備が進みました。
久喜市周辺——久喜白岡JCT、菖蒲PAなど——圏央道へのアクセスが良好なエリアに、大型商業施設が集中して建設されました。
「圏央道沿いに商業施設を作れば、広域から車で来てもらえる」——このロジックが、モラージュ菖蒲、アリオ鷲宮の立地を決めました。
加須市は——東北自動車道の加須インターがあります。でも2000年代当時、加須インター周辺への大型商業施設の誘致は、十分に進みませんでした。
圏央道沿いに商業施設を集積した久喜市と、東北道インター周辺の開発が進まなかった加須市——この差が、今の商業環境の差を生んでいます。
議会・行政の「意志の差」
都市計画は——議会と行政の「意志」で決まります。
「大型商業施設を誘致しよう」という意志があれば——企業に積極的にアプローチする。土地の区画整理を進める。インフラを整備する——行政が動けば、企業は来ます。
「現状維持でいい」という意志があれば——何も変わりません。
2000年代の久喜市と加須市——議会・行政の「意志の差」が、都市計画の差を生んだ可能性があります。
これは過去の話だけではありません。
今この瞬間も——加須市議会が「加須駅前2030ビジョン」を本気で動かすかどうかで、2035年の加須市の姿が決まります。
2000年代に久喜市がやったことを——加須市は今からやれます。遅れているけれど、取り戻せる。
「差が決まった」は言い過ぎ——でも差が生まれたのは事実
「2000年代の都市計画で差が決まった」——少し言い過ぎかもしれません。
正確に言えば——「2000年代の都市計画で、差が生まれ始めた」です。
でも——その差は、放置すれば広がり続けます。手を打てば、縮められます。
「決まった差」ではなく「変えられる差」——これが重要です。
加須市が今から取り戻すために
2000年代に久喜市がやったこと——加須市は今からでも取り組めます。
①加須インター周辺の開発
東北自動車道の加須インター——ここへのアクセスを活かした大型施設の誘致を、本格的に進める。
「車で広域から来られる拠点」を加須インター周辺に作れれば——久喜市が2000年代にやったことを、加須市が2020年代にやれます。
②駅前は「広域集客」ではなく「地域の核」として再定義する
駅前に「広域から車で来る大型商業施設」は——正直、難しい。
でも駅前には——「電車で来られる若者の居場所」「新旧住民が交流できる核」という、車中心の郊外型施設にはできない役割があります。
加須インター周辺で広域集客。加須駅前で地域の核——この「二刀流」が、加須市の商業再生の鍵です。
③東埼玉圏全体で「広域商業圏」を設計する
加須市単独で久喜市に対抗するより——東埼玉圏7市町合計50万人の商圏として、新たな大型施設の誘致を進める。
「加須市vs久喜市」という競争ではなく、「東埼玉圏として一体的に発展する」という発想の転換が必要です。
おわりに
加須・久喜の差は「2000年代の都市計画」で決まっていた説——。
圏央道沿いへの大型商業施設の集積、議会・行政の意志の差、広域集客という発想の有無——これらが複合的に重なって、今の差が生まれました。
でも——差は変えられます。
2000年代に久喜市が動いたように、2020年代に加須市が動けばいい。遅れた分を取り戻す戦略を、今から実行すればいい。
「差が決まった」のではなく「差を変える番が来た」——これが今の加須市の状況です。
加須駅前2030ビジョン、加須インター周辺開発、東埼玉圏広域連携——これらが動き始めたとき、久喜との差は縮まり始めます。
2000年代に差が生まれた。2030年代に差を埋める——加須市の逆襲は、今から始まります。
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オオサワ アツシ/46歳/男
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