2026/8/3

先日の記者会見で、高市総理は、飲食料品の消費税率を2年間、1%に引き下げる案について説明しました。
その中で印象に残ったのが、
税率の変更に柔軟に対応できるシステムの普及促進を図る
という趣旨の発言です。
この言葉を聞いて、私は疑問を持ちました。
日本では、これまで消費税率を機動的に変更できなかったのだろうか。
調べてみると、「税率を変更する」と一口にいっても、二つの問題があることが分かりました。
一つは、税率変更に必要な法律上の手続きです。
もう一つは、レジや会計ソフトなどを新しい税率に対応させるための実務上の準備です。
そこで、日本の制度と英国の事例を比較しながら、「税率変更の機動性」とは何かを考えてみました。
日本国憲法第84条は、次のように定めています。
あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。
これは「租税法律主義」と呼ばれる原則です。
国民に税を負担してもらう以上、誰に、何を対象として、どの程度の税を課すのかは、国民の代表で構成される国会の統制下に置かなければならないという考え方です。
現在の消費税率や軽減税率の対象は、消費税法などに定められています。そのため、飲食料品の消費税率を現行の8%から1%へ変更するには、原則として法律を改正する必要があります。
一般的には、次のような過程をたどります。
つまり、物価高が急激に進んだからといって、政府の判断だけで翌月から税率を変更できるわけではありません。
もっとも、国会の手続きがあるからといって、必ず何か月もかかるとは限りません。与野党間で合意が形成されれば、法案を短期間で成立させることも可能です。
したがって、「日本では国会が必要だから、税率を迅速に変更できない」と単純に説明することはできません。

もう一つの問題が、事業者のシステム対応です。
税率が変われば、事業者は次のような対応を求められます。
特に複数の税率が存在する場合には、商品ごとに正しい税率を設定しなければなりません。
さらに、期間限定の減税であれば、開始時と終了時の少なくとも2回、変更作業が発生します。
法律が成立しても、事業者側の準備が間に合わなければ、直ちに新しい税率を適用することはできません。

会見では、飲食料品の税率を0%ではなく1%にする理由の一つとして、0%の場合よりも事業者のシステム改修期間を短縮でき、早期実施が可能になることが挙げられました。
0%にすると、現在の軽減税率を単に変更するだけでは対応できず、課税区分やシステムの処理方法を見直さなければならない場合があります。
これに対して、1%であれば「課税取引」のまま税率を変更できるため、既存システムを利用しやすいという考え方です。
ただし、すべての事業者が同じシステムを使っているわけではありません。実際にどの程度準備期間を短縮できるのかは、事業者やシステムによって異なります。
そのため、「1%なら簡単に変更できる」と言い切るのではなく、「0%よりも改修負担を抑えられる可能性がある」と理解するのが適切です。

会見では、将来、感染症や大規模災害などが発生した場合に備え、
コロナ禍における欧州と同様、消費税率を柔軟に変更できるシステムなどを構築する必要がある
という考えも示されました。
ここでいう「システム」は、政府が国会を通さず自由に税率を変更できる法制度というより、レジ、会計、請求、決済などを迅速に切り替えられる実務上の環境を指していると考えるのが自然です。
したがって、税率変更の「機動性」には、二つの側面があります。
今回の「柔軟に対応できるシステム」という発言に限れば、特に後者を念頭に置いた説明だったと考えられます。

英国では、新型コロナウイルスの感染拡大によって、飲食業、宿泊業、観光業が大きな打撃を受けました。
そこで英国政府は2020年7月8日、対象となる飲食、宿泊、観光施設の入場料などについて、VAT(付加価値税)を標準税率の20%から5%へ一時的に引き下げると発表しました。
新税率は、その約1週間後の7月15日に適用されています。
その後、税率は段階的に戻されました。
ただし、英国政府が法的な手続きを経ずに税率を変更したわけではありません。
最初の5%への引下げには、既存のVAT法に基づく「法定文書(Statutory Instrument)」と呼ばれる委任立法が使われました。
政府は2020年7月14日に法定文書を議会へ提出し、翌15日に施行しました。この法定文書には、施行後に議会が否決できる手続きが適用されています。
つまり、英国では議会の統制を残しながら、通常の法律制定より迅速に対応できる仕組みが活用されたのです。
なお、その後の適用期間の延長や12.5%への移行については、2021年財政法による立法も行われています。
英国でも、政府の判断だけで自由にVAT税率を変更したわけではありません。

日本と英国の違いを、
日本では国会の承認が必要だが、英国では政府だけで変更できる
と説明するのは正確ではありません。
両国とも、税率変更には法的根拠が必要であり、議会による統制があります。
英国では、議会が成立させた法律に基づき、政府が一定の範囲で具体的な措置を講じる委任立法が活用されました。その結果、政府の発表から約1週間でVAT減税を実施できました。
日本国憲法第84条も、税の変更について「法律」だけでなく、「法律の定める条件」によることを認めています。
ただし、これは政府に税率変更を無制限に委ねられるという意味ではありません。税率、対象、期間、発動条件などを、法律でどこまで具体的に定めなければならないのかについては、慎重な検討が必要です。
また、法的に迅速な変更を可能にしても、事業者のレジや会計システムが対応できなければ、実際の施行には時間がかかります。
税率変更の機動性を高めるには、法制度と事業者のシステムの両方を整える必要があります。

感染症や大規模災害などが発生した場合、必要な対策を迅速に実施できることは重要です。
一方、税率を短期間に何度も変更すれば、事業者にはシステム改修や価格表示、経理処理などの負担が生じます。複雑な制度変更は、消費者や事業者の混乱を招く可能性もあります。
必要なのは、政府が自由に税率を変えられる制度ではありません。
例えば、次のような点をあらかじめ明確にする必要があります。
迅速性だけを求めるのではなく、国会による統制と事業者の実務対応を両立させることが重要です。
消費税率を変更するには、法律を成立させるだけでは足りません。
事業者がレジや会計システムなどを変更し、実際の取引に新しい税率を適用できるようにする必要があります。
今回の会見における「税率変更に柔軟に対応できるシステム」という説明は、国会審議を省略するという意味ではなく、税率変更が決まった後、事業者が速やかに対応できる環境を整えるという趣旨が中心だったと考えられます。
英国の事例が示しているのは、議会の統制をなくさなくても、法的な仕組みと実務上の準備を整えることで、税率変更までの時間を短縮できるということです。
今後の議論では、税率を何%にするかだけでなく、
国会による統制を保ちながら、政策決定から実施までの時間をどう短縮するのか。
という制度と実務の両面にも注目していきたいと思います。
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