2026/8/13
8.12
皆さん、私の生誕祝いのメッセージありがとうございます。
個別に返信でなく失礼しますが、こちらから御礼申し上げます。ありがとうございます、嬉しいです。
お時間ある方、以下もご覧いただけたらと思います。
さて、41年前の8.12、日航ジャンボ機墜落事故がおきました。
私は14歳の誕生日、親戚のおじさん家族に混ぜてもらいおじいちゃんの別荘に来ていました。
母方の実家は大田区、父は目黒区に実家があり、田舎のない私達兄弟にとって夏休みの最大の楽しみでした。
1985年8月12日の別荘には、
おじさんご夫婦に、おじさんの子ども2人と私が行ったのでした。
そこで、私の持って行ったローラースケートでいとこが転び、手首を骨折してしまい、おじさんご夫妻と怪我をしたいとこは急遽街の病院へ。
14歳の私といとこ、この2人でポツンと一軒家な別荘で待つことに。
そして、その時がきたのです。
毎年来ている別荘、いつも聞いたことのない音。それは飛行機かヘリか、何かしばらく旋回しているようでした。
おじさんから何かあっても絶対外に出てはいけないと言われていたので、窓から空を見るだけでした。
そのうち夜になって、バトライトを回しながら山道を登ってくる車が。
そうしているうちに、おじさんが帰ってくるなり、飛行機が行方不明みたいで探しているみたいだと。
そして、翌日にいとこが骨折で入院した病院へ行くと、あたりはカーテンを閉め切ったバス、行方不明の方々のご家族でした。
その後、ニュースや、遺族会のニュースでは、初めて飛行機に1人で乗り事故にあった小学生のけんちゃんの話を知ることに。
私の誕生日
私と同じ名前のけんちゃん
亡くなったけんちゃんは私の住んでいた大田区在住だったこと
そして、おそらく墜落前の飛行機の音を聞いた者として、この事故は私にとっていつも心の中にある事故になりました。
そうして、事故から41年経った今年、ついに御巣鷹山に行くことが出来ました。
なんだかんだ、これまで行けなかった、行かなかったのだと感じます。
やはり、実際にその現場に赴くことは大切だと強く感じました。
安全に勝るものなし、ということが心に繰り返し刻まれました。
けんちゃんの墓標にも辿りつけました。
けんちゃんが生きていれば50歳。
生きられなかった分、生きている人は日々を大切に生きなければならないのだと、そう思います。




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