2026/1/25

私の目に映った地元の景色【立憲民主党に入党する決意をし、準備を進めていたら、「衆議院解散」と、新党「中道改革連合」が発足し、全てが白紙に戻った件】

「国政選挙は、大嫌いです」
冒頭から、口にしてはいけないことを綴ってしまったような気がしますが、本音だから、仕方がないです
でも、「大嫌い」と隠さずに公言するからには、それ相応の理由があります
大きな理由は、次の三つです
まず、一つ目の理由は、投票する権利はあるはずなのに、自分の選択が、結果に反映されているように感じられたことが、一度もないからです
次に、二つ目の理由は、数百万もする供託金を用意できないほどの財産しか持たない私が「国政選挙に出馬することができる可能性」は、ほぼゼロに等しい上に、もし、奇跡的に供託金を支払ってくれる人や団体が現れて、出馬をして、当選したとしても、永田町までの距離が2時間以上も離れている地方の街に住んでいる子育て中の私が、永田町まで頻繁に通わなくてはならなくなる職務を遂行するためには、いまの生活の大事な部分のかなりを諦めたり、蔑ろにしたりする必要があり、現実的なキャリアの選択肢として「国会議員」を目指すことが困難な状況に置かれているからです
自分が参加できる要素がゼロのゲームに興味を持てるほど、私は意識の高い人間ではありません
また、東京以外に住んでいる人が8割以上にも及び、少子化が進み続けているこの国の国会議員に選ばれているのにもかかわらず、この「地方の子育て世代が参加しにくい仕組み」を維持し続けていることに、なんの疑問も感じている様子がなく、オンラインで議会に参加することができるようにする改革を進めようとする姿勢すらも見せない現役の国会議員の人たちに、なにかを期待するなんて、最初から「無理」なことのように感じてしまいます
「地元の声を聞く」と言いながら、「地元に住んでいる私」のような人間の声に耳を傾ける国会議員を想像することは、少し前までの私には、到底できないことでした
そして、「国政選挙は、大嫌いです」と言いたくなってしまう最後の理由は、ほんの一握りの人間にしか参加が許されないゲームだからこそ、入れ替わりが少なく、それにより、私の住んでいる市やその周辺の地域では、特定の二つの政党のポスターばかりが街に貼り出されている状態が、数十年も続いており、この景色が広がっている地元のことを、好意的に受け止めることが、私にはできないからです
都会では、そんな景色は、ほとんど目にしたことがありません
あちこちの畑に乱立している国政政党のポスターが視界に入ってくる度に、ここは「都会」とは呼べない場所なのだということを再認識させられます
そして、そんなことを想い続けていたはずなのに、私は、今年の元旦に、私が子どもの頃から、ずっと街に貼られていたポスターに映っていた人でもあり、現役の「衆議院議員」でもあった方と近所のお店でコーヒーを飲みながら雑談し、「立憲民主党」に入党する決意を固めました
一体、なにが起こったのか???
入党をする決意を固めた当時は、そのことについて、身近な人々に説明したり、そこで決意した「目標」を達成するために、行動し続けたりする日々が、遠くないうちに始まるのだと、覚悟をしていたし、準備も進めていました
そして、そんな矢先、突然、「衆議院解散」と、新党「中道改革連合」の発足があり、この件が起こったことにより、私が「立憲民主党」に入る予定は、しばらく見送ることになった上、最早、その後がどうなるのかは、全く予測ができない状態になりました
◆◆◆
とりあえず、まずは、なにが起こったのかの概要を、一通り記載しましたが、、、
国政のバタバタと、私の周りで起こった出来事の説明を省き過ぎたため、なにが起きたのかは、ここまでの説明では、全く分からなかったと思います
とにかく、長くなりますが、私の身に起きたこと、そして、私が見てきたことが、この記事を読んでくださっている皆様に、お伝えできる範囲のことは、すべて伝わるように、順を追って、説明させていただきます
◆◆◆
まず、最初に「加瀬さやかのことを知らない」という方々へ向けて、自分が何者なのかについて、少し説明をさせていただきます
私は現在32歳で、千葉県銚子市に夫と4歳の息子と一緒に暮らす兼業主婦です
高校を卒業してから10年ほど、銚子市を離れていましたが、出産をきっかけに実家のある銚子市に戻ってきました
そして、そんな私が、政治と初めて関わりを持つようになったのは、昨年の4月に行われた銚子市議会議員の補欠選挙に急に出馬したことが始まりでした
初めて出馬した選挙では、誰にも「応援してください」という台詞を言わないことをアピールするなど、独特な戦い方をしたことと、1議席を5人で争う激戦の中、唯一の初出馬の候補であった私が、最終的には、3位と健闘したことで、この出来事をきっかけに、地元の一部の方々から、ほんのりご注目をいただくようになりました
そして、立憲民主党の議員さんや関係者の方々と出会ったきっかけも、選挙に出たことが始まりです
実は、選挙期間中や落選したあとに、「ずっと銚子でも若い人が選挙に立ってくれないかなって思ってたんだよ! もっと早く言ってくれればよかったのに!! 次も出るんでしょ? 応援するよ!!」と、力強く近づいてきてくださった方々の中で、特に多かった層が、立憲民主党の支持者や関係者の方々でした
しかし、「応援するよ」と言っていただけること自体は、とても嬉しく感じる一方で、国政政党に所属する議員さんやその支持者の方々と「どのくらいの距離感を保つことが適度なのか」については、それまで政治関係者の知り合いが一人もいなかった私にとっては、未知の領域で、基準となる指標や知識が乏しかったこともあり、どのように対応していくべきなのか迷っている部分がありました
そのため、選挙終了から間もない頃は、お声掛けは何度かいただいたものの、なかなか距離が縮まらない期間が続いていました
そんな中、特に熱心に声を掛けてくださっていた市内在住の立憲民主党の支持者の方から、立憲民主党とは関係のない音楽イベントの案内とお誘いがありました
これまで、いくつかのお誘いを断っていて、申し訳なく感じていたことと、そのイベントが興味深かったこと、私の自宅の近所のお店が会場になっていて参加しやすいと感じたこと、ちょうどそのイベントがある日は予定が空いていたことなどから、「このイベントなら、行ってみてもいいかな」と心が動き、「その日なら参加できそうです」と、いただいたお電話で返事をすると、電話をくださった方から「では、その日は、谷田川も来るように声を掛けておきます」と告げられました
「谷田川」とは、最近、中道改革連合に入党されることを表明された谷田川元さんのことです
この辺の地域に住んでいない方は、谷田川元さんのことをご存知ない方も多いとは思いますが、私の地元の銚子市周辺の地域では、谷田川元さんのポスターは、昔から街のあちこちに貼られており、私にとっては、子どもの頃からずっとポスターで顔を見てきた政治家さんでした
とはいえ、あんなにも長い期間、ポスターでお顔を拝見していたのにもかかわらず、私は「谷田川元さんとは、どんな政治家さんなのか」を昨年の春の時点では全く理解しておらず、選挙に出たあとに、谷田川元さんの支持者の方々と関わるようになってから、谷田川元さんのことについて、改めて、調べるようになりました
立憲民主党の支持者の方々から、谷田川元さんが主催するイベントの案内があったり、谷田川元さん自身が「加瀬さんに会ってお話しを聞きたい」と申していたと人づてに聞いたりしても、すぐに「是非、行きたいです」、「私もお話したいです✨️」と積極的に動かなかったのは、「立憲民主党」との距離感が分からずに「警戒していた」という理由のほかに、あまりにも谷田川元さんについての情報と関わらずに過ごしてきた人生であったため、「いまお会いしたら、せっかく時間をとっていただいても、とても失礼なやり取りの連続になってしまうため、もし、そのような機会を設けていただけるとしても、もう少し勉強してからにしたい」という慎重な気持ちも強くありました
そして、私が初めて谷田川元さんとお会いすることになったのは、9月13日に銚子市で行われた「一般社団法人日本ポルトガル友好会」主催のファドコンサートの席でのことです
ちなみに、谷田川元さんは、この日のイベントに参加されたことを各SNSでも報告されています
https://www.instagram.com/p/DOiweE5EnW8/?igsh=MW56ZHJ1amRhdzAyeg==
https://youtube.com/shorts/nrNSfUj_ToY?si=Rbe0o3HCeX-BKpmo
https://x.com/i/status/1966847089020928051
一方、私は、この日のことをSNSでは、報告していません
私がこの対応を選択した理由はいくつかあるものの、一番大きな要因としては、「立憲民主党や谷田川元さんと、どう関わっていったらよいのか」について、立憲民主党に所属していない現役の地方議員の方の何名かに相談したところ、「積極的に関わっていったほうがよい」とアドバイスしてくれた方は一人もおらず、逆に「最初は政党の色はつけずに、無所属で挑戦したほうが、多くの人からの支持を得やすいから、SNSで谷田川さんやほかの立憲民主党の議員さんたちと親しくしていることが伝わるような写真は投稿しないほうがいいよ」という助言を受けたり、「市議会議員だけを目指すなら、国会議員さんになにかをお願いするような場面はほとんどないから、過度に親しくしようとしなくても大丈夫だよ」という意見を聞いたりしたからでした
そのため、この日の出来事を私からインターネット上で発信するのは、この記事が初めてになります
そして、谷田川元さんと初めてお会いすることになった2025年9月13日、実は、私は谷田川元さんとお会いする前に、とある仕掛けをしておきました
地元では名の知れている国会議員さんに対して、人を試すようなことをするのは恐れ多いですし、分不相応だとも思いますが、それでも、「谷田川元さんがどのような人なのか」は、直接お会いする機会があるなら、できる限り理解したいという気持ちと、もし、これから仲良くしていくことがあるのだとしたら、谷田川元さんにも、私がどのような人なのかを理解した上で、その決断をしていただきたいという想いがありました
そこで、とても些細なことではあるのですが、谷田川元さんとお会いする直前に、私は「現役の銚子市議会議員の方々の活動の仕方を強く批判する記事」を投稿しておいたのです
https://go2senkyo.com/seijika/196107/posts/1185636
多分、この記事で私が問題点として指摘したことは、現役の政治家の方々にとっては、「厳しすぎる指摘」、もしくは、「トンチンカンな指摘」に感じるのではないかということは承知しているものの、それでも、誰かが声を上げていく必要性があるという想いを綴った長文のブログを、この日、私は、谷田川元さんとお会いする数時間前に投稿しました
この投稿をしたときの私の予想としては、「谷田川さんがこのブログを事前に読むことはないだろう」と強く確信していたものの、だからこそ、私と会ったあとに、必ず、「加瀬さやかとは、どんな人なのか」について調べるのではないかと、考えていました
そして、その予想は、どちらも的中しました
◆◆◆
ファドコンサートの会場に私が足を踏み入れたとき、30人程が入る店内では、既に10人くらいの参加者が集まっており、谷田川元さんは、その一人ひとりに「衆議院議員の谷田川元です」と挨拶しながら、名刺を配って歩いていました
そんな中、特に席の指定はされていなかったため、このイベントに誘ってくださった谷田川元さんの支援者の方の近くに私が座ると、谷田川元さんは、私の隣の席に来て「加瀬さやかさんですか? お噂は伺っています」と、柔和な笑顔を浮かべて声を掛けてくださいました
そして、この日、その後、ファドコンサートが終わるまで、私は谷田川元さんの隣の席で過ごしました
谷田川元さんは、支持者の方から聞いたお話によると、5月21日に行われた「銚子連絡道路整備促進地区大会」に出席したあと、「加瀬さんに電話を入れてほしい」と、銚子に住む支持者の方のところを訪ねてきたことがあったそうです
https://x.com/i/status/1925116300726325409
あいにく、その日は、そのときにいただいた電話には出られず、お話をすることは叶わなかったのですが、そのときに「加瀬さんと会ってお話を聞きたい」と谷田川元さんが申していたと伺ったことから、谷田川元さんが、私に興味を持ってくださっていることは、知っていました
ただ、会話を始めてすぐに、やはり詳しくは私のことは知らないのだなと感じたのは、「選挙に出馬した動機」を聞かれたためです
私は、選挙公報でも、ホームページでも、各SNSでも、出馬の動機を伝え続けてきました
ちなみに、私が選挙に出馬した理由は、近年の銚子市では、特に若い世代の女性の人口流出が大きな課題となっており、そんな中、銚子市議会議員の平均年齢は64歳を超えていて、女性議員に限ると65歳未満の議員は存在せず、男女合わせても20代、30代の議員は一人もいない状況であるため、「若い世代の女性が誰も出馬しない選挙になる事態だけは避けたい」と思ったからです
そして、そのことを改めて谷田川元さんに私がお伝えすると、私の出馬の動機を聞いた谷田川元さんは「視点がいいね」、「ピュアなのも、すごくいい」と盛大に褒めてくださり、「きっと、ちゃんと準備して頑張れば、次は必ず受かるよ」、「私も応援しますよ」とも言ってくださいました
「私も応援しますよ」と、谷田川元さんが言ってくださったことに関しては、その言葉が出てすぐに、「でも、銚子の市議会議員には、立憲民主党の現役の議員さんがお二人いらっしゃるので、谷田川さんが、私を応援することは、できないですよね?」と私が返すと、「そのくらいはいいんだよ! 18人受かる選挙だからね! 全員は無理だけどね」と、チャーミングなお答えが返ってきました
私は、そのときのお茶目な谷田川元さんの笑顔を拝見しながら、とても人を惹きつける魅力のある方なのだなと感じると同時に、きっとこのあと、私のあの挑戦的なブログを読んで、ワタワタするのではないかと想像し、心配に想う気持ちと、その様子を想像して、少し笑ってしまいたくなる気持ちの両方を抱えながら、その場では、その件については、それ以上は話さずにいました
そもそも、「応援しますよ」という言葉に関しては、嬉しく受け取ることはあるものの、この期に及んで、私はいまだに誰にも「応援してください」とは、言っていません
でも、軽率な「応援しますよ」に対して、不快感を覚えることがないくらいには、そのときの席は、楽しく、和やかな時間になりました
ちなみに、そのときの会話で、恥ずかしい思い出ではあるものの、忘れられないやり取りがあります(> <)
それは、事前に「これは絶対に聞こう!!」と、私が心に決めていた「質問」への谷田川元さんの回答です
いま考えると、「もっと別な質問をしたほうがよかったのではないか」と反省したくなってしまう質問ではあるものの、谷田川元さんのことについて、数カ月の時間を掛けてコツコツ調べた当時の私が一番気になっていたことは、「どうして谷田川元さんは、シワシワのスーツを着ていることが多いのだろうか?」ということでした
銚子連絡道路整備促進地区大会のときの投稿でも、新しいポスターの写真撮影をしたときの様子の投稿でも、谷田川元さんは、シワの目立つスーツを着用していました
私自身は、裕福とはいえない家庭で育ち、いまも庶民的な生活を続けているため、そんな私などには理解が及ばない「こだわり」や「イメージ戦略」などが谷田川元さんの「シワの目立つスーツ」には込められているのではないかと、当時の私は本気で考えていたのです
そして、あの日、覚悟を決めた私が、「あの、今日、もし、谷田川さんにお会いしたら、絶対に聞こうと思っていたことがあるんですけど、お聞きしてもいいですか?」と口すると、谷田川元さんは優しい表情と真剣な口調で、「いいよ! なんでも聞いて」と力強く答えてくださり、私は、満を持して、用意してきた質問をしました
「あの、、、谷田川さんが、いつも『シワの目立つスーツ』を着ていらっしゃるのには、なにか深い理由があるんですか?」
すると、谷田川元さんは、キョトンとした表情になり、スーツのポケットから次々に手帳やスマホなどを取り出しながら、「あれかな? こういうのが入ってるからかな」と説明してくださいました
その様子を「いっぱい入っているんですね」と、真面目な表情で、私が眺めていると、谷田川元さんは、「えーっと、でも、(スーツを)掛ける場所とかがあるときは、掛けているんだけどな。。。」と、さらに説明をつけ足してくださいました
そして、谷田川元さんは、その姿を見つめ続けている私に「でも、あれでしょ! 国会のときとかは、そんなことないでしょ」と、明るい表情で、確認をされたのでした
いまふり返ると、「ほかにもっと適切なリアクションがあったのではないか」と反省する部分しかないのですが、、、あの日の私は、谷田川元さんに失礼のないように、直近の国会での谷田川元さんの質問の様子をYouTube動画で真面目に予習してきた直後だったのです
そのため、反射的に、次のような言葉が、私の口から飛び出しました
「いえ、国会のときも、よくそうなっています」
いただいた質問に、すぐに答えた私の言葉を聞いた谷田川元さんは「あぁ、そう? 家内にも、、、、かな」と、先程の「なんでも聞いて!」と力強く答えてくださったときとは別人のような小さな声になり、なにかを考えているようでした
そして、少しの沈黙の後、心の中で「まずい!!この質問はダメなやつだった!」と私が焦り始めていると、谷田川元さんは「楽しい質問をありがとう」と、少し恥ずかしそうな雰囲気を醸し出しつつも、クシャクシャな笑顔とともに、失礼極まりない質問を大真面目にした私に「感謝の言葉」を掛けてくださいました
「あぁー(TT) もう、絶対に嫌われてしまう。。。」と、ブログの件も頭に思い浮かべながら、自分の失態を嘆くしかなかった私は、あのときの谷田川元さんのリアクションに、とても救われた想いがしました
とはいえ、この後、きっと、もう、谷田川元さんは、私とは、あまり関わらないほうがいいと思うに違いないと、そのときの私は、悲観的な予想をしていました
しかし、その日の夜に、お礼のメッセージを送ったところ、谷田川元さんからは、次のようなお返事がありました
「銚子を良くするために、勇猛果敢に行動されることを期待しています」
あの日、私は、谷田川元さんとの会話で、勇猛果敢と思われるようなエピソードは、なにも話していませんでした
谷田川元さんからのお返事をみたとき、私は、谷田川元さんが、私と会った直後に、私のことを改めて調べてくれたことを感じました
もしかしたら「お世辞」や「社交辞令」かもしれないけれど、そうだったとしても、私の思想や挑戦を理解した上で、激励のお言葉をくださったこと自体が、とても嬉しいと心から思いました

しかし、あんなにも楽しい時間を過ごし、温かいメッセージもいただいたのにもかかわらず、私は、この日のことをSNSに投稿することはしなかったのです(> <)
谷田川元さんから「勇猛果敢」という言葉をいただくほどの挑戦的なブログを投稿する度胸のある私にとっても、地元の小さな界隈の中で、大きななにかを失うリスクを秘めている「立憲民主党」の「色」がついた人間になることは、底知れない恐怖があり、たった一度の会食だけで、そちらに舵を取る選択はできませんでした
◆◆◆
ファドコンサートの次に、谷田川元さんにお会いすることになったのは、それから2週間ほど後に開催された「CHOSHI WELLNESS DAYS」の会場でのことです
https://share.google/Trx4SBJJPKvTtWJUY

実は、このイベントには、私も出店することになっており、ファドコンサートでお会いしたときに、谷田川元さんにもご案内をさせていただいたのでした
でも、まさか、本当にいらしてくださるとは夢にも思っておらず、前日に、谷田川元さんご本人から「明日は何時に行けばいいの?」とお電話があったときは、大変驚きました
そして、さらに驚いたことは、その電話で、「明日は、このイベント以外のお祭りも、いくつかあるので、いらっしゃるのは難しいですよね」と私が口にすると、谷田川元さんは「えっ、どこのお祭り? 教えて!」とおっしゃり、翌日は、私がお知らせした2つのお祭りに顔を出してから、私がいるCHOSHI WELLNESS DAYSの会場にいらしたことです
https://www.instagram.com/p/DO2c98NEtnt/?igsh=cXcyZ2N3Z213OGw2
https://www.instagram.com/p/DO2mr_yEkFs/?igsh=czR6cWJ6cGtrbDly
でも、驚くのは、まだ早いです
本当に、本当に、驚いたのは、このあとの谷田川元さんの行動です
前日のやり取りに戻ってしまいますが、あのときに、なにが起こったのかを、順を追って説明します
まず、この日、私は3つの企画を担当しており、前日に谷田川元さんから「何時にいけばいいの?」と電話をいただいた際には、14時から「日本車椅子レクダンス協会銚子支部」の皆様と「介護予防にもなるダンスレク」をする予定になっていたため、「なるべく楽しく過ごせる時間がよいのではないか」と思い、その時間をご案内しました
そして、当日、ダンスレクが始まる10分ほど前に会場にいらした谷田川元さんは、「一曲くらい踊ったら帰るね」とおっしゃっていました
ただ、いざ、ダンスレクが始まると、一曲目が終わっても、谷田川元さんは帰ろうとする様子を見せず、二曲目も、三曲目も楽しそうに踊っていらっしゃり、「あぁ💦これは、まずい!!!」と思い込んだ私が、「時間は大丈夫ですか?」と声をかけに行くと、谷田川元さんは「大丈夫だよ」と笑顔で答えて、その後、ダンスレクが終わるまで、30分間、踊り続けていました
ダンスレクが終わったあと、私は谷田川さんのお時間が気になって仕方がなかったのですが、谷田川さんは、それでもまだ帰られようとする様子がなく、なんと、同じ会場で15時から行われる私が代表をしている防災ボランティアの企画のひとつである「防災」についての講義も聞いてくとおっしゃり、講義が始まるまでの30分間は、同じ会場に展示されていた「防災クイズ」の企画に参加されたり、大学生や私と談笑したりして過ごされていました
そして、防災ボランティアに所属している学生からの講義が始まると、「最初の5分くらいだけ聞いていくね!」とおっしゃっていたのにもかかわらず、谷田川元さんは、30分間の講義を最後まで聞き、質疑応答の時間では、率先して手を挙げ、学生に「熱心な質問」と「応援の言葉」を掛けてから帰られました
あとから人づてに聞いた話によると、あのとき、谷田川元さんは、そのあとのスケジュールが押していたのにもかかわらず、学生の講義を最後まで聞く選択をしてくださったのだそうです
そして、この日の谷田川元さんの神対応に、特に驚いていたのは、香取市からイベント運営のボランティアで来ていた方でした
その方は、「私、谷田川さんとは、昔から、よくお酒を飲むくらい付き合いが長いけど、谷田川さんがどこかに来て、あんなに長くいたのは初めて見た!! だって、あなたのブースに1時間半もいたでしょ!! なにがあったの!?」と、目を丸くして、驚いていました
この日の夕方、イベント関係者の打ち上げに参加すると、私としては、政治的なイベントではないのにもかかわらず、勝手に谷田川元さんを呼んでしまったことを、もしかしたら気まずい気持ちや嫌な想いになった方もいたのではないかと心配していたのですが、そんなことを言っている方はおらず、むしろ、谷田川元さんの突然の来訪を「嬉しいサプライズだった」、「気にかけてくれているんだなと、とても嬉しかった」という声が聞かれ、ほっとしました
ただ、谷田川元さんの神対応に、多くの方々が感激して、目を輝かせていたこの日、実は、ダンスレクが終わり、次の防災の講義が始まるまでのタイミングで、谷田川元さんが、私に「一緒に写真を撮ろう」と声を掛けてくださったときがあったのですが、、、
昔からの谷田川元さんのご友人が驚くくらいの優しい対応をいただいたのにもかかわらず、実は、そのとき、私は、谷田川元さんからの「一緒に写真を撮ろう」というお誘いを断りました
「ちょっと変な服装(卓球のユニフォーム着用)をしているので、この場(防災のコーナーでは)では、私は、あまり写真に映らないほうがいいかなと思うので、すみません」と、説明をしたところ、「大丈夫だよ!気にしなくても!」と谷田川元さんはおっしゃり、それでも遠慮すると、「わかった!いいよ!」と、少し機嫌を悪くしたようにも思える口調で答えたあと、谷田川元さんは、大学生二人とともに記念撮影をされていました
そして、谷田川元さんは「今日は、加瀬さやかさんの紹介できましたって、ネットにあげようと思っていたんだけど、いいよ」と改めて優しくおっしゃったあと、先ほども記述した通り、その後に始まった防災の講義では、始まる前は「最初の5分くらいだけ聞いていく」と言っていたのに、私たちには一言も告げずに、その後のスケジュールを調整し、「30分間の講義」を、最初から最後まで聞いてから退室されたのでした
「周りの人の目や自分のイメージを気にして、写真撮影を断った私」と、「私が失礼な対応をした直後なのにもかかわらず、次のスケジュールを押してまで、学生による講義を熱心に聞いていく谷田川元衆議院議員」
私と谷田川元衆議院議員の「他者への接し方の違い」に、歴然とした差があることは明らかでした
この日、谷田川元さんが多くの方々から支持される理由を、私は自分の目で見て学ぶと同時に、自分の器の小ささを自覚せずにはいられませんでした
◆◆◆
「CHOSHI WELLNESS DAYS」の次に、谷田川元さんとお会いすることになったのは、それから一ヶ月ほど経過した頃のことです
実は、私が所属する地球温暖化防止活動銚子というボランティア団体が主催した「ソーラーシェアリング」に関する市民環境講座に、谷田川元さんが足を運んでくださったのです
そのときの経緯やエピソードは、長くなり過ぎてしまうため、ここでは割愛させていただきますが、短期間の中で、2回も谷田川元さんが、私の活動している場所に来てくださったことを受けて、私は「次は谷田川元さんが活動している場所に足を運んでみたい」と思うようになりました
そこで、谷田川元さんと関係の深い支援者の方にご相談したところ、11月9日に成田で行われる予定となっていた「講演会・懇親会パーティー」を見に行くのがいいのではないかという提案があり、そこに私も参加することを決めました
しかし、この谷田川元さんが主催した「講演会・懇親会パーティー」の様子を目にしたことで、やはり「立憲民主党を心から応援することはできない」という想いを、私は強く持つようになりました
◆◆◆
2025年11月9日にアートホテル成田で行なわれた谷田川元さん主催の「講演会・懇親会パーティー」は、いわゆる政治資金規正法に規定される「政治資金パーティー」です
これまで、政治家さんの「政治資金パーティー」とは無縁だった私にとって、このときの谷田川元さん主催の会は、人生で初めて参加する「政治資金パーティー」でした
そして、このパーティーの全容を間近で目撃したことで、「政治資金パーティー」は、決して「法律で許されていい儀式ではない」という意見を私は強く持つようになります
「政治資金パーティー」は、仕組みからして、お金の流れが非常に分かりにくくなっており、「裏金」を作りやすい構造になっていることは、前から知識として承知してはいたのですが、実際に足を運んでみると、「お金」の問題以上に、深い闇を抱えているように感じたことがありました
それは、「知り合い票を集めること」に「特化し過ぎたパーティー」になっていることです
インターネットで調べたときに出てくる「政治資金パーティー」の画像は、会場は「豪華な結婚式パーティー」のような場所なのに、そこにギュウギュウに「スーツを着た男性」ばかりが集まっていて、壇上の偉い人の話をただ聞いているだけの様子のものが多いため、「これに数万円は高過ぎるな」という感想を抱くことはあっても、「内容」そのものに問題があるようには感じていませんでした
しかし、実際に参加すると、お金の流れ云々よりも、はるかに、そもそも、このようなパーティーを現役の国会議員が開催すること自体が、政治の衰退に繋がると思わざるをえませんでした
「政治資金パーティー」に初めて参加したことで、これは「法律で禁止する必要がある」と私が感じた点は、次の3つです
①近隣の市町村の首長や副首長の参加がある
→主催者の政治家に、行政もお墨付きを与えているようなイメージを与えてしまう恐れがある
②参加者への対応が一律ではない
→大人数を集めた上で、来賓紹介として呼ばれる名前の数や、その代表として挨拶をする人の数が限られていることで、名前を読み上げたり、壇上で挨拶をしたりすること自体が「特別待遇」の一つとなってしまっている
→「特別待遇」を受ける参加者の権威性を高めてしまう効果もある
③同調圧力の増強
→地元で名の知れた人たちや実績のある人を一堂に集めた上で、特定の候補を一丸となって応援していくような空気を作ることで、それに反する言動が許されないような雰囲気が醸成される
私が感じた「政治資金パーティー」の危険性は、簡単にまとめると、この3点に落ち着きます
そして、これらの要因が合わさると、「偉い人たちがみんな応援しているから大丈夫」、「知り合いのあのすごい人も仲がいいみたいだから安心」、「この辺の偉い人たちがいっぱい集まるパーティーにも参加したあの人が応援しているのだから間違いない!」というような「知り合い票」を集めるときの「安易な理論」ができやすくなります✨️
また、人脈の多い人や実績のある人など、「新たに選挙に出馬した場合に、多くの票を集めることができる可能性がある」と想定される「地元の有力者」を多く集めた上で、同調圧力が増強するような挨拶や講演を披露することで、「もしも、この党、もしくは、同等か、それ以上に大きな党のライバルとして、出馬をするとしたら、これ以上に、大きな勢力を作らなければ、勝つことはできない」という「先行者有利の構造」を、改めて、大勢の前で見せつけることにより、強力なライバルの出現をあらかじめ防ぐことにも繋がり、参加者たちが「この構造の中で、要領よく物事を進めていくことでしか、社会を前進させる選択肢がない」と考えるしかないような状況を作り出すことができます✨️✨️
この光景を実際に目にしたことで、政治資金パーティーは、「お金の扱い」だけが問題なのではなく、儀式そのものに「適正な競争を阻害する要素」が強力に含まれているように感じました
ちなみに、立憲民主党の関係者の方は、谷田川元さんは、自民党の出身であることも影響しているためか、このような大規模なパーティーを開く習慣があるものの、立憲民主党では、そのような議員は、とても少なく、党内では珍しいことだとお話されていました
人生で初めて「政治資金パーティー」に参加した日、改めて、「立憲民主党を心から応援することは、自分には難しい」と強く感じたものの、この「政治資金パーティー」に参加したことをきっかけに、これまでフワフワと交流を続けていた「立憲民主党」と「私」の関係性は、急展開を迎えます
なんと、立憲民主党に所属している銚子市議会議員の方々が、「次の市議会議員選挙に出る予定なら、是非、立憲民主党から出馬してもらえたら嬉しいと思っている」と、個人的に私に声を掛けてくださったのでした
◆◆◆
「無所属はずるい!!」
そう不信感をあらわに私に厳しい言葉を掛けてくださったのは、谷田川元さんの後援会に入られている方でした
至極当然の指摘だと思います
急に選挙に出たことをきっかけに、選挙期間中や落選後に、私のことを「応援したい」と申し出てくださった方々の何人かに、日頃から、立憲民主党や谷田川元さんを応援している方々が含まれていたことから、フワフワとした関係性のまま、その界隈の集まりにも、ときおり顔を出すようになっていった私に、冒頭の台詞をおっしゃった方は、「無所属で出馬して、受かったあとに、ほかの党に入るかもしれない可能性があるなら、応援することはできない」という趣旨のことを何度か伝えてくださいました
そのときの口調はとても厳しく、谷田川元さんや立憲民主党の市議会議員の方々がいる前で、同様の内容のご指摘をいただいたこともありました
しかし、そのような厳しい言葉をいただく場面があったのにもかかわらず、私からも、立憲民主党の現役の議員さんからも、その指摘について、「自分の考え」を返すことができない状況が長く続いていました
不安な気持ちにさせてしまっていた方々には、本当に申し訳なく感じています
ただ、そのような状況があったのには、いくつかの事情があります
現時点では、その理由のすべてを書き記すことはできませんが、お伝えできる範囲の要因は、これから綴らせていただきます
まず、一つ目の要因としては、理解しにくい理論ではある上に、私自身はこの理論が好きではないのですが、「谷田川元さん及び、立憲民主党」の支援者や関係者の中でも特に影響力の大きい何人かの方々の中に「加瀬さやかは、最初は、無所属で当選した上で、そのまま無所属の議員として活動し続けたほうがよい」という方針や考えを持つ方がいらしたことです
同じ「谷田川元さんの支持者」であっても、人によって考え方は異なります
特に、最初に「谷田川元さんの支持者」の方々と関わるようになって、理解に苦労したのは、谷田川元さんは「立憲民主党」の「千葉10区の総支部長」という肩書きがあるのにもかかわらず、谷田川元さんの支持者の方々の中には「谷田川元さん個人を応援している」という方が圧倒的に多く、「立憲民主党」自体に強い忠義がある方が、とても少ないという部分でした
特徴的な現象としては、国政の選挙では谷田川元さんの所属する「立憲民主党」を応援しているのに、市議会議員選挙では、立憲民主党所属以外の議員を応援されている方々も多い点です
これは、谷田川元さん自身が、以前は自民党の所属であったことに加えて、「千葉10区」の国政選挙では、「自民党と立憲民主党以外の政党から出馬した候補」が大きく票を伸ばすことが難しい情勢が続いているため、「自民党政権を快く思わない層」の方々にとっては、小選挙区での選択肢が、実質「谷田川元さん」一択になってしまう部分も大きく影響していると思います
また、私のことを「応援したい」と申し出てくださった方々に、立憲民主党の支持者の方々が多くいたのも、一人ずつ理由を聞くと、「もっと若い世代の人に活躍してほしい」、「人口の半分は女性なのだから、もっと女性議員が増えてほしい」などのリベラルな考え方を元々お持ちの方が多く、「立憲民主党に入ってほしい!!」という想いで、声をかけてくださった方は、一人もいなかったのです
だからこそ、理解しにくい理論ではありますが、「谷田川元さんのことを応援しているし、立憲民主党も支持しているし、その上で、加瀬さやかのことも応援したいけれど、加瀬さやかに関しては、立憲民主党の『色』がつかない政治家になることを期待したい」という主張をする方々が存在するという現象が起こったのです
そのため、なぜ「無所属はずるい!」と言われても、私が言葉を返せなかったのかというと、「谷田川元さん及び、立憲民主党」陣営の中でも、加瀬さやかに対しての意見は一枚岩ではなく、私のことを応援したいと強く思っている層の方々ほど、私に「無所属」でいることを期待しているという捻じれ現象があったからです
また、このような背景があったために、実は、そもそも、誰からも「立憲民主党に入ってほしい」と言われてはいなかったため、「立憲民主党の方々との距離感」に関しては「慎重に考えていく必要がある」という想いは常にあったものの、私としては、誘われていないのに、「入党を検討する」というのは、なにかが違う気がしてしまうと同時に、自分から「立憲民主党に入りたい!」と主張するほどの想いも持ち合わせていなかったため、交流はするけれど、「入党の意志があるのか」に関しては、「私からも話さないし、周りからも聞かない」という状況が長く続いていました
ただ、もちろん、率直に「入党の意志があるか」を聞かれたら、正直な気持ちを伝えるつもりではいました
しかし、多くの人が、私が再出馬を目指しているのではないかと思ってくださっている次の銚子市議会議員選挙までは、まだまだ長い時間があり、その相談をするのは、まだ早すぎるのではないかと、私自身も周りの方々も思っていた時期でもあるため、「無所属のままでは応援しにくい」という意見が挙がっても、「立憲民主党に加瀬さやかが入るかどうか」については、議論や検討がないままに時間が過ぎていっていました
そして、そんな状況に、急展開をもたらしたのが、立憲民主党に所属する銚子市議会議員のお二人が、それぞれ別々に、「立憲民主党から出馬してくれたら嬉しいと思っている」と伝えてくれたことでした
◆◆◆
谷田川元さん主催の「講演会・懇親会パーティー」に参加した数日後、「国政や政党にも興味があるなんて知らなかった! もう少し国政についてお話したい!」というお誘いをいただき、私は、立憲民主党所属のとある銚子市議会議員の方と会食をすることになりました
初めて「政治資金パーティー」に参加したあの日、「立憲民主党を心から応援することは自分にはできない」と強く思ったのにもかかわらず、なぜ、立憲民主党の市議会議員の方からの誘いにすぐに応じたかというと、単に、私もお喋りがしたかったからです
選挙に初めて出馬し、様々な政治家の方と関わるようになって知ったことは、政治家は、とても孤独な職業であることです(> <)
本音と建前を分けなければいけない場面は、政治家以外の職業でも、多くあることだとは思いますが、政治家は、特にそれが求められる場面が多い立場であるのにもかかわらず、本音と建前を分けたことがバレたときに背負うダメージは、ほかの職業に比べると、とてつもなく大きいです
政治家は、この構造による影響もあり、本音を話せる人が、かなり限られてしまいがちです
また、自分を応援してくれる方からの言葉も、特に現役の政治家の場合は、どこまでが本当の言葉で、どこからがお世辞や気遣いなのかの判断に迷うことが多くなる上、同業者のほとんどがライバルでもあるという状況から、政治家は、気軽に心を許して本音を話せる人が見つかりにくい職業になっています
私は、現役の議員ではなく、過去に当選した経験もないため、その面では、現役の政治家さんに比べると、孤独感は少ないですが、それでも、こんな私でも、自分の頭の中のすべてを世界中に発信しているわけではなく、現時点では公表できずにいる本音や悩んでいることも、実際はかなり多くあるため、先人とお話をさせていただける機会は、私にとっては、とにかく有難い時間です
また、初めて参加した「政治資金パーティー」で抱いた感想も、自分の中で留めておくのは苦しくなっていたため、そういった話題について、お喋りができる機会であるという意味でも、私としては、とても有難く感じるお誘いでした
そして、この日にあったことを全て書くことは、現時点ではできないのですが、公表しても大丈夫な部分だけを記載すると、このときにお会いした立憲民主党の議員さんは、単に、お喋りをすることだけが目的ではなかったようで、会食の際、私に立憲民主党に入ってほしいと思っていることを伝えてくださいました
私は、まさか、そのようなお声掛けが、この日にあるとは思わず、驚いたものの、「立憲民主党さんとの距離感」については、前から、考えなくてはいけないことの一つではあると課題に感じていた部分もあったため、その件に関しては、次のようなお返事をさせていただきました
◆今回のお話は、立憲民主党からの正式なお誘いではなく、個人的なお声掛けであるため、現時点では、曖昧なお返事しかできない
◆立憲民主党については、快く思えないと感じる部分もあるものの、一方で「政権交代を目指している唯一の政党」として、頑張ってほしいと思っている気持ちもあるため、このタイミングで「一緒に頑張っていきたい」と、立憲民主党さんのほうからお声掛けいただいた場合は、前向きに考えたいとは思っている
◆政党に入るという選択は、大きい選択であるため、慎重に考えたいという想いもあることから、望まれていないのに、自分から入りたいと申し出るほどの熱意はない
「立憲民主党に入ってほしいと思っている」というお声掛けに対して、私がこのときにお伝えした内容は、以上です
数日前の「政治資金パーティー」で、ネガティブなイメージを強めたのにもかかわらず、このお声掛けを、すぐに断ることなく、前向きに考える余地も残したのは、この日にお話した立憲民主党の市議会議員の方とのやり取りで、心が動いた部分もあったからです
それは、私が正直に、立憲民主党の快く思えない部分をお話させていただいたときに、「そういう話を、もっと中に入って、伝えてほしい!」と言っていただけたことでした
違う意見や考えを伝えただけで、態度が変わってしまう政治家の方にも、何人かお会いしたことがあったため、批判的な意見についても、耳を塞がずに、「もっと言ってほしい」と返してくれたこと自体が、私としては、素直に嬉しかったですし、その議員さんが、立憲民主党には「地方議員の意見にも上層部の方々が耳を傾けてくれる仕組みがあって、最近もこんな会議があったよ」と、具体的に教えてくださったことも、興味を惹かれた一因でした
とはいえ、正式なお誘いではなく、個人的なお声掛けであったことと、「どうしても立憲民主党に入りたい」と自主的に思うほどの熱意を持つことまではできていない心境であったため、そのことは、お伝えさせていただきました
ちなみに、立憲民主党について、私が快く思えないと感じている部分は「政治とお金」に対する問題への感度の低さです
自民党の裏金問題を強く批判しているのにもかかわらず、立憲民主党も、「政治とお金」の問題に関して、厳しくない点が、私としては、外から見ていて、とても、もどかしく感じています
個人的には、立憲民主党には、いますぐ「政治資金パーティー」も禁止にしてほしいし、企業・団体献金も「禁止」を主張するだけでなく、自主的に受け取るのをやめていただきたいし、そのためにも、いますぐに「お金のかからない政治」を目指す方向に全力で舵を切ってほしいと思っています(TT)
「どうしてそんなに『政治とお金』の問題に、こだわるのか?」と、そこに強いこだわりを持つこと自体に疑問を感じる方もいるかもしれませんが、私が「政治とお金」の問題を放置したくないのは、次の2つの理由からです
①大企業の優遇は、新しい産業の成長を阻害するから!
「失われた30年」と言われるくらい日本経済が停滞してしまったのは、自民党政権が、既に成長しきった大企業を優遇する方針を取り続けてきたことで、新しい産業が発展しにくい土壌ができてしまったことが、大きな要因であるように、私は捉えています
大企業の優遇をやめる方針を取ったとしても、すぐに日本経済が好景気になるわけではありませんが、これ以上、大企業を優遇し続けることは、さらなる衰退しか招かないと考えています
②適切な「富の再分配」をするためにも、大企業の優遇をやめなくてはいけないから!
政治の役割は「富の再分配」を行うことであるのにもかかわらず、庶民の多くが家計に苦しむ中で、日本企業の株価と内部留保は過去最大となっており、明らかに、政治が本来の役割を果たしていない状況になっています
大きな利益を上げている企業からの税金の徴収を増やしていくためには、大企業からの献金を受け取らない政治をしていくことが、とても重要なことだと考えています
すごく、すごく、普通の意見を書きました
けれど、この「普通」で、「当たり前」のことができていないのが、日本の政界の現状です (´Д⊂ヽ
◆◆◆
「立憲民主党に入ってほしいと思っている」と、同党の市議の方がお声掛けしてくださった際に、私がしたお返事は、12月中旬頃に開かれた「立憲民主党 千葉10区の幹部会」で、正式に諮られることになりました
そして、その結果、私の入党に関しては、「歓迎したい」という意見が聞かれたことと、「千葉10区の総支部長である谷田川元さんから、改めて、私に入党に関しての意向を確認することになった」という報告をいただきました
また、その後、谷田川元さんからもお電話があり、年末か、年明け頃に、時間を取ってお話したいと思っていること、谷田川元さんとしても、次の銚子市議会議員選挙に、立憲民主党の公認か推薦で、私に出馬してほしいと思っていることを、伝えてくださいました
◆◆◆
谷田川元さんと、立憲民主党に入るかどうかについて相談することが決まったあと、私は、先程のエピソードに登場した方とは別のもう一人の立憲民主党の銚子市議会議員の方にご相談し、「政党に所属するとは、どういうことなのか?」についてのお話を聞かせていただく機会を、自分からお願いして設けていただきました
そして、その議員さんは、元々は「社会党」の出身であったことから、「せめて『無所属』だったら応援しやすいのに」と周りから何度も言われた経験を語ってくださった上で、それでも、いまも政党に所属する地方議員として活動し続けている理由については、「あとで、これを読んでください」と、4年前にその議員さんが後援会の方々へ向けて発行した議会報告を手渡してくださいました
自宅に帰ったあと、いただいた議会報告を読むと、そこには、社会党から出馬して、初当選したあと、1996年からは「社民党」の市議会議員として長きにわたって活動し続けてきたこと、そこには、「国の根本的な政策を変えない限り市民の生活や生命は守れない」という想いがあったことが綴られていました
そして、そんな中、「立憲民主党」から、「社民党」に対して合流が呼びかけられ、1年にも及ぶ議論の末、「国の政策を変える大きな塊を作る必要性」を感じたことから、2021年に「立憲民主党」への合流を決意した報告が書かれていました
その議員さんからお聞きした言葉や、議会報告に綴られていた想いは、どれもが重く感じられ、多くの方々と長い期間にわたって向き合ってきたことが、言葉のひとつ一つから伝わってきました
また、自分が生まれる前の時代から、国政政党に所属して政治と関わり続けてきた議員さんからのお話を伺ったことで、私は「自分のやりたいこと」を実現するための方法ばかりを考えてしまう癖が自分にあることを自覚するとともに、政治の役割や責任について考える視点を持つことの大切さを学びました
年末のお忙しい時期に、突然のご相談を快く引き受けてくださったその議員さんには、本当に心から感謝しています
◆◆◆
2026年1月1日、私は、銚子プラザホテルのラウンジで、谷田川元さんとお会いすることになりました
ロビーで待ち合わせをして、席に着くと、谷田川元さんは、「多分、ダメなんだろうなって、電話で聞いてるから、来なくてもいいかなと思ったんだけど、いちおうね、会いに来ました」と、小さく笑いながら、私が「入党の意志」を持っている可能性が低いことを予想しながらも、それでも、銚子まで来たことを伝えてくださいました
そして、「これ、新しく作ったから、どうぞ」と、谷田川元さんは、自身の後援会の会報を2部、私に手渡しました
そして、手渡された二つ折りの会報を開くと、私も参加した「政治資金パーティー」の会場で行われた「佐藤優さんによる講演」の報告が書かれていました
私が会報に目を落とすと、「講演はどうだった?」と、感想を聞かれました
そのときの谷田川元さんの目は、自信に溢れ、好意的な感想を期待しているように見えました
ちなみに、このときの佐藤優さんの講演では、右傾化していった諸外国のことと、日本もそうなっていくことを危惧する内容が語られていました
しかし、私は、この講演を快く思うことはできず、むしろ、その場で語られていた内容の多くに「不満」と「心配」を感じていました
誤解のないように先にお伝えしておくと、日本が右傾化していくことを、私は望んでいません
そして、だからこそ、野党第一党である立憲民主党には、「政党とお金」の問題に真摯に向き合ってほしいのに、あのような大規模な「政治資金パーティー」を開いた上で、「いまは与党と闘うために資金が必要だが、今後は、なるべくお金のかからない政治を目指していく」というような趣旨の方針が示されることもなく、そのことを問題とも思っていない様子が、私の目には、事態の深刻さを理解していないように映っていました
また、この講演が行われた日は、ニューヨーク市長選の直後でした
2016年に「アメリカ・ファースト」を訴えたトランプ氏が、これまで「世界の警察」の役割を率先して担ってきたアメリカ大統領に選出されたとき、私も、多くの日本国民も、まさか「自国ファースト」の流れが、自分の国でも起こる日が来るなんて、想像できていませんでした
だからこそ、いま、私たちが直視しなければならないのは、「右傾化していった諸外国の過去の状況」ではなく、「右傾化していった後の諸外国の現在の状況」であるはずです
右傾化していったアメリカでは、右傾化の反動で、今度は「極左の嵐」が吹き荒れ、先日のニューヨーク市長選では、「富裕層への課税」によって財源を確保し、「家賃の値上げ凍結」や「公共バスの無料化」を実現すると訴えたマブタニ氏が当選を果たしました
ニューヨーク市では、家賃などの物価が高騰し続けたことにより、「電車料金」を支払うことにも困難を抱えるようになった市民が、改札を不正に通過する事態が急増し、その数は、警察が取り締まることができないほどの人数に及んでいるそうです
本気で「日本の右傾化」を危惧しているのなら、右傾化していった国が辿った未来を、もっと多くの人に伝えていかなければならないように私は感じています
一部の人だけしか喜ばない右傾化は、格差の拡大を招き、庶民が困窮する未来を迎えるリスクを孕んでいます
しかし、この日の佐藤優さんの講演では、ニューヨーク市長選の直後であったのにもかかわらず、そのことが話題にのぼることはなく、「軍備拡張」が行われることへの心配ばかりが語られており、直近の世界情勢には目が向いていない印象がありました
そして、その佐藤優さんの講演を、自信満々に「よかったでしょ」と言いたげな谷田川元衆議院議員のセンスは、私が現代の国会議員に求めたいと思える感覚とは、かなりのズレがありました
しかし、その日、私が谷田川元さんとお話したかった話題は、「右傾化する日本への危惧」でも、「政治とお金の問題」でもなく、「立憲民主党に私が入るかどうか」についてでした
そのため、私は、谷田川元さんの先程の質問に対しては、「講演会が想像以上に大規模であったことに驚いたこと」と、「講演の内容が自分の興味関心と合っていなかったと感じたこと」だけを答えました
谷田川元さんは、私の薄いリアクションに、なにか言いたげな様子を見せつつも、「まあ、いいや」と口にしました
佐藤優さんの講演の件については、お互いにそれ以上に触れることはなく、私は、裏面を上にした会報を、机の上に置きました
会報の裏面には、谷田川元さんが千葉10区内にある12箇所の駅でチラシを配る写真が掲載されていました
「谷田川さんは、駅でよくチラシを配られていますよね」
写真を眺めながら私がそう口にすると、谷田川元さんは、この会報に載っていないけど、もう1箇所だけ「1時間で100枚」のチラシが配り終わる駅があり、そこを含めた13箇所で、各駅年4回ずつチラシ配布を行うと決めていると語ってくれました
谷田川元さんのSNSを拝見する中で、とてつもない頻度でチラシ配布を行っていることは存じていたのですが、まさか、駅と回数まで決めて行っているとは思っていませんでした
考え方は「古い」と感じてしまうことが多いものの、谷田川元さんの「行動」の量は、人並み外れているように感じることが多くあります
私自身も昔から「行動力がある」と、その点は褒められてきたタイプではありますが、谷田川元さんは、そんな私などが比にもならないくらい、行動し続けています
「そういえば、この間の選挙では、どのくらい票を取ったんだっけ?」
「3125票です」
裏面が上になった会報が机の上に置かれたまま、谷田川元さんと私の会話は、雑談から徐々に本題へと移っていきました
「次の選挙では、どのくらいの票を取らないといけないか分かってる?」
「800票は必要だと思っています」
この日の2週間ほど前に隣の旭市で行われた市議会議員選挙では、現職3名が勇退されたこともあり、最下位当選者の票数が前回に比べて大きく下がったものの、次回の銚子市議会議員選挙では、勇退する現職が数名いたとしても、「初当選」を目指して何度も挑戦している候補が多いことや、新たに出馬を予定している人物の噂も耳にするため、そのあたりを考慮すると、ボーダーラインが下がることはないのではないかと、私自身は予測しています
谷田川元さんは、私の予測とその理由を聞き、さらに質問を続けました
「そしたら、当選するためには、なにをしないといけないか分かってる?」
私は、初めて出馬した選挙では、「準備期間が短かったこと」や「落ちる可能性の高い選挙」であったこともあり、地上戦は少ししか行いませんでした
そして、インターネットでの発信をメインに選挙戦を戦ったのにもかかわらず、3125票を獲得したことは、地元の選挙事情に詳しい方々からすると衝撃的な結果だったと耳にすることが度々ありましたが、選挙終了後、それ以上に私の耳に入ってくるのは、次のような報告です
「◯◯さんが、あなたのことを、すごく応援してくれてて、50人くらいに電話を掛けてくれたらしいよ!!」
「あのね、私たちのグループは、◯◯さんに言われて、今回はみんなあなたに投票したのよ」
「あれ!? そういえば、選挙に出てた人だよね! 今回は僕の家内が君のことを、とにかく気に入って、一生懸命、町内をまわってくれていたんだよ!!」
インターネットの発信だけで私の活動を見ている方は、驚かれるかもしれませんが、落選後に市内をウロウロする私に、答え合わせのように届く情報は、私以外の方々が、熱心に「地上戦」をしてくださっていたという報告です
そして、それらの報告を耳にする度に、私が感じることは、私が住んでいる銚子市では、まだまだインターネットのみで選挙を戦うことは、非常に厳しいという現実です
これらのことを踏まえ、私は、正直に、次のように答えました
「前回の選挙では、私は本当に誰にも『応援してください』と言わなかったため、私がインターネットだけで多くの票をとったと思っている人も多くいますが、実際は、知り合い票も、とても多かったと、あとから耳にすることも多いです。今後は、少なくとも『名簿作り』は、取り組んでいく必要があると思っています」
私の返答に対し、「そうだね」と優しく受け止めたあと、谷田川元さんは、以前から私が理想として掲げている「候補者の情報が分かりやすく開示された上で、一人ひとりが自分で誰を選ぶかを考えて投票する社会」については、谷田川元さん自身もとても共感する部分がある上に、その実現を強く求めたい気持ちもあるものの、実際には有権者一人ひとりが政治のことを勉強することは難しく、また、そのような時間を全員が確保することも、現実的にはかなり厳しいと感じていることを語ってくれました
そして、「これは、提案なんだけど」と、私にある「行動」をするようにお願いがありました
それは、私のことを応援すると表明してくださっている人の中で、特に「リーダー」や「インフルエンサー」のような役割を地域で担っている方々を一堂に集めて、そこに谷田川元さんを招き、「私が立憲民主党には入ることをどう思うか」を聞いてほしいという提案でした
そして、その場で反対意見が多かった場合は、「無理に入党することはせず、できる範囲でお互いに仲良くしていくのはどうか」という打診も同時にありました
『これは、どう受け取めたら、いいのだろう??』
予想外の提案があったことで、頭の中を整理するまでに、少し時間がかかりました
そもそもは、立憲民主党の千葉10区の総支部長である谷田川元さんが「次の市議会議員選挙に立憲民主党の公認か推薦で出てほしい」という率直な想いを年末に伝えてくださったからこそ、お会いすることになったはずなのに、そんな中、あまりにも弱腰な姿勢での提案をいただいたことに、正直、戸惑いました
谷田川元さんの気持ちが、理解できないわけではありません
この周辺の地域では、谷田川元さんのポスターも多く貼られているものの、自民党の政党ポスターの数のほうが圧倒的に多いのです
街を車で走っているだけで、あちらにも、こちらにも、自民党のポスターばかりが掲示されている景色が目に飛び込んできます
銚子市議会議員18名のうち7名が無所属を名乗る自民党員です
そんな中で、自民党の対抗勢力である「立憲民主党」に入るということは、自民党の議員さんや関係者の方々と親しくしている地域の方々から「あまり仲良くしたくない」と思われてしまうこともあるかもしれません
また、私の地元では、「知り合いから声をかけられないと選挙に行かない人」が多いからこそ、「人海戦術による選挙活動」が活発なため、そういった類の交流を苦手とする方からは、「政党に所属した」というだけで、敬遠されてしまうこともあり得ます
でも、だからこそ、その決断を他者に委ねるのは、違う気がしてしまいます
そもそも立憲民主党の関係者の方々や谷田川元さんと関わることについて相談したとき、無所属の議員さんや自民党員の議員さんで、良い顔をする人が誰もいなかったのにもかかわらず、それでも少しずつ関わりを深めていったのは、私が自分で判断し、決断したからです
この記事を公開するまでは、私は、谷田川元さんや立憲民主党の議員さん、また関係者の方々との交流をインターネット上で明かすことはなく、それは人からの評価を気にしていた部分も要因としてはありますが、その判断は、自分で行ったことであり、他者に判断を委ねてはいません
むしろ、ここ数ヶ月、親しくさせていただいてきた立憲民主党の方々からの評価を気にするなら、積極的に交流中の写真を撮影し、楽しかった思い出をインターネット上でも共有していったほうが、信頼していただける可能性は高まったはずですし、心の距離も、もっと早く縮まったはずです
でも、それをしないことを選んだのは、私の判断です
多くの人の前で、「無所属はずるい」と怒られても、目の前の人の機嫌を取るような言葉を口にしかなかった私の姿を、谷田川元さんも見たはずです
「周りの目を気にすること」は大事だと思いますが、「周りの人の機嫌を伺った上で、決断を他者に委ねる」という行為は、無責任です
それに、そんなに自分の選択に自信が持てない道を進んでも、人生は面白くならないです
周りから反対されそうなことや、反対されたことを実行するときは、それでも、この道に進むと、先に本人が強く決断していて、周りに理解者がいなくても突き進む覚悟を持っているときではないと、その道で結果を出すことは難しいように感じてしまいます
頭の中で色々な考えや想像が巡ったあと、私は、次のように伝えました
「すみません。いままで、そういった生き方をしてこなかったので、ちょっと、それをしている自分のイメージが浮かばなかったです。そういうことがあったときは、これまでは、自分で決断して、行動する姿を見せる中で、結果的に、応援してもらったり、ついてきてもらえたりすることがあっただけで、そういうのは、ちょっと経験がないので、周りも驚くかもしれません」
自分の頭の中を、上手く伝えられたかどうかは、分かりませんが、いただいた提案に関しては、お断りさせていただきました
すると、なぜか、谷田川元さんは、「すごいね」と褒めてくださり、「普通は、選挙に有利になるか、不利になるかを気にすると思うんだけど」と、明るい口調でおっしゃいました
そして、その言葉を受けて、私からは、「次の市議会議員選挙」だけを目指すなら、立憲民主党への入党は、選挙では「不利」になると感じていること、もしも、現役の市議2名と私の合計3名が、立憲民主党から出馬して、3名とも落ちてしまった場合、自分1人だけが落選するよりも責任が重いため、立憲民主党に入党するのであれば、いま以上に努力していかなければいけないと思っていることをお伝えし、私からも質問をしました
「あの、もし、立憲民主党に入党したら、『頑張りたいこと』というか、『頑張らないといけないこと』だと私が勝手に思っていることがあって、それを、することが可能かどうかを、お聞きしてもいいですか」
「いいよ! どうぞ」
私の唐突な質問に、驚いた様子を見せつつも、すぐに明るい返事をくださった谷田川元さんは、少し身構えているようにも思えたため、「そんなにトリッキーなことをしようと思っているわけではないんですけど」と慌ててつけ加え、私は用意してきた質問をしました
「千葉10区では、衆議院選挙の小選挙区の結果は、『自民党の候補』と、『立憲民主党の候補である谷田川さん』の票数差は、かなり接戦で、そんなに差がないのに、千葉10区内の立憲民主党の地方議員は3名しかいないです。しかも、全員70代です。もし、私が、いまこのタイミングで、立憲民主党に入るのだとしたら、『10年後に千葉10区の立憲民主党の地方議員が1人もいなくなる』という未来を防ぐことをしていかないと、沈んでいく船に乗っているだけになってしまうと思うんです。でも、いままで、そういった活動をしていくことができなかった事情があって、『そういうことはしないでほしい』と言われるような環境であるなら、『私に頑張れることがないのに入党する意味はないかな』と思ってしまうので、その辺のことについて、教えていただきたいです」
私の質問を「鋭いところを突いてくるね」と落ち着いた口調で褒めたあと、谷田川元さんは、次のような話をされました
◆自民党員の地方議員が多いのは「与党だから」という理由が多いため、政権交代をしたら、また事情が変わってくる可能性はある
◆表向きには応援してくれていなくても、実は、一生懸命、選挙の応援をしてくれている地方議員さんはいる。けれど、無理に入党してもらうのではなく、協力し合えるなら、そのままでお願いすることを続けてきた
谷田川元さんのお話を聞く中で感じたのは、この地域で暮らしていく方々への『気遣い』です
この件に関する理由や想いをお聞きすることができたことで、私は、谷田川元さんの支持者の中には、立憲民主党への忠義がある方が少なく、谷田川元さん個人を支持しているだけの方が多いという不思議な現象の謎が解けたような気がしました
そして、だからこそ、やはり、「このままでは、危ない」という想いも強くしました
党の看板の力ではなく、「谷田川元」という個人の力で、自民党の公認候補と何度も接戦を繰り広げてきたことは、この地域においては、本当に偉大な実績で、並の人物にできることではありません
もしも、谷田川元さんが政治の道を諦めていたら、千葉10区は、自民党が一強の地域になっていたかもしれないのです
ただでさえ、自浄作用が少なく、盲目的な印象がある自民党に、競合が誰もいなかった世界線を想像すると、恐ろしくなります
ただ、だからこそ、この舟が沈んでしまうことによる地域への影響は、とても大きいです
それは、この地域において、「自民党の公認候補」に対抗できるだけの人物が、消えてしまうことを意味します
谷田川元さんがいなくなった「立憲民主党」に新たな候補を立てたとしても、この地域に「立憲民主党」自体に忠義がある人は、とても少ないため、自民党の公認候補に対抗できるだけの力を発揮することは、現実的に考えて、かなり難しいです
また、「自民党」以外の党からの「新人候補者」が千葉10区で票数を伸ばすことは、過去の選挙結果をみる限りでは、絶望的と言い切っていいくらい「当選」まで届くことが難しいことは明らかです
そして、「これまで立憲民主党の地方議員が、この地域で増えてこなかった事情」を伺ったあと、今後は、私が谷田川元さんに提案をしました
「千葉10区の地域から『立憲民主党』の候補として地方議員選挙に出る人を増やしていくために、できれば、一度でいいので、私としては、そういった方を対象とした『説明会』を開きたいと思っているのですが、それをすることはできますか? あの、こういった取り組みは、最近、勢いのある政党が力を入れていて、私自身は、右翼すぎて怖かったり、真偽不明な主張も混じったりしている新しい政党が、議席を伸ばしている理由は、『主張』以上に『投票したい政党がないから、自分たちでゼロからつくる』という志が受けているからだと思っています。谷田川さんが頻繁に配布しているチラシにも『候補者募集中』と、立憲民主党が新たな候補者を探していることを、一言でもいいので、入れていただくだけで、『もしかしたら、自分や友達から選挙に立つ人が出てくるかもしれない』と思えるようになるので、チラシに目を通すときの熱が変わってくる人も増えると思います」
恐れ多くも、具体的に取り組んでみたいと考えていることを、私は、そのまま口にしました
すると、谷田川元さんは、「えっ!いいこと聞いた! ありがとう! それ、すぐやろう!チラシはね、すぐにできるよ!! 説明会は、場所はどこがいいかな?」と、とても嬉しそうな表情で、前向きな返答を、次々にされました
谷田川元さんから、想像をはるかに超えるフットワークの軽い返答をいただけたことで、私は「入党を躊躇う理由」が、なくなってしまいました
現在の自民党政権を、私は快くは思っていません
そして、立憲民主党のことも、全てを快くは思っていません
けど、谷田川元さんが総支部長を務める千葉10区の立憲民主党に入ったら、千葉10区内のことは、少しずつ変えていけるかもしれない
誰かが変えてくれることを待つよりは、自分の力で少しずつ前に進んだほうが、確実に「物事を前に進めていくことができる可能性」が高まります
谷田川元さんとの1時間ほどの会話を経て、この日、私は、立憲民主党に入ることを決意しました
そして、翌朝、私は改めて自分の想いと、入党をしたい旨を文章に綴り、それを谷田川元さんにLINEで送りました
すると、すぐにお返事が来ました
そこには、前日に話したことを改めて言葉で確認できたことを嬉しく感じていることと、入党を歓迎したいという旨の内容が書かれており、その直後、電話も掛かってきました
電話口の谷田川元さんの声は、とても明るく、「ということは、もう、『加瀬さやかさんは、立憲民主党に入党しました』って、周りの人にも言っていいのかな?」と、尋ねてきました
そのときの私の気持ちとしては、その段階では、入党の意志と、入党を歓迎する旨の返答が交わされただけで、正式に入党したわけではないので、その断言は、早すぎるのではないかと思ったものの、私の意志が変わらないのなら、それは些細なことであるため、「はい」とお返事をしました
そして、私からも谷田川元さんへ質問を返しました
「あの、逆に、私は(立憲民主党に)入って大丈夫ですか? 『変な人』ですけど、いいですか?」
すると、電話で私の問いを聞いた谷田川元さんは、少し笑った後、いつもよりもゆっくりな口調で「もうね、あなたは、本当に、誠実な人ですよ、会うたびに、よさがわかってくる」と、途切れの途切れの言葉を、口にしました
いま思い返すと、このときの谷田川元さんと私の会話は、あまり噛み合ってはいません
でも、あのときに、聞いた谷田川元さんの言葉は、この数ヶ月、いや、もしかしたら、もっと長い年月をかけて培ったものが、それが、なになのかを理解していただけたこと、そして、その価値を理解した上で、仲間になることを受け入れていただけたことが伝わり、私としては、そのことが、シンプルにとても嬉しいと、心の底から感じました
◆◆◆
衆議院の解散が正式に決定する前に、谷田川元さんと最後にお会いしたのは、今月11日のことです
そのときは、解散の可能性があるかもしれないという報道が二日前にあった時期でした
当時の私は、その報道を受けた上で、「入党するなら、選挙の前がいいです!!」という意志を言葉にしてお伝えしていたものの、その後、新党「中道改革連合」の発足があり、私の入党は、しばらく見送ることになりました
理由は、「中道改革連合」と、「立憲民主党」と「公明党」の関係性が、今後どうなっていくかが不透明であるため、もう一度、入党の大義から、考え直さなければならないと私自身が感じているからです
また、急な衆議院選挙を迎えるにあたっての「選挙活動」や「政治活動」という点においても、「立憲民主党」に所属しないほうが、私の責任において、自由な言動をしていくことができるのではないかと感じたため、しばらくは、入党を見送るという判断をさせていただきました
色々なご意見があるとは、思いますが、個人的に、一番強く共感した政治家の方の投稿は、千葉県知事の熊谷俊人知事のXでのポストです
《1月11日に熊谷俊人知事が投稿したポストの抜粋》
私は解散の度に申し上げていますが、首相が自由に解散権を行使できる日本のこの制度は早期に見直すべきだと考えています。諸外国ではあまり例がありません。
与党にとって有利な仕組みであり、日本に政権交代可能な政党が育ちにくい要因となっていることはもちろん、解散権があるが故に、時の総理が「有利な状況で解散しなければいけない、勝たなければいけない」というプレッシャーに常に苛まれ続ける諸刃の刃でもあります。
この解散があるために衆議院議員は本来の任期4年よりもはるかに短いスパンで選挙が訪れるため、常に選挙を意識して政策決定・選択をする必要があります。
インターネットの普及とともに民主制の国々はポピュリズムの波にさらされやすくなっており、国政選挙の頻度が高ければ高いほど、政策が短期的になりがちです。
有権者の歓心を買い、批判される意思決定を後回しにし、今の人たちのウケだけを考える政策がはびこれば、結局困るのは将来の世代です。
国の政治家がどっしりと将来に責任ある政治を行うことができる環境を整えることをぜひ報道機関も含め、この機会に議論して頂きたいと思います。
(引用:https://x.com/i/status/2010134740167516650)
熊谷俊人知事の投稿では、首相が自由に解散権を行使できる仕組みについて「与党にとって有利な仕組みであり、日本に政権交代可能な政党が育ちにくい要因」と指摘されている部分がありました
今回、私が直面したことは、まさに、その一端を肌で感じる出来事でした
本来の任期である2028年10月まで解散がなければ、それまでの間に、いまのこの千葉10区の状況を変えるための行動を、私たちは、もっとできていたはずです
けれど、そんなことを言っても、物事は前には進みません
国政選挙が嫌いな理由が、また一つ増えてしまったものの、だからこそ、自分にできることをしていかなければ、自分が望む未来に近づけない上に、自分にとって「最悪の未来」を迎えてしまう可能性もあります
今回の件を通して、自分の無力さに、改めて、気づかされたことで、政治に関わることを放棄したくなる気持ちも膨らみかけていましたが、そんな中で、少しの「希望」が見えたような出来事もありました
それは、解散がほぼ確実となった頃に、谷田川元さんの秘書さんからいただいたお電話で「衝撃のデータ」を知らされたときのことです
このときのお電話では、谷田川元さんの秘書さんから、谷田川元さんとともに最後にお会いした1月11日の段階では、両名とも新党が発足する可能性があることは全く知らなかった旨の説明と、そのときにも話題にしていた「入党の時期」など、今後のことについての相談がありました
「入党の時期」に関しては、私としては、国政選挙の結果とは比率が異なり過ぎる「千葉10区内の立憲民主党の地方議員の数」を増やしていく活動ができるのであれば、「自民党に対して物を申しにくい地元の空気」や「世代交代が進まない地方議会の状況」を少しずつ改善していくことに繋がるため、その活動に取り組むことができるなら、立憲民主党に入党する意義が大きいと考えていたものの、それは谷田川元さんと私の間で交わされた約束や方針でしかないため、谷田川元さんが離党したあとの「立憲民主党 千葉10区」で同様の活動ができるのかについては未知であることや、可能性としては低いとされているものの、仮に「公明党」と「立憲民主党」が地方議会まで合流することになった場合は、同党の地方議員の数が急増することになり、その数を増やしていくことに意義があるのかどうかすらが分からなくなってしまうため、しばらく様子を見てから考えさせていただきたいことをお伝えしました
そして、電話での会話は、徐々に雑談へと話題が広がり、気がついたら、私は、谷田川元さんの「インターネットの活用状況」についての「心配」を吐露していました
「いまの谷田川さんの状況を見ていると、地上戦に力を入れない選挙を展開する私を見て、心配しばかりしていた上の世代の方々の気持ちが、分かるような気がします」
選挙の地上戦のことは、私は、いまだに詳しく理解していませんが、インターネット上での発信は、まだまだ力が及ばない部分や、仕事や家庭のことで時間が取れず、十分にできているとは言い難い側面もあるものの、それなりに勉強や試行錯誤を続けてきた自負があります
そんな私から見て、いまの谷田川元さんのインターネットの活用の仕方は、更新頻度が高いにもかかわらず、あまり効果が出ているようには思えず、心配に感じてしまっていました
そして、そんな心配を口にした私に、谷田川さんの秘書さんは、衝撃的なデータを伝えました
「谷田川さんはね、実は、千葉10区の候補者の中では、ダントツで、20代からの投票率が高いんだよ!」
「えっ!そうなんですか」
予想外のデータを知らされ、私は、とても驚きました
「谷田川さんが、駅でチラシを配っているでしょ! あれね、ほとんど高校生に配ってるみたいなもんなんだよ! それで大人になって票を入れてくれてるんじゃないかなって思うから、谷田川さんは、SNSとかはよく分からないけど、ああやってチラシ配りを一生懸命やってるんだよ」
谷田川元さんのあのチラシ配りが、まさか高校生たちに響いているとは考えたことがなく、衝撃の事実に、私は驚くしかありませんでしたが、駅でチラシを配る谷田川元さんに票を投じたくなる若い世代の気持ちは、理解できる気がしました
あのシワの多いスーツで、年4回も駅に立っている姿を見続けたら、「この人は努力し続けることができる人なのだな」と、難しいことは分からなくても、それは自分の目で見てきたことだと、自信を持って、判断をする材料になります
そして、だからといって、今度の衆議院選挙が心配でなくなったかといえば、そんなことは全くないのですが、この衝撃的なデータを聞いたことで、いままで私の中で疑問に感じていた谷田川元さんの不可解な行動の数々が、急に腑に落ちるようになってきました
まず、最初に、谷田川元さんが、「加瀬さやかさんと会ってお話がしたい」と、銚子在住の支持者の方を訪ねた日、ご本人のSNSで、次のような投稿がされていました
" 国交委員会の質問を終えてから、午後2時から始まる銚子連絡道路整備促進地区大会に出席するため、銚子に向かいました。昨年3月に光〜匝瑳間が開通したことをあり、11時半に国会を出て、14時10分前には到着することができました。地元国会議員として、早期完成に全力を尽くします。
銚子観光大使である28歳の和泉大介さんの意見発表があり、「若者が帰って来たいと思わせるインフラ整備であり、未来への道をつなぎたい」との発言に感銘しました。銚子に生まれ育った和泉さんのような若者が活躍することを願わずにはいられません。"
(引用:https://x.com/i/status/1925116300726325409)
そして、この日は、先述の支持者の方から、「谷田川元さんが、私と会いたいと言ってきたために急な電話をしたこと」と、「もし谷田川元さんから電話があったら出てあげてほしい」という旨の連絡を受けたのですが、その後、谷田川元さんから、すぐに連絡があることはありませんでした
それから3日後、またもや同じ方からの仲介で、今度は、谷田川元さんの秘書さんからの電話があり、「もし、これからも政治の道を志す気持ちがあるなら、是非、私と谷田川と会ってほしい」というお話をいただきました
しかし、その後、約4カ月ほどが経過した頃に、初めて谷田川元さんとお会いすることになったときまで、谷田川元さんから連絡が来ることはありませんでした
谷田川元さんが、私と交流をしたがっていたことは、周りの方々からの証言からも、事実であることは確かなのですが、その割に、あまり「加瀬さやか」という人物に対しては興味を持っていない印象を抱いたことが、私にとっては、最初の謎でした
谷田川元さんが、私に「会いたい」と言っている形跡はあるものの、会いたいと思っている理由を伝えてきたり、具体的な日程を提案してきたりするような前のめりな姿勢はなく、初めてお会いした日も、私が予想した通り、加瀬さやかのことについて事前に全く調べていないことは、明らかでした
いまふり返ると、きっと谷田川元さんは、「加瀬さやか」という人間に興味があったのではなく、漠然と、「若い世代から好かれる自信」があったのではないかと思います
そう考えると、私の数々の失礼な言動に対する寛容さや、私が所属する防災ボランティアが主催した「大学生による講義」を、次の予定を調整してまで、熱心に聞いていった理由も、腑に落ちるような気がしてきます
また、谷田川元さんが配布するチラシに「候補者募集中」の旨を記載することを提案したときに、「いいアイデアを聞いた!ありがとう!」と喜んでいたことも、もしかしたら、「20代からの投票率が高い」という数字が出ていたことが、影響していたかもしれません
国政の選挙は、さらに大嫌いになったし、政治とも距離を置きたくなってしまうほどの気持ちにもなりかけましたが、その直後、もしかしたら、ここ数ヶ月の私に対する谷田川元さんの行動が、若い世代からの「票」が影響していた可能性があったかもしれないことに気づき、再び、私は元気が出てきました
投票したからといって、すぐになにかが変わるわけではないけれど、「票」は確実に政治家を動かしています
私のこの記事もそうです
「有権者は政治に興味がない」
「分かりやすく、短く伝えなければいけない」
これまで日本の政治に関わってきた多くの人がそう思い込んでいて、私が準備している「政治活動用のチラシ」を見た多くの上の世代の方々も、「もっと短くしないと、誰も読まないよ」と、親切なアドバイスをくださいます
ここ最近は、SNSを開く度に、いわゆる「ポピュリズム」と称される「単純化し過ぎた訴え」ばかりが並んでいて、そんな投稿が目に入る度に、多くの人に、「長文の記事」を届けることは、無理があるような気がしてきてしまいます
でも、私は、そんな中、常軌を逸した文字量の記事を書いています
それには、二つの理由があります
まず最初の理由は、私がこれまで投稿した長文記事を、熟読した上で、読んだことが伝わる感想や反応をくださった方々が、実際に存在したためです
なかには、毎回のように感想をくださる方もいるため、私には「こんな記事を書いても誰も読まない」という不安がないのです
そして、もう一つの理由は、私のインターネット上の投稿になんて全く興味もないし、見てもいないのに、それでも、私のことを「応援したい」と、直接、何度も言ってきてくださる方々が、銚子にいっぱいいることです
正直な気持ちを告白すると、インターネット上での発信が、あまり銚子での選挙の結果に影響しないことは、私もよく理解しています
だから、インターネット上での発信を頑張ったのにもかかわらず、それが選挙結果に反映されない状況を続けてしまったら、地元の政治家が、ますますインターネットでの発信に力を入れなくなってしまう未来が訪れてしまうことも、承知しています
もしも、選挙に受かることや票を伸ばすことだけを目指すなら、こんなにも長い記事を書くことは、いますぐにやめて、一人でも多くの方々と交流する時間を持つことのほうが有効です
でも、その行動を私が取らないのは、無理に焦らなくても大丈夫だと心から思えるくらい「次も応援するよ」、「絶対にまた選挙に出てね」と力強く言ってくださる方々がいらっしゃるからこそなのです
「票」は、政治家を動かします
銚子市内でも、もしかしたら私の影響ではないかもしれないけれど、私がインターネットをメインにした選挙戦で3125票を獲得した直後の銚子市議会では、「市長」と「当時3名の議員が所属していた会派の方々」が、なんと議会の中で、YouTubeを始めることを宣言していました
また、その前後から、いままでSNSをしていなかった2名の銚子市議会議員が、Instagramでの情報発信を開始しました
政治家は、投票に行く人を、蔑ろにする行動ができない構造になっています
「投票しても、なにも変わらない」
そう思ってしまう気持ちは理解できますし、少し前までの私もそう思い込み続けていました
しかし、それでも「票」は、確実に、政治家を動かしている
見えにくい変化の連続だけれども、「票」が政治家の行動を後押しすることを、私は、少しずつ感じることができるようになってきています
「どうせ投票しても、なにも変わらない」
これまでの経験だけで、そう決めつけて、全てを諦めてしまうのは、もしかしたら、まだ早過ぎる判断かもしれません
少なくとも、私は「投票をしても、未来が明るくならない」とは、まだ言い切れないのではないかと考えています
◆◆◆
この記事は、どこかの政党や特定の誰かを応援するためではなく、「加瀬さやか」の政治活動のために書きました
なぜなら、「自分にしか伝えられないこともあるのではないか」と強く感じたことと、最近のインターネットでの誹謗中傷合戦を見て、「こんな投稿ばかりがタイムラインに流れる国は嫌だ」と、心の底から思ったからです
この9ヶ月、急に「政治」と関わるようになり、いままで知らなかった景色を見たあとで、インターネット上に溢れている罵詈雑言の投稿の数々を眺めて、私が持つ感想は、「政治に過剰な期待をしている人があまりにも多過ぎる」ということです
政治や政党、政治家に対して、「完璧」であることを求めたくなってしまう気持ちは、理解ができますし、私も、少し前までは、そうでした
でも、実際は、「完璧な政治」も「完璧な政党」も、「完璧な政治家」も存在しません
どんな政治にも、どんな組織にも、どんな人間にも、短所があります
大切なのは、「理想の相手」の条件を考えて、それに合致しない人を否定するような言葉を書き連ねることではなく、相手の「短所」の理解にも努め、自分にもできることを考え、実際に行動することです
相手に理想を求めているだけでは、物事が前進することはありません
現実を受け止めて、自分も行動していかなければ、辿り着きたい未来には、近づくことはできないです
「白馬の王子様」や「窮地を救ってくれる魔法使い」が、現実の世界には存在しないことと同様に、「自分の願望を全て叶えてくれるキラキラ政治家」も、「理不尽や不公平が全て解消される最強の法律」も、この残酷な社会には存在しません
でも、この当たり前の事実を受け入れることが、私たちは上手くできていません
「次こそは」と思いながら、選挙を繰り返し、前に進まない停滞感ばかりを募らせています
もしかしたら、今回、私が赤裸々に綴った「立憲民主党に入党する決意をするまでの物語」を読む中で、私と似たような感想を抱いてくださった方もいるかもしれませんが、「政党」の選択に至るまでの「行動」や「思考過程」は、「就職活動」というよりも、「恋愛」や「婚活」に近い趣きがあります
実際、「政党」に入るときと、「結婚」をするときに求められる条件は、かなり類似しています
◆同じ名称(苗字、政党名)を名乗る
◆財産の一部が共同になる
◆重婚やほかの党への入党が禁止されている
今後の人生を左右するくらいの大きな決断であるのにもかかわらず、細かいルールが、ほとんど法律で定められていない点も、「政党への入党」と「結婚」の似ている部分だと思います
そして、誰もが「政党への入党」や「結婚」を強制的にしなくてはいけないわけではなく、自由意志に委ねられている点も共通しています
正直な気持ちを告白すると、初めての出馬を経験する前までは、私は、どこか「政治家」や「政党」に過剰な期待をしてしまっていた側面があり、私の期待を満たす理想の政治家がどこにもいないことに、不満を感じていました
また、どの「政党」にも心配な面や賛同できない部分があり、その点について、どう受けとめたらよいのかが分かりませんでした
けれども、選挙に出たことをきっかけに、多くの政治家の方々と実際に接するようになったことで、「政治家にも、それぞれに短所がある」という当たり前の事実を、私は、少しずつ、冷静に受け止められるようになってきました
「政党」についても、完璧ではないからこそ、政治に関わる人や仲間を増やしていかなくてはならないのだと、シンプルな結論に、気づくことができました
「なにも努力をしていないのに、急に理想のパートナーと結ばれること」が現実世界では起こり得ないことは、多くの人が知っているはずなのに、「政党」や「政治家」が完璧でないことに関しては、まだまだ人類の理解が進んでいないように感じます
「なにも努力をしてないのに、急に理想の政治家が現れて、社会のすべてを良くしてくれる日が来る」という幻想の元に行動することを、人類は、そろそろ卒業しなくてはいけないように感じています
また、「政策」に関しては、「結婚」をするときにパートナーと相談する「今後の人生の方針」のようなものだと、最近の私は認識するようになってきました
「公約」という言葉があるため、「政策」は、まるで「約束」であるかのように錯覚してしまいますが、実際は、「掲げた政策は実現しなければならない」という法律もなければ、政策を大きく変更したときの罰則もありません
そのため、政治家が大きな声で喋っている「政策」は、「約束」ではなく「方針」であると受け止めることが、妥当な認識だと私は考えています
また、現実的に考えても、政局や社会の状況は常に変化があるため、「掲げた政策」を全て実現すると約束することは、かなりの無理があります
ただ、「政党への入党」と「結婚」で大きく異なることは、「結婚」に比べると、「相手を選ぶときの基準」や「自分が努力するべき項目」などの基礎的な知識や情報が、「政党への入党」に関しては、全く世間で共有されていない点です
そして、こんなにも政治に関する初歩的な情報や知識が共有されていない現代において、私が実際に行われたやり取りをここまで公表することができたのは、私が「現役の政治家」ではなかったからこそです
「失うもの」が大きい人は、ほかの人から非難されたり、嫌われたりするリスクがある行動を取ることが、難しくなります
また、この期に及んで、まだ誰にも「応援してください」と陳腐なお願いをしてこなかったことも、今回の行動を選択することができた要因です
そして、こんな私が選挙に出ることを、考え始めたきっかけは、いまから1年くらい前に、政治的な内容を含むいくつかの動画の中で、まだ選挙権を持っていない高校生たちが「もっと大人に本気を出してほしい!」と訴えている映像を見たことです
高校生たちの真剣な姿をみて、昔の自分を思い出し、「いまからでも本気を出そう!!」と決意し、行動し続けてきました
選挙には落選しましたが、それでも行動し続けていたら、地元の国会議員さんに、真剣に意見を聞いていただけたり、多くの方々に、こうして記事を読んでいただけたりするところまでは、辿り着きました
初めての選挙に出てから、ここに至るまで、まだ1年も経っていません
地域によって政治事情は異なりますし、人によって、個性も違うため、私がしてきたことを、そのままほかの地域で誰かが真似をしても、同じような結果になるとは、限りません
でも、たった1年弱でも、私の周りは、大きく変化しました
あんなに遠かった「政治」が、とても身近になりました
きっと、私一人でも、こんなにも変化を感じたのだから、もっと多くの大人が、本気を出したら、「政治」は、変わっていくはずです
逆に、「そんなことをしても無駄だ」と、諦める大人ばかりになってしまったら、「政治」が変わることはなく、時代の変化に取り残され続けていく未来を迎えることになる予感がしています
これから衆議院選挙を迎えるにあたって、この記事を読んでくださっている熱心な方々に私が望むことは、「特定の政党や政治家を批判する投稿ばかりをして、見るに堪えないタイムラインを築きあげること」ではなく、「自分にできること」を真剣に考え抜いて、一つでもいいから、行動してみることです
それは、この記事を読むことを誰かに勧めることかもしれないし、信頼できると思える情報を共有することかもしれないし、自分の経験を投稿することかもしれないし、頑張ってほしいと思っている人に激励のメッセージを送ることかもしれません
「政治家」が主役の政治を終わらせるのは、どこかの政党に所属する「スター政治家」ではなく、いまこの記事を読んでいる「あなた」です
「国民」が努力していないのに、「国民」が主役の政治なんて、実現するわけがありません
これは、現役の政治家ではない私だからこそ、言えることです
そして、保守的な思想ばかりがインターネット上に書き込まれ続ける現代で、こんな思想を言うのは怖いけれど、私は「日本人であること」を誇りに思う以上に、「自分であること」を「誰もが誇りに思える社会」になってほしいなぁと、心から願っています
もちろん、私も日本のことは好きだし、千葉県民であることも、銚子市出身であることも、私の大事なアイデンティティーのひとつです
でも、「日本人だから偉い」という発想は、「あの学校を出たから偉い」とか、「この会社に所属しているから偉い」とか、そういった類の自慢の仕方やプライドの保ち方と非常に似ている気がして、福祉の専門家としては、心配な気持ちが募ってしまうことが多いです(> <)
日本は、十分、いまのままでも魅力的な国です✨️
千葉県も、銚子市も、大好きなところがいっぱいあります
なにかで世界一になれなくても、誰かから批判をされることがあっても、一番大好きな人から認めてもらえなくても、それは、よくあることで、過度に落ち込まなくてもいいし、傷つかなくてもいいし、そんな日々を今日も生きている自分を、心から愛していいと、私は思っています
「日本人としての誇り」を過度に求める人が多くいるように感じる現代は、「自分としての誇り」が持てずに傷ついている人が増えている社会であるように私の目には映っています😭
また、「左翼」という言葉が、まるで差別用語のあるかのようにインターネット上で使われていることを見かける度に、そういうニュアンスの投稿をされている方々は、本当に「左翼」という言葉の意味を理解しているのだろうかと、私は、日々、疑問に感じています
ちなみに、察している方も多いとは思いますが、私は、生粋の「左翼思想」の持ち主です
「左翼」と罵るなら、お好きなだけ、どうぞ!!
「左翼」と言われることは、私にとっては、最高の褒め言葉です!!!
左翼で上等です!(*˘︶˘*).。*♡
生粋の左翼思想の持ち主の私は、「誰もが安心して自由に自分の表現ができるようになる社会」を心から望んでいます!!
この記事も、そんな社会の実現を目指して、心を込めて、書きました!!
だから、もしも、この記事に目を通してくださった方々に、「左翼」と言われることがあるのなら、それは、伝えたいことが伝わったのだと、ホッとするだけです(笑)

とっても長い記事を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
私の拙い記事を、ここまで読んでくださった方がいることが、本当に、心強く感じます!!
最後に、繰り返しにはなりますが、政治の主役は「政治家」ではなく、「国民」です!!
今回の衆議院選挙を、本当の意味での『国民が主役の選挙』にするために、この記事を読んでくださっているあなたが、これからの政治を変える一歩を踏み出してくださることを、私は心から願っています🍀
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カセ サヤカ/32歳/女
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