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加瀬 さやか ブログ

「陳情書の提出」に初めて挑戦する中で感じた「嫌われ者の役割を全うする大切さ」

2025/9/13

令和7年4月に施行された銚子市議会議員補欠選挙に落選した加瀬さやかです

この記事では、選挙には落選してしまったものの、「自分の想いを伝えられるようになりたい」という最初の目標を少しでも形にするために、「陳情書の提出」に初めて挑戦することになった私のことと、これまでの経緯や今後のことについて、綴っていきます

 

【はじめに】
最初に私のことについて、お伝えします

私は千葉県銚子市出身の31歳、夫と4歳の子どもと暮らす子育て中の兼業主婦です

高校を卒業した後に10年ほど、銚子市を離れていましたが、第一子の出産をきっかけに、実家の近くに引っ越してきました
これまで政治や選挙に携わってきた経験は、ほとんどありませんでしたが、今年の4月に施行された「銚子市議会議員補欠選挙」にて、初めての出馬を経験し、落選しました

そして、落選後も、引き続き、銚子市に生息し続けています

 

《初選挙のことと、落選後の政治活動》

私が選挙に立候補した理由は、現在の銚子市議会議員の年齢構成が非常に偏っており、特に若い世代のリアルな意見が反映された政策が少ないと感じたからでした

銚子市議会議員の平均年齢は、今年の4月時点で63歳を超えており、20代、30代の議員は存在せず、女性議員に限ると50代以下の議員は一人もいません

そして、近年の銚子市では、特に若い世代の女性の人口流出が大きな課題となっていました

そんな中で施行される市議会議員の補欠選挙において、50代以下の女性が誰も出馬しない選挙になってしまう状況が起きたら、「私自身が悲しくなるし、なにも行動しなかった自分を責めたくなってしまうかもしれない」と強く感じたため、「自分の中での最悪の結末を迎えたくない」という個人的な想いだけで、急な出馬を決めました

 

そして、「初めての出馬にも関わらず、誰からの支援も受けずに、急な出馬を実現させてしまったこと」や「選挙期間中に『選挙カーの使用』をはじめとする旧来型の選挙手法を批判したこと」、「旧来型の選挙手法を全く使用せず、また準備期間も3週間未満しかなかったのにも関わらず、3125票もの得票があったこと」、「落選後も引き続きインターネット上での発信や地域活動を積極的に続けていること」などから、選挙期間が終了した後も、一部の皆様から、ほんのりご注目を頂いております

この選挙ドットコムの私の個人ページには、前回のブログの投稿後から今日までの間に、2200件を超えるアクセスがあり、月間のInstagramの閲覧回数は2万回を超えるようになってきました

落選してしまったのにも関わらず、多くの方々に引き続き興味を持って頂けていることには、本当に、心から感謝しています

そして、現在は、「陳情書の提出」という人生で初めての経験を通して学んだことを、多くの人と共有していきたいと考え、ここ最近の出来事を、このブログに綴っていこうと自分を奮い立たせている最中です

 

【なぜ陳情書の件についてブログを書くことに勇気が必要なのか?】

★陳情書とは?★

本題に入る前に「陳情書」について、少し説明させて頂きます

陳情書とは、市民が「こうしてほしい」と思ったことなどの要望を、議会に対して正式に伝えるための文書です

請願書と違って紹介議員が要らないため、市民一人でも提出することができます

提出された陳情書は、議会で審議され、担当の委員会で取りあげられたり、その後、本会議で採択された場合は、市議会からの意見として、議長から市長へ「正式な文書」が提出されたりすることもあります

(※陳情書の取り扱いは、各自治体の議会によって、規定が異なります)

必ずしも「すぐに実現」するわけではありませんが、「市民の声が公式に議会に届く」という意味では、とても大切な制度です

 

【なぜ勇気が必要なのか】

陳情書は、名前や住所を書いて提出するため、匿名の意見投稿とは違って「自分の声」として扱われます

場合によっては「この人は、どうして、そんなことを市に求めてくるのだろう?」と、否定的に受け止められ、「否決される可能性」や「人格や人間性を疑われてしまう恐れ」もあります

正直、名前と顔をお互いに知っている人が多いこの街で、選挙に出ることにも勇気が要りましたが、陳情書の提出は、それ以上の勇気が要りました

選挙に出たことで、知り合いや、私のことを知っている人の数が、大幅に増えたからです

 

「嫌われたくない!」

「これ以上、変人だと思われたくない!」

 

そんな想いが、初志貫徹しようとする私を、何度も引き止めようとしてきました(> <)

 

陳情書の提出を決めるまでに

 

「本当にこのまま前に進むのか?」

「それとも、穏やかな日々を優先するのか?」

 

知り合いばかりのこの街で、どちらを選択するのかは、何度も迷いました

 

そして、そんな葛藤を乗り越えて、「勇気を出して、挑戦してみよう」と決断できたのは、多くの人の支えがあったことに加え、もう一つの理由があります

 

それは、実は、ほかの誰よりも、私自身が、私に一番期待をしていたからです

 

【私が立候補したもう一つの理由】

これは、いままで誰にも言ってこなかったことではありますが、実は、私が立候補した理由は、冒頭で説明した理由以外に、もう一つありました

 

それは、私が望む「これからの政治家に求める条件」に、自分自身が、当てはまっていると、強く感じたからです

 

ちなみに、私が望む「これからの政治家」に望む条件は、下記の通りです

 

◆富裕層ではなく、平均年収以下の暮らしを長く経験しており、低所得層の人々の暮らしや価値観にも理解がある人

◆裕福な家庭で育った高学歴のエリート層ではないが、これまでの人生で、様々なことに挑戦してきた実績がある人

◆「世間からの評価」よりも「自分の意思」を尊重してきたことが伝わる人生を歩んできている人

◆「自分の意見」を持つことができ、それを的確に表現できる能力を有している人

 

これらの条件に当てはまる人に私が強く求めるのは、これまでの政治家的な行動パターンからの脱却です

 

これからの時代は「選挙に強い興味を示す特定の層の人々から『短期的な人気』を集めるための行動を取ることが得意な『選挙に強い人』ではなく、将来的なビジョンや自分の考えをしっかりと持った上で、『いまの社会に提案しなければならないこと』を『きちんと言っていくことができる人』に政治家を目指してほしい!」と、そんな願いを私は強く持っています

 

その上で、それらを実行できるのではないかと、期待できる人の条件が、私が先ほど挙げた項目です

 

これらの条件に込められている期待としては、「これ以上、浮き世離れした金銭感覚の人に政治を任せたくない!」という私の個人的な想いと、「もっと庶民に寄り添った政治をしてほしい」という切実な願いです

 

そして、この私の個人的な願いを実現することができるのではないかと期待できる人物に必要な要素が、先ほどの項目で挙げた「中間所得層や低所得層の暮らしを実際に経験したことがあり、現在も庶民的な金銭感覚を有し、その上で、努力したきたことと、勉強熱心であることが伝わり、かつ、人からの評価よりも、自分の価値観や信念を大切にする生きた方をしてきた人」という条件なのです

 

そして、私のざっくりとした経歴が、こちらです

 

【私の経歴】

◆実業高校に、興味関心を優先して入学し、首席卒業(全国農業高等学校長協会長賞)

◆興味を持ったことに積極的に挑戦し、結果を出してきた形跡がある(フェリシモREBORNTHドリームボックスプロジェクト優秀賞、JAPAN CHALLENGER AWARD in 銚子 準グランプリなど)

◆四年生大学を出た者と同等の学力があると認められる「高度専門士」の資格を有し、国家資格を複数取得(社会福祉士、精神保健福祉士など)

◆新卒で入社した会社では、低所得層の人々が特に多く暮らす地域の精神科の診療所に配属され、その後も、様々な福祉の仕事に携わり、これまでの訪問世帯数は150以上

◆更生保護のボランティアを10年以上続けており、個人で「東京保護観察所長感謝状」を受賞、所属している団体が「法務大臣感謝状」を受賞

◆現在は、子育てとの両立のために、福祉の仕事を離れ、市内の食品工場でパート勤務をしている

◆機関保証により奨学金を借りて、四年生の専門学校の学費の9割を自分で支払い、現在も返済を続けている

 

以上が私の主な経歴です

(※私の詳しい経歴は、プロフィール欄に記載しています)

 

こうして、私の経歴を改めて見てみると、、、

 

これまでの政治家から漂うことの多かった「家柄の良さ」と「エリートっぽさ」は全くなく、むしろ、裕福過ぎる生活とは縁がないことが剥き出しの経歴ではあるのものの、、、

 

我ながら、、、

 

その中でも、自分の気持ちを尊重し、興味関心がある分野において、努力と挑戦と勉強を続けてきたことが、強烈に伝わる経歴ではあると思う。。。

 

そして、私自身が求める「これからの政治家の理想の人物像」には、かなり近い経歴が多いです。。。

 

正直、こういう人に、政治家になってほしいと、私は思ってしまいます(TT)

 

これからの時代は、「立場の強い人」や「既に恵まれた環境にある人」を優先する人ではなく、「立場の弱い人」や「恵まれない環境にいる人」に寄り添った行動が出来る人に政治家になってほしいです!!!

 

でも、、、

 

怖い。。。

 

そもそも、私は、政治家になりたかったわけでも、目指していたわけでもありません

 

準備が足りなさ過ぎる。。。

 

私にできるのかな?

 

でも、、、

 

誰かに「こんなことをやってほしい」と願っているだけでは、なにも変わらないまま時間だけが進んでしまう可能性もあります

 

誰もやらないよりは、私がやったほうが、いいのかもしれない。。。

 

怖いという気持ちがありつつも、私が出馬を決めたのは、これまでの政治に対して強い不満が溜まっていたことと、「これ以上なにもしないままの自分でいたくない」という気持ちが、心の中に大きくあったことが大きいです

 

そして、もしかしたら、私なら「これまでの政治家とは、違う行動を取ることができるのではないか」という自分自身への期待がありました

 

出馬をすることを決めたとき、「これまでの政治家とは、全く違う行動を取る政治家になること」を、誰よりも、私に期待していたのは、私なのです

 

そして、このときの私は「自分が求めていた政治家像」を徹底してやり切りたいと、心に誓っていました

 

 

★「嫌われたくない!」、「好かれたい!」と心が揺らぎ始めたとき★

 

出馬を決めたとき、あんなにも「自分が求めていた政治家像」をやり切りたいと、心に決めていたのに、選挙期間中の私は、自分が想定したよりも、主張の弱い候補者になってしまいました。。。

 

「えっ!!十分、怖かったよ!」って、驚いた方もいるかもしれませんが、当初は、「これまでの政治家の方々の行動」に対しての批判的な意見を、もっと多く主張していくつもりだったのです

 

あの批判的なブログやインスタライブやYoutubeも、、、私の中では、かなり控えめな主張にしたつもりの内容なのです

 

選挙に出馬を決めたときは、たとえ、現役の議員さんから嫌われたり、変な人だと思われたりしても、「これまでとは違う政治家像をやり抜く人になっていく」と、誓っていたはずなのに、実際は、私の心は、選挙期間中には、既に、あっさりと揺らぎ始めていたのです

 

「やっぱり、嫌われるのは怖いな」

「いや、むしろ、好かれていたい」

 

そんな想いが、当時の私の心には、ムクムクと芽生え始めていました(> <)

 

「どうして、そんなに急に心境が変化したのか」というと、、、

 

立候補届けを出したあとや選挙期間中に、「応援させてほしい」と積極的に申し出てくださったり、「今回はあなたに当選してほしいと思っている」と好意的な言葉を掛けてくださったりした現役の議員さんが数名いらしたからです。。。

 

いま思えば、私に声を掛けてくださった奇特な議員さんたちの口から出てきた優しい台詞の数々は、私だけではなく、全ての候補者に対して反射的に言っていた「社交辞令」のようなものだった可能性があることに気づきます

 

正直な心境を綴ると、そんな甘い言葉や申し出を聞いた瞬間も、「名前や年齢、性別くらいしか私のことを知らないはずなのに、どうして『応援したい』なんて、言ってくるのだろうか」、「情報がほとんど公開されていない候補者のことを応援しようとするなんて、現役の議員としては、軽率すぎる行動なのではないだろうか」、「私が想像を超えるほどの危険思想の持ち主だったら、どうするのだろう?」と、私に好意的な姿勢で近づいてくる行動に対してさえも、批判的な意見が頭に浮かび、「やっぱり現役の議員さんの行動は、共感や理解をすることが難しいな」と感じた部分がありました

 

けれども、そんな感想を持ったのにも関わらず、私の口から出てきた言葉は「ありがとうございます😊」という台詞でした

 

あれれ?おかしいな。。。

 

なんだか目指していた方向と、違うほうに進んでない?

 

私が、私に期待していたのは、「波風を立てないお利口さん」になることではなく、「既存の政治家の人たちから変な目で見られたとしても、いままでの政治家の人たちが言えなかったことを、きちんと主張することができる悪役キャラのような市民の味方」なのだけれど、、、

 

いま、すごく、お利口さんな立ち振る舞いをしたよね?

 

あれ?

 

もしかして、嫌われたくないの??

 

いや、いや、いや、、、

 

そりゃ、、、本音の本音は、嫌われたくないよ。。。

 

そもそも結果的に誰かに嫌われることは仕方ないけど、「積極的に嫌われていきたい」なんて微塵も思ってもいないし、もし、当選したら、自分や自分に期待してくれた人の想いを形にするためには、現役の議員さんの賛同や協力が必要になることだってあるかもしれないよ!

 

嫌われなくて済むなら、嫌われないほうがいいに決まっているし、お互いに好意的な印象を持ち合えるような関係性のほうが、協力関係も築きやすいし、話し合いや議論だってしやすいはずだよね!!!

 

自分の理想像と、現実の自分の行動に矛盾が生じたとき、、、「強い違和感やモヤモヤ」を感じたはずなのに、なんと、私は、自分の理想像に近づくための努力の方法ではなく、現実の自分を擁護するような言い訳を頭で必死に考えていました

 

行動する前に抱いていたイメージと、実際に行動に移してみたときの結果や感想が異なることは、これまでの人生でも、何度も経験してきたことです

 

「軌道修正」や「試行錯誤」という言葉だって、存在します

 

悪役をやり抜かなくても、想いを形にしていくことができる方法があるなら、そのほうがいいに決まっています

 

選挙期間中のバタバタと、落選直後の不安な日々の中で、私は、初心を忘れそうになっていました

 

 

★私の心がグラグラになったとき★

 

初心を忘れそうになってしまうほどのスピードで予想外の出来事に直面し続ける中、さらに私の心が揺れる出来事が起こります

 

それは、落選後に、とある議員さんとお話をしていたときのことです

 

会話の流れの中で、「選挙期間中にお会いした政治関係者の方々の名前」を私が口にしたところ、、、

 

「あの人とは関わらないほうがいいよ」

「その人とも仲良くしないほうがいいよ」

「この人は評判が良くないよ」

 

と、なんと、その議員さんは、私が名前を挙げた全ての人の「悪い評判」を丁寧に教えてくださった上に、「あまり関わりを持たないほうがいい」と、熱心なアドバイスをくださったのです

 

「この出来事はどう受け止めたらいいのだろう?」

 

私の頭の中は、ハテナでいっぱいになりました

 

本当に関わったらいけない人たちだったから、親切で教えてくれたのだろうか?

 

それとも、私のことを孤立させようとしているのだろうか?

 

もしかしたら、ほかの議員さんと私が関わると、その議員さんにとって、なにか都合が悪いことがあるのだろうか?

 

勘ぐってしまいたくなることが、いっぱいでしたが、このやり取りによって、私が強く感じた一番の懸念点は、、、

 

「この議員さんに嫌われてしまったら、私も悪い評判を言いふらされてしまうかもしれない」

 

ということでした

 

「嫌われたくないな。。。いや、むしろ、好かれていないと、まずいのかな?」

 

私は、誰よりも、私に「お利口さんな立ち振る舞いをしないこと」を期待していたはずなのに、いつの間にか、特定の誰かの前でお利口さんになろうとする行動をしようとする姿があって、、、

 

「これは、私が『自分に期待していた政治家像』と、かけ離れているけど、いいの?」

 

と、私は自分が嫌いになりそうになっていました

 

 

★心が揺れが落ち着いたとき★

 

現役の議員さんたちや既存の政治関係者の方々から「嫌われたくない」という気持ちは、完全になくなったわけではありません

 

できることなら、「嫌われたくない」ですし、「良好な関係を築けたら嬉しいなぁ」という気持ちは、ほんのりあります

 

でも、過度に「絶対に嫌われないようにしないといけない!!」と思い過ぎることは、私の中では、なくなりました

 

きっかけは、2つあります

 

ひとつは、この件を、とある政治関係者の方に相談したときのことです

 

そのときの私は、ほかの議員さんの悪い評判ばかりを語る先程の議員さんに「嫌われたくない」と、強く思い過ぎていた時期でした

 

「嫌われたくない」という思いがありつつも、その議員さんの話を鵜呑みにして、その議員さんのご機嫌を損ねないように行動しようとするのは、私にとっては、窮屈過ぎる選択肢で、「この状況の中で、どうしたら前に進むことができるのだろうか」と、連日、そのことばかり悩んでいたときでした

 

そして、そんなとき、とある政治関係者の方とお話をする機会があり、思い切って、これまでの出来事と、そのときの私の気持ちを、そのまま打ち明けてみると、、、次のような答えが返ってきました!!

 

「多分だけど、その議員さんは、このまま加瀬さんが仲良くし続けたとしても、加瀬さんのことを妨害してくると思うよ。もし、加瀬さんが次の選挙に出るなら、ライバルになるのだから、それは普通のことだよ」

 

!!!!

 

“仲良くしていたとしても、妨害される可能性がある”

 

冷静に考えたら、確かに、普通のことなのに、そのときの私は、その視点を持つことが、全くできていませんでした

 

「嫌われたくない」という思いは、もちろん、いまもあります

 

でも、その想いを優先しても、「悪口を言われない保証」はないのです

 

それなら、自分の気持ちに嘘のない行動をしたほうが、圧倒的に楽ですし、心の中のモヤモヤも、あとから自分の選択を後悔する可能性も少なくなります

 

あのアドバイスを聞いたとき、いままで思い悩んでいたものが、一気に消えて吹き飛びました

 

そして、私の心の揺れが落ち着き始めたもう一つの理由は、選挙に落ちたのにも関わらず、こんな私のことを「応援したい」と言ってくださる方が、日を追うごとに増えていったことです

 

今回の選挙では、3125票の得票があったものの、もし2年後の一般選挙に出馬した場合、再び同じだけの数の人々が私に投票してくれるとは限りません

 

今回の補欠選挙では、私に票を入れたけれど、一般選挙では「現役のほかの議員さんに毎回投票すると決めている」という市民の方々も多いはずです

 

次の一般選挙は、投票率と人口に大きな変動がなければ、「800票」くらいの得票があれば、当選になる可能性が高く、また、「1000票」の得票があれば、当選が確実になる戦いです

 

「もし、次の一般選挙に私が出馬した場合、得票はどのくらいになるのか?」については、今回の得票数から予想することは、非常に難しく、人によって意見が異なることも多く、落選直後の私は、「自分には何が足りなかったのだろう」、「もっと自分を変える努力をしたほうがいいのだろうか」と、不安になっていました

 

けれども、日を追うごとに、「次回も応援するよー」という方や、「今回は、選挙に出ていたことを知らなかったけど、次回は必ず応援するからね!」という方が増えてくださったことと、落選したにも関わらず、今回の選挙戦での私の取り組みに、理解を示し、強く支持をしてくださった方が次々に現れてくださったおかげで、「過度にいまの自分に変革を求めなくても大丈夫かもしれない」という安心感を持つことができるようになっていきました

 

政治的なことについて、自分の意思を表明をすることは、きっと、大きな勇気が要ることだと思います

 

けれども、その壁を乗り越えて、私に気持ちを伝えてくださった方々には、本当に感謝しています

 

もしも、落選した後に、引き続き、自分を応援してくれる人が、全然いない状況に陥っていたら、、、

「投票に熱心な特定の層の人たちにだけ向けた過激な方針を考える必要性」を感じてしまったり、「もう二度と選挙には出ない」と早々に決めて、出馬をきっかけに作成したアカウントを全て削除したりしていた可能性もあったかもしれません

 

私が闇落ちせずに、元気に過ごすことができているのは、落選後も、引き続き、出馬前と変わらずに接してくださる多くの方々と、落選後も、力強く応援し続けてくださる方々がいるおかげなのです

 

「陳情書の提出」も、初出馬のとき以上に、勇気と、強い覚悟が求められる行動ではありましたが、1件だけでも、提出まで辿り着くことができたのは、私一人の力ではなく、多くの方々の想いが、そこにあったからです

 

自分で自分に期待していたほどの「理想の政治家」になることは、まだまだできておらず、心が揺れた時期もあった私ではありますが、かろうじて、最初に目指した場所と、真逆の方向に進まずにいることだけは、できています

 

そして、それは、私一人では、成し遂げることが、絶対にできなかったことだと感じています

 

【陳情書のテーマ選び】

「陳情書の提出」に挑戦するにあたり、まず最初に考えなければならないことは、なにについての陳情書を作成するかです

 

市に対して要望したいことは、色々あるものの、全てを一気に伝えることは、かなり難しいです

 

優先順位を決めて、必要性の高い問題から、進めていく必要があります

 

そこで、私が大事にしたポイントは「問題を解決する必要性の高さ」と、「必要な予算が小さいこと」です

もちろん、予算が大きくかかる問題に関しても、言いたいことや提案していきたいことはあります

けれども、「まずは、予算があまりかからず、すぐに効果が見込めることから提案していく」という方針が、私が選挙のときに掲げた約束のひとつでした

そのため、落選してしまったものの、「選挙のときに約束したことは、可能な限り守っていくようにしたい」という想いから、まずは必要な予算がなるべく少ない問題から取り組むことを決めました

 

そして、最終的に、私の中で「特に優先順位が高い」という結論に至った市の課題は、こちらです!!

 

◆銚子市の公式ホームページに「最低賃金を下回る求人」が掲載され続けていた件

◆利根かもめ大橋の通行料が大きな負担となり、西部地区のホームヘルパー不足に拍車をかけている件

 

私としては、本当は「西部地区のホームヘルパー不足問題」のほうが、緊急度合いが高く、急ぎたかった気持ちが強くあったのですが、諸般の事情により、今回は、見送ることとなりました

 

その件については、また改めて、詳しく、ブログに書き残していきたいと思います

 

また、この件に関しては、12月の議会での提出に向けて、引き続き、真面目に取り組んでいきたいと考えています

 

そして、銚子市の公式ホームページに「最低賃金を下回る求人」が掲載され続けていた件に関しては、当初は「不適切な情報の削除」を求めることが一番の目的だったのですが、、、

なんと、陳情書を作成していたところ、提出の直前になって、該当のページが、急に削除されたのです      

 

もちろん、不適切な情報が市のホームページから消えたことは、この問題が前に進んだ証であり、良い兆しです  

 

しかし、不適切な情報が長期間にわたって掲載され続けていたことには変わりはありません    

 

該当のページが削除されたからといって、この件をなかったことにするのは、私としては、正直、許しがたい気持ちがありました

 

そこで、該当のページが削除されたことを受けて、提出日の前夜に、急いで、陳情書を書き直し、タイトルも変えて、最終的には、下記の内容を議会事務局へ提出しました

陳情書の原文は以上です

 

提出書類としては、上記の内容に加えて、削除前の該当ページのコピー70枚が含まれているのですが、このブログでは、その部分は、割愛させて頂きます

 

 

【この陳情書に私が込めた想い】

 

どうして該当のページが削除されたのにも関わらず、提出日の前夜に大幅に内容を書き変えてまで、この陳情書を提出したのか?

 

もしかしたら、理解に苦しむ方もいらっしゃるかもしれません

 

確かに、不適切な情報が含まれた求人は、市のホームページから消えました

 

けれども、私は、どうしても、この問題を、このままで終わらせたくなかったのです

 

なぜなら、この件には、私が大好きなこの街の「大嫌いなところ」が、いっぱい詰まっているからです

 

 

【この街から出て行きたくなる本当の理由】

 

これまでのブログやSNSでの発信の中で、私は、小中学校の頃に「宿題を期日までに提出することが苦手であったこと」や、周りから「不思議ちゃん」だと認識されていたことを明かしてきました

 

しかし、不思議なことに、実は、これまでの私の人生の中で、私自身に向かって、直接、「あなたは不思議ちゃんだ」と言ってきた人は、ほとんどいないのです

 

ただ、家族や友人から、私が遠くを歩いているのを見ていたら、近くにいた人が「みて、みて、あれが、不思議ちゃんだよー」と、指をさして、噂話をしていた人がいたという目撃情報は、何度も耳にしたことがあります

 

そして、そんな私は、ずーっと心の中で思っていたけれど、なかなか周りに言えずにいたことがあります

 

それは、、、

 

ほかの人からみて、私が「不思議な人」のときは、、、

逆に、私の目には、周りのほとんどの人が「不思議な人」として映っているということです

 

どういうことかというと、「夏休みに宿題をしなかった人は変」と思う人もいれば、逆に「夏休みに宿題をする人は変」と感じる人もいるということです

 

例えば、夏休みの宿題について、「今年は必ず期限までにやり遂げます!」と大きな声で宣言した人が、期日までに何もしてこなかったら、「約束を破った」と批難されても仕方がないと、私も思います

 

でも、学校の先生が一方的に配ってきた夏休みのしおりに、課題の内容と期限が書いてあるだけで、こちらとしては「やる」とも「やらない」とも、聞かれてもいないし、答えてもいない状況で、夏休みの明けに「どうして宿題をやってこなかったの?」と、急に怒られても、「えっ!どうして、あの伝え方で、全員が宿題をやってくると思ったの?」と、私は驚いてしまいます

 

夏休みの宿題を期限までに提出しない子は、小中学校時代は、どの学年のときも、私以外に5人くらいはクラスに必ずいました

 

全員に宿題を必ず提出して欲しかったのなら、もっと、適切な伝え方があったはずだったのではないでしょうか?

 

もしも、私が先生の立場なら「次はどうやって伝えようかな?」と、自分の努力次第でコントロールできる部分で、まずは改善策を立てて、試行錯誤を繰り返していくと思います

 

しかし、私が子どもの頃に出会った先生たちは、私とは感覚が違う方々ばかりでした

 

当時の先生たちは、自分の伝え方に改善できる余地があったのではないかと考えている様子は微塵もなく、私を含めた「宿題を提出しなかった子どもたち」のことを、大勢のクラスメートが見ている中で、激しく責め立てたり、教室の目立つ場所に、見せしめのように、一人ひとりの名前を大きく書いた紙を貼り出したり、ときには、体罰を伴う指導を行ったりしていました

 

本当に「問題行動」をしていたのは、どちらのほうだったのでしょうか?

 

ちなみに、学校教育法で、体罰が明確に禁止されたのは、1947年のことで、体罰禁止の運用や指導方法がさらに明確化されたのが2005年です

 

つまり、1993年生まれの私が小中学校に在籍していた当時は、日本の法律では、体罰は明確に禁止されていたはずなのです

 

それにも関わらず、小学校時代も、中学校時代も、私が通っていた学校では、当たり前に「体罰」が存在していました

 

銚子市では「日本の法律」は、適用されないのでしょうか??

 

それとも、銚子市は「日本」とは、違う国なのでしょうか?

 

テレビの画面に映る「現代の常識」と、銚子市に生まれて、銚子市で育った私が感じる「地元の常識」は、異なることが多くて、その事象について、幼い頃の私は、どのように受け止めたら良いのかが分からずにいました

 

そんな中、隣の市にある旭農業高校に進学したところ、学校の先生から激しく怒られることは、度々あったものの、体罰を受けることや、体罰を目撃することはなくなりました

 

高校卒業後に、東京に引っ越してからも、私は誰かから体罰を受けたことは、一度もありません

 

また、中学を卒業して以降は「不思議ちゃん」だと誰かに後ろ指をさされていた場面を見たという目撃情報を家族や友人から聞くこともなくなりましたし、「独特な発想をする人だね」と個性を褒められることはあっても、それが原因で怒られたことは一度もありません

 

昔からずっと思っていましたが、「後ろ指をさされること」がいけないのではなく、「後ろ指をさす人」のほうがいけないのではないでしょうか?

 

人からの評価は、自分の意志でコントロールすることができないため、「後ろ指をさされないようにすること」は、自分の意志でどうにかできる出来事ではありません

 

でも、「誰かのことを指さして、本人や周りが傷つく可能性のある発言をしないようにすること」は、努力次第で、かなりできるようになることです

 

私からしたら、人のことを「不思議ちゃん」と指をさして、笑い者にしたり、批難したりする人たちのほうこそ、なにかしらの指導が必要な方々のように思えてなりません

 

それに、なぜ、そういった行動を取る方々が、自分自身のことを「普通」だと信じて疑わないのかも、私としては、非常に気になるポイントです

 

同じ人なんていません

 

人それぞれ短所と長所があります

 

「普通の人」、「変な人」なんて、わざわざ区分けする必要なんて、そもそもないのではないでしょうか?

 

どんな人も、どこかしらは変なところがあると私は思っています

 

一人ひとりに違いがあるからこそ、力を合わせて協力したり、支え合ったり、気を遣いあったりする必要があるのではないでしょうか?

 

偉そうなことをまくし立てましたが、私も、誰かを悲しくさせてしまうことは、よくあります

 

けど、その悲しみを、少しでも減らしていくために、ルールというものが存在するのではないでしょうか?

 

ルールがあるはずなのに、ルールを守らない人が、偉そうにして、立場の弱い人ばかりが傷つく環境に、いつまでも居続けたいと思う人は少ないです

 

正論が通じず、正論を言えば言うほど、「変わり者」のレッテルを貼られて、嫌われていくことが、この街の常識であるなら、この街から出ていくチャンスがあれば「すぐにでも出ていきたい」と思うのは、当然の帰結です

 

銚子市の人口流出問題は、「若い人が好みそうだ」とお年寄りの方々が思い込んでいる「お洒落な企業」を誘致すれば解決するものではなく、、、

 

一人ひとりが「いままで見ないふりをしてきた身近な出来事と真摯に向き合って、小さな改善を重ねること」でしか、改善が見込めない課題だと私は考えています

 

だからこそ、私を含めた市民全員が、何年もの間、市のホームページに掲載され続けていた「最低賃金を下回る求人情報」を放置し続けていたことについて、これは「小さな問題」なのではなく、この街のあらゆる課題が凝縮された「大きな問題」なのだと、この機会に、私は問題提起したいのです

 

そして、この件について、「陳情書の提出」を終えた私にできることは、ほんの少ししかありませんが、この街の大嫌いなところを、少しでも改善していくことができるように、できる限りのことをしていきます

 

 

【陳情書を提出した後にできる3つのこと】

 

①啓発活動

このブログで、陳情書の件を扱ったように、陳情書を提出して「終わり」にするのではなく、その後も、この件について、身近な人々との会話やインターネット上での発信で、問題提起し続けることは、今後も継続していくこができることであるため、可能な限り、続けていきます

 

②議会傍聴

9月5日の市議会で、この件は、9月22日に行われる産業建設委員会に付託されることが決まりました

この産業建設委員会での審議は、Youtube配信は予定されておらず、直接、議会に足を運ばなければ、どのように審議されたのかの経過を知ることはできません

この日の産業建設委員会での審議は、10時からです

私も必ず傍聴に行きます!

この陳情が不相応に軽率に扱われることがないように、一人でも多くの方々に、審議の行方を一緒に見守って頂けたら大変心強いです

誰かになにかをお願いすることが苦手な私ではありますが、なるべく多くの方々に議会傍聴にいらして頂けるように、最善を尽くしていきたいです

 

③経験と結果の共有

初めての陳情書の作成にあたって苦労したことは、実際の「陳情書の原文」が、インターネット上に、ほとんど掲載されていなかったことです

気になった方は、是非、「陳情書 原文」で、ネット検索してみて下さい

衝撃的なくらい情報が出てこないことに、驚くと思います

また、とある政治関係者の方に聞いた話によると、市議会議員全員の賛成があった請願であっても、市がなにも動かなかったケースもあるそうです

しかし、そういった出来事についても、インターネット上の分かりやすい場所に記録がないと、市民としては、請願の内容に問題があったから市がなにも対応しなかったのか、それとも、市が対応を怠っているだけなのかの判断をすることができません

初めての陳情書作成を行う中で、陳情や請願に関するあらゆる情報が、まだまだインターネット上で共有されていないことに、とても不便を感じたため、まずは、私自身が、陳情に関する情報の共有に努めていきます

 

 

【銚子市の陳情書事情】

「過去の陳情書の原文がインターネット上にほとんど存在しない!!」ということに不便を感じた私が、色々な方々に、「どうしたら陳情書の原文をみることができるのか?」について聞いてまわったところ、「議会事務局で閲覧できるよ!」という情報を手に入れたため、実際に議会事務局まで行ってきました

 

そして「陳情書の原文を閲覧したいのですが、、、」と、相談をしてみたところ、議会事務局の職員さんは「分かりました」と、すぐに対応してくださり、2枚の紙を私に渡してくださいました

 

私の頭の中の「過去の陳情書の閲覧」のイメージとしては、大量にファイリングされた過去の陳情書や請願書を一気に渡されて、特定の場所に限り、自由に閲覧することができるような方式を想定していたのですが、実際に議会事務局の方から手渡された資料をみると、ここ最近の陳情書ではあったものの、個人情報の一部が黒塗りされていたため、恐らく、私が想像していた方式での閲覧は、できないことになっているのではないかと感じました

 

そして、渡された紙をみて、私がさらに驚いたのは、手渡された2枚の陳情書のコピーが、それぞれ違う陳情書であるにも関わらず、ほぼ同じ内容だったことです

 

それは、どちらも「議員定数の削減」に関するものでした  

 

銚子市議会の過去の記録をみると、陳情の内容で圧倒的に多いものが、この「議員定数の削減」に関する要望です

 

銚子市議会議員の定数は、現在18名です

 

銚子市で暮らす一人の市民の素直な感想としては、18名も議員がいるような実感を持つことができていないため、確かに、多額の予算が必要となる議員の数を減らすことは、市の財政負担を長期的に減らすことに繋がる良案のように感じてしまいます

 

ただ、議員定数の削減についての懸念点としては、現状でも市議会議員の年齢構成が偏っている状況が続いている中、定数をさらに減らしてしまうと、「年齢構成にさらなる偏りが生じる可能性が高い」ことが挙げられます

 

私としては、議員定数の削減に関しては、現状の「市議会議員の年齢や性別、職業などの構成」と「議員活動の質」などを考慮した上で、慎重な議論が必要であるように感じるものの、似たような課題として取りあげられることの多い「議員報酬の削減」に関しては、かなり賛成の立場です

 

 

【議員報酬削減についての個人的な意見と、銚子市議会の現状】

大富豪の家庭に生まれたわけではない私は「政治家の報酬は平均年収を超えない水準に留めるべきである」と、昔からずっと考えています

なぜなら、市民の平均年収や手取りが上がることで、政治家の報酬が上がるような仕組みがあれば、選挙期間中以外も、市民に寄り添った政治活動を行う強いモチベーションが発生するようになりますが、現状の仕組みでは、選挙に当選したあとに「政治活動を行う必要性」が全く存在しません

また、報酬が多額であると、中間所得者層や低所得者層の暮らしの大変さを経験することもできないため、選挙に有利な状況にある「当選回数の多い議員」ほど、「一般的な市民の金銭感覚も失ってしまう」状況に陥りやすい仕組みになっていることも大きな問題点のひとつであると、私は考えています

私は上記の二つの理由から、平均年収を超える金額を政治家に支給することには、反対の立場です

 

そして、特に、最近、その想いをより強くしたのは、こちらの記事を読んだときです

 

選挙ドットコム 清水 秀三郎 ブログ 

#佐久市 本日【千葉県銚子市議会 会派合同「市民の声・みらい・公明党」】の皆様が、佐久市の事業、「#子どもSOS相談フォームTOUCH」について行政視察にお見えになりました

 

こちらの記事は、長野県佐久市の市議会議員の方のブログです

 

この記事では、7名の銚子市議会議員が、長野県佐久市を訪れたことが綴られています

 

私がこちらの記事を読んだときに、最初に抱いた感想は「この内容は、オンラインでのやり取りでも、十分可能だったのではないだろうか?」というシンプルな疑問です

 

建物の視察などなら、現地に行く必要があるかもしれませんが、「子どもたちがオンラインでの相談をしやすくするための仕組み作り」を学ぶために、「どうして現地まで足を運ぶ必要があったのか」が私には分かりません

 

また、昨年は、5名の銚子市議会議員が、奈良県まで、2泊3日で「建物の見学を含む視察」に訪れていますが、視察の内容に「建物の見学」が含まれていたとしても、「どうして5名もの大人数で行く必要があったのか?」が私には理解できません

 

仮に、もし、この5名が、一人ずつ別々の場所に視察に訪れていたら、同程度の予算と時間で、5倍の知見が得られていたはずです

 

なぜ、5名もの大人数で、同じ場所に訪れる必要性があったのでしょうか?

 

市民としては、もっと効率的で有意義な政務活動費の使い方をしてほしいと思わずにはいられません

 

また、現在の銚子市議会の規定では、会派ごとに議員一人あたり月額3万円の政務活動費が支給される仕組みがありますが、この政務活動費を「年間を通じて全額使い切るほど活発に政治活動を行っている会派」は、現在の銚子市には存在していません

 

ちなみに、お隣の旭市の市議会議員は定数20名で、月額で支給される政務活動費は銚子市より少ないものの、20名中9名が、市から支給される政務活動費を全額使い切っています

 

もしかしたら、市の予算であるため、長年、財政状況が芳しくない状況が続いていた銚子市では、政務活動費を多く返還している議員さんのほうが、市に貢献しているようなポジティブな印象があった可能性は拭えませんが、「限られた予算を有効活用できる能力がどのくらいあるか」は、市の予算の使い方をチェックする議員の資質としては、非常に重要な能力の一つとして挙げられる項目なのではないでしょうか?

 

月に3万円もの予算が市から出ているのなら、やはり、市民としては、その金額を使い切るくらいの政治活動は行って頂きたいと考えてしまいます

 

政務活動費の使い方に問題があることも課題ではありますが、一方で、支給されている政務活動費を余らせてしまうほどの政治活動しか行っていない議員しかいない現状も、市民としては、喜ばしいとは言えないです

 

このような状況では、市民から、繰り返し、議員定数の削減を求める旨の陳情書が提出されているのも、仕方がないとしか言いようがないです

 

そこで、ここからは私の提案です

 

銚子市議会の規定では、陳情書の取り扱いについて、「過去に審議をした陳情と同趣旨のもので、状況の変化がないと認められるもの」については、審議を行わないこととされています

 

そのため、何度、議員定数の削減を求める陳情書を出したとしても、人口が大幅に減少したり、近隣の市長村の議員定数に大きな変化があったりなど、分かりやすい状況の変化がない限りは、この件に関しては、議論が進むことは期待できません

 

しかし、現状の改善が必要であることは明らかです

 

そこで、議員の質の向上と、市民への情報の透明化を進めるため、次のような提案をしてみるのは、どうでしょうか??

 

①宿泊を伴う視察に行った場合は「なぜオンラインでは対応ができなかったのか」を報告書に記載する

 

②2名以上で同じ場所に視察や研修に行く場合は「なぜ複数名で参加する必要があるのか」を報告書に記載する

 

③年間を通じて、会派に支給された政務活動費が余った場合や、政務活動費を受け取っていない場合は、その理由とともに、その年度に行った政治活動についての報告を書面にまとめて提出し、提出された書類は、市のホームページにて公開する

 

以上が私からの提案です

 

もしも、これらの提案を「陳情として提案する意志」を持つ方から、お声掛けを頂いた場合は、私は必ず協力させて頂きます  

 

私は「自分自身がまた選挙に挑戦するかどうか」については、まだ迷っている部分もありますが、市政の情報の透明化は進めていく必要があると強く感じていますし、いまの銚子市議会には、もっと「若い世代のリアルな声」が届くようになっていかなければならないと考えています

 

銚子市議会は、3ヶ月毎に開催される本会議の様子は、Youtubeでの動画配信が行われていますが、議会が閉会されている時期の政治活動については、報酬が支給されているのにも関わらず、議員が市民に対して、その期間の活動報告をする仕組みや義務のようなものが存在しません

 

インターネット上で自主的に活動の報告を行っている議員さんもいらっしゃいますが、インターネット上での発信を全く行なっていない議員さんも、まだまだ多いです

 

もしかしたら、インターネット上での情報共有は、必要ないと考えている議員さんもいらっしゃるのかもしれませんが、その姿勢は、多額の税金や社会保険料を納めながら、月のほとんどの時間を労働に費やしている現役世代に対して、あまりにも失礼な態度ではありませんか?

 

18名もの活動状況をアナログな方法のみで情報収集できるほど時間に余裕のある現役世代は、ほぼいないと思いますし、時間に余裕のある人であっても、本当に熱心な方々以外にとっては、インターネットを使わずに、各議員の動向を調べることは、不可能に近いくらい難しいことなのではないでしょうか?

 

議会での一般質問の内容をまとめた「議会だより」は発行されていますが、議会が開かれている時期よりも、議会が開かれていない時期のほうが長いため、本当に大事なのは、議会の閉会中の時間の使い方なのではないでしょうか?

 

「議員定数の削減」が可決されない理由も、詳しくは明かされていませんが、現在の議員活動の質が高いとは言い切れないからこそ、減らすことに賛成できない議員さんが多いのではないでしょうか?

 

将来の人口減少に備え、少しずつでも、議員定数削減についての議論を進めていくためにも、まずは、18名も市議会議員がいることの効果を、市民が少しでも感じられる街にしていくことが、建設的な一歩に繋がるのではないかと、個人的には思っています

 

そして、宿泊を伴う視察について、私が懐疑的な姿勢を表明しているのは、「市議会議員になったら、宿泊を伴う視察にも行かなければならない」というイメージがついてしまうと、まだ幼い子どもがいる世代の方々が、立候補をすることを、さらに躊躇ってしまう恐れがあると感じるからです

 

人によって、子育て環境や価値観は異なるとは思いますが、少なくとも、4歳の息子と暮らす現在の私は「宿泊を伴う視察がある職業」を躊躇いなく選択することはできません

 

もちろん、ライフスタイルによって、できることと、できないことがあるのは、仕方のないことです

 

そのため、家庭の状況が落ち着いていて、宿泊を伴う視察に、積極的に行くことができる議員さんには、いま以上に、活発に視察に行って、知見をさらに広げてほしいとも、私は思っています

 

ただし、市民が納めた税金を活用した視察の中で学んだことは、一緒に同行した議員のみで共有するのではなく、ほかの議員はもちろん、市民にも広く情報の共有を行って頂きたいです

 

また、情報の透明化が難しい場合は、せめて、その理由だけでも、説明すべきことのように私は感じてしまいます

 

ちなみに、先程の長野県佐久市での視察に関しては、普段からSNSの更新を頻繁に行っている議員さんが多く参加しているのにも関わらず、インターネット上での報告を行っている議員さんが一人もいません

少なくとも、このブログを書いている時点の私の目には、その情報が届いてない状況です

いつもは積極的な発信をしている方々が、あえて発信をしていない様子をみると「もしかして、この視察は、市民にはあまり知られたくない情報なのかな?」と疑いたくなってしまいます

 

そして、過剰な人数で視察に行っていることに関しては、「税金の無駄遣い」であるという視点からも肯定的に捉えることが難しい行動ではありますが、現役の議員さんたちに「役割分担をして仕事をする」という視点が欠けすぎている点も、市民が問題提起をしていかなければならない部分だと私は感じています

 

市のホームページでは、会派ごとに、政務活動費の内訳を報告した書類が公開されており、こちらの資料を読むと、宿泊を伴う視察があった場合は、参加した議員全員が、きちんと報告書を提出していることが確認できます

しかし、報告書の内容については、ほかの議員からの報告と重複した内容が含まれている記載が多く、「役割分担」をした様子が全く窺えません

 

「なぜ、報告書に役割分担が必要なのか」というと、「複数名で視察に行く」ということは、一人だけで視察に行くときよりも、必要となる税金の額が大きくなるため、「議員一人だけの能力では達成できなかったほどの質の高い結果」が求められるようになって然るべきだと、市民としては、考えてしまうからです

複数名で行くことの分かりやすいメリットは、一人では見落としてしまうかもしれないことを、見落とさずに済む可能性が高くなることや、より広い視点で物事を見ることができるようになること、そして「役割分担」をすることができるようになることです

 

しかし、現状の報告書をみる限り、報告書の質を上げるために、役割分担をした様子は全くなく、似たような内容の報告書が人数分提出されているだけになっています

これでは、報告書を読む「市長」と「市民」の負担が増えただけで、誰の得にもなっていません

一人ではなく、複数名で視察に行った効果は、一体どこに現れているのでしょうか?

 

また、報告書に記載されている文章が「独特な表現」になってしまっている議員さんが多いことも、私としては、議員の質を疑いたくなってしまうポイントです

 

福祉や医療の仕事を経験してきた私としては、記録を書くときは、可能な限り「客観的な記録」になるように心掛けることと、「主観」を書く場合は、それが主観であることが伝わる書き方になるようすることは、「仕事の基本」として、学生の頃から厳しく指導されてきたことであるため、「客観」と「主観」が混同する議員さんたちの報告書の文章に、強い違和感を抱いてしまいます

SNSやブログの文章で、客観と主観が混ざることは、それほど悪くないことだと思いますし、結果的に、読者から「親しみやすい」というポジティブな印象を抱いてもらえる可能性もあります

しかし、公的な記録で、主観と客観の区別がついていない表現を多用することは、「文章作成のための基本的な知識がないこと」を疑われてしまう上に、「公的な文書に対する意識の低さ」も露見してしまいます

また、主観と客観が混同することで、内容面においても「分かりにくさ」や「読みにくさ」にも繋がり、報告書の質も著しく低下してしまいます

「議員本人」にとっても、報告書を読む「市長」や「市民」にとっても、報告書における「文章表現」が不適切であることは、デメリットしかないように感じてしまうのですが、私が厳しい目で報告書を読み過ぎているだけなのでしょうか?

 

各会派の政務活動費の報告は、こちらのページで確認できます

https://www.city.choshi.chiba.jp/gikai/page190003.html

 

もしかしたら、私が著しく厳しい見方をしているだけの可能性もありますので、是非、ご自身の目で「貴重な税金がどのように使われているのか」を確かめて頂くことを強くおすすめ致します

 

 

【最後に】

 

今回の「陳情書の提出」を通して、政治家は「嫌われ者の役割」を全うしなければならない側面がある職業であることを改めて認識するとともに、「自分には『その役割を担う覚悟』があるのだろうか」という部分と向き合う瞬間が、私は何度もありました

 

選挙期間中は、出馬前に想定していたよりも、多くの方々が、私の出馬を歓迎し、期待してくださったことから、「やっぱり嫌われるのは怖い!」、「自分の意見を伝える前の私にポジティブな印象を持ってくださった方々からの好感度を激的に下げる行動はしたくない。。。」という想いがムクムクと心の中で芽生えてしまった部分があり、自分とは対立する考えを持つ人も多くいるであろう課題に対しては、「自分の意見を伝える勇気」を持つことが、私はできなくなってしまいました

 

「この街で『問題児だった過去』がある私だからこそ、世間からの評価なんて気にせず、『キラワレモノ役』を躊躇いなくできるはず!」と、、、

誰よりも私が、自分自身に大きな期待を寄せていたのにも関わらず、その期待に応えることが、私にはできませんでした

 

そして、今回の陳情書の作成の際も、私の心は何度も揺れていました(> <)

 

「こんなことを書いたら、怖い人だと思われるかな」

「余計なことばかりする人間だと、陰口を叩かれるかもしれない」

「自分だって、完璧な人間ではないのに、誰かの怠慢を責めるなんて、おこがましい」

 

陳情書を作っている最中も、提出までの期間も、予想される私に対しての批判的な意見が頭の中に浮かぶ度に、心が揺れ、「やっぱり、こういう活動を続けていくことは、控えようかな」と踵を返したくなってしまうことがありました

また、選挙に出たことをきっかけに、多くの方々に興味を持って頂ける機会に恵まれたのにも関わらず、「私なんかが行動しなくても、社会を良くしてくれる人は、きっといるはず」と根拠のない励ましを心の中で唱え、「政治的な活動とは距離を置き続ける」という選択をしてしまいたくなる瞬間も、何度もありました

 

「生まれ育ったこの街で、数少ない大好きな人々と、穏やかに、日々の小さな幸せを大切にしながら生きていくだけで、私は、もう既に幸せではないか。。。」 

 

そんな考えが何度も頭に浮かびました

 

 

でも、、、

 

「自分にならできること」があるかもしれないのに、それをしないで生きていて、、、

 

そのまま10年の時が経ったとき

 

「私は、この街と、自分のことを『心から好きだ』と言い続けられるだろうか」

 

最低賃金を下回る求人が何年も市のホームページに掲載され続けているのに、私も放置し続けていたし、明らかに問題であるはずのことなのに、誰も注意しない。。。

 

そんな街のままで、本当に、いいのだろうか?

 

誰かが声をあげなければ、なにも変わらないまま時間だけが進んでしまうこともある。。。

 

もうこれ以上、なにも変わらないままなのは、多分、私が嫌なのかもしれない。。。

 

できることなら、誰からも、嫌われず、波風を立てずに生きていきたいです

 

でも、誰かが、嫌われ者役を引き受けなければ、前に進めないこともあります

 

今回の「陳情書の提出」と「このブログの投稿」は、私が全力で「キラワレモノ」になることを選んだ証でもあります

 

そして、これからも私は、恐らく、このブログで綴ったことと同じような迷いや似たような葛藤を、何度も経験していくのだと思います

 

ときには「出過ぎた真似をしている」と思われることもあるかもしれませんし、実際、そうなのかもしれません

 

でも、それでもいい!!

 

たとえ特定の誰かから嫌われることになったとしても、「誰かが言わなければ前に進まないことを、言葉にして伝えていく人」を私はやりきりたい!

 

自分の心の声と違う行動をすることは、私の得意分野ではありません

 

それに、これまでだって、ずっと、誰かに殴られたり、罵られたり、笑われたり、悪口を言いふらされたりしても、自分の想いを大切にし続ける生き方を貫いてきたのだから、私になら、それができるはずです(⁠*⁠˘⁠︶⁠˘⁠*⁠)⁠.⁠。⁠*⁠♡

 

今回の陳情は、その覚悟を自分に刻み込むきっかけになりました

 

そして、私が迷いながらも、前に進むことができたのは、多くの方々の支えがあったからこそです

 

ご協力頂いた皆様と、日頃から、こんな私のことを温かく見守ってくださっている皆様には、本当に心から感謝申し上げます

 

現在の私の政治的な活動は、仕事と育児や家事、地域活動の隙間時間で行っているものになるため、多くのことに取り組むことは難しく、また、進捗もゆっくりではありますが、引き続き、私の手の届く範囲のことに真摯に向き合っていきたいと考えいます

 

また時間を見つけてご報告します!!

 

最期まで読んでくださり、本当にありがとうございました🍀

 

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著者

加瀬 さやか

加瀬 さやか

選挙 銚子市議会議員補欠選挙 (2025/04/27) 3,125 票
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銚子市議会議員選挙

肩書 会社員
党派・会派 無所属
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