2026/9/11
先日、JPFP(国際人口問題議員懇談会)のプロジェクトチームで、韓国における性教育に関する視察に行きました。
韓国では、教育課程内で年間15時間の性教育を行うこととされており、N番部屋事件など、非常にセンセーショナルな性犯罪があったことなどを背景に、性教育への意識が高まっています。
また、学校内だけでなく、行政が設置・支援する「青少年性文化センター」が各地にあり、若い世代が立ち寄り易い雰囲気の中で、年齢に応じた教育が受けられるようになっています。
デジタル性犯罪が深刻化する中、いかに低年齢のうちから正しい知識を伝えられるかが焦点になっているというお話も伺いました。
ただ、教育課程の時間の中で、全国で均質な教育がなされているかというとそうでもないようで、学校ごとのばらつきが課題とのこと。
暗黙の了解の中で「この言葉は使わない」といった制約もあるという話も聞き、その点では日本の「はどめ規定」と通じるものもあると感じました。
また、いわゆるフェミニズムバックラッシュも近年激しくなり、「性」というワード自体の扱いに、相当慎重になっている空気感も感じ取れました。性被害を受けた女性が声を上げたことも密接に関わって性教育が進んできた中で、性教育が「フェミニスト」の活動と捉えられないよう苦慮している印象を受けました。
(なお、性被害は男の子も受けるので、性教育は男女共に必要と私は考えています)
こうしたバックラッシュの背景の一つには、韓国の若い世代が激しい学歴社会、競争社会に晒されている点があると指摘されています。
わずかな内申点の差を競い合い、苛烈な競争の中でより良い就職先を求める若者にとって、1年半〜2年近くに及ぶ兵役はものすごくビハインドで、男性は不利益を被っている、逆差別だという意識が働きやすいのではないか?と。
一方、日本以上に性別役割分担意識は強く、ケア負担の不均衡や男女間賃金格差は大きく、構造で見れば女性優遇とは言い難いわけですが、そうした中で男女共に「合理的」な選択として非婚化や晩婚化が進み、それも日本以上に厳しい少子化の背景の一つになっています。
日本の若者施策においては「生きづらさ」という言葉がよく使われます。韓国の若者のしんどさは生きづらさというより「息苦しさ」に近いなと。不登校問題などは語られにくく、前面に出てこない印象です。
日本の若者の「生きづらさ」は成長しない社会特有の閉塞感が根底にあるのかもしれないと思うと、暗澹とした気持ちにもなりますが、しかし、生きづらいと言い出せるだけ、まだ良いのかもしれないとも思います。
また、韓国は二大政党制で政権交代も起きやすく、ドラスティックに政策が転換する一方、揺り戻しも大きいとのこと。これは、良く言えば安定している、悪く言えば変化が遅い日本との大きな違いだと感じました。
性教育は、いわゆる性行為に関する教育だけでなく、それぞれの身体には自己決定権がある、ということを教えることが最も大切なことだと私は考えています。
自分にも相手にも自己決定権があるから、尊重しようねと。
そこがちゃんとできれば遠回りでも、子どもが性被害に遭うことを減らしていけるのではないかと。
ただ、同時に、性行為の正しい知識も必要です。「寝た子を起こす」どころか、子どもたちはネットの海の中で、とっくに起きているからです。
はどめ規定の廃止に取り組みつつ、「生命(いのち)の安全教育」という枠組みを生かしながら実施率を上げていくことを両輪で進めていきたいと思います。
#国民民主党 #小林さやか




この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>小林 さやか (コバヤシ サヤカ)>先日、JPFP(国際人口問題議員懇談会)のプロジェクトチームで、韓国における性教育に関する視察...