2024/8/15
終戦記念日にあたり、石垣市との親善都市提携の秘話を動画にしてみました。
これは秘書課長時代に作った「職員出前講座」をベースにしたもので、経済団体やボーイスカウトが石垣に旅立つ前にお伝えした内容をベースにしています。
第一部は、開戦から終戦、アメリカ統治下の生活です。
他国に統治されると、自分の国の未来を決めることができなくなります。
簡単に言えば、払った税金の使い道を決めることもできなくなります。
沖縄を訪れる前に事実を捉え、敬意を持って訪問することが大切だと考えています。
第二部は、岡崎市との親善都市提携から本土復帰。
市役所の書庫にある公文書をそのまま撮影しました。
この公文書は、提携50周年の「石垣展」のメイン展示として無料で公開したものです。
第三部は、今も続く親善都市交流の意義を動画で表しました。
家康行列の前座でやってくるオープンカー車列のルーツは、アメリカ統治下の石垣市をお迎えした時の歓迎パレードにありました。
日本民族が分割され、他国の支配下にあったこと。
そして、信念を持って親善都市提携を進めたのが岡崎市だったことを、忘れてはならないと思っています。
最後に、石垣市域の海は外国籍の軍艦が航行するなど、緊張状態にあります。
平成30年の夏、石垣市の中山市長は自衛隊基地の受け入れを了解。
そのことが刺激したらしく「石垣市との親善都市提携を即刻破棄せよ」との激しい抗議が代表電話に入りました。
当時は僕は秘書課の副課長だったので、その抗議電話を回してもらいました。可哀想なことに、電話交換手は相当怯えています。録音しながら相手の身分確認をしますが、なかなか口を割りません。脅迫や業務妨害に該当させようと誘導しますが、相手はプロ市民のようで、罠に気付いてしまいます。
そこで作戦を切り替え、親善都市提携の歴史を語り、戦争の悲惨さを伝える大切な財産だということを、正面から訴えかけました。
言葉尻を捉えてきたり、ややこしい場面もありましたが、最後は「親善都市提携のこと、これからも応援してくれますよね?」という問いに「応援はします」と言ってもらえる関係まで3時間かけて漕ぎ着けました。
あれから抗議電話はかかってこないので、反対運動の心配なく交流を続けられることになりました。ただ、コロナ時代に突入したため事業が中止に。今はコロナも収束し、相互訪問が復活しつつあります。
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カミヤ シゲキ/56歳/男
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