2026/1/10

伊勢出身の参政党京都2区(左京区、山科区、東山区)のこまつ広明です。
1月4日は、約40年ぶりに内宮の別宮「瀧原宮(たきはらのみや)」に行ってきました。
以前に行ったのが3歳の頃らしいので、ほぼ記憶にないのですが、とても素晴らしい神社でした。
瀧原宮は遥宮(とおのみや)とも呼ばれていて、内宮から離れている三重県大紀町(たいきちょう)にあります。
私の実家がある伊勢市二見町から出発し、道中は伊勢茶の産地で有名な度会町(わたらいちょう)を通り、車窓からは美しい三重県の景色を堪能できました。


むかし、日本には天照大御神(あまてらすおおみかみ)という、太陽の神さまがいました。天照大御神は、日本の神話の中で天皇の祖先神として語られています。
この神さまを、どこでおまつりするのがいちばんよいのか、その大切な役目をになったのが、倭姫命(やまとひめのみこと)です。
むかし、倭姫命は天照大御神をお祀りするのにふさわしい場所を探すため、笠縫邑(奈良) →伊賀(三重)→近江(滋賀)→美濃(岐阜)→尾張(愛知)→ 瀧原の地 → 伊勢と山や川を越え、日本各地を旅しました。
※これは『古事記』『日本書紀』に基づく伝承です。
『古事記』や『日本書紀』には、この「神さまの場所探しの旅」が記されています。
旅の途中、倭姫命は深い森に囲まれ、清らかな水が流れる地にたどり着きます。その場所が、今の瀧原宮のあるところだと伝えられています。
倭姫命はここで、「この地には神さまが宿る」と感じ、天照大御神をおまつりしました。こうして瀧原宮は、神話の時代から続く聖地となりました。
その後、倭姫命はさらに旅を続け、神のお告げによって、現在の伊勢神宮の場所を定め、天照大御神を内宮に祀ることになります。
そのため、瀧原宮は内宮と同じ神さまをまつる別宮(べつぐう)として、今も大切に守られています。
瀧原宮は内宮と同じ天照大御神が祀ってあるだけではなく、
・内宮の五十鈴川と同じように、参道の右側に流れる清流の頓登川(とんどがわ)が御手洗場となっており、川の水で手を清めてから参拝する
・樹齢数百年以上の巨木に囲まれた長い参道があり、内宮に足を踏み入れたときのような、厳かで清廉な空気感に包まれている
などの共通点がありました。

お参りする順番は
①瀧原宮
②瀧原竝宮
③若宮神社
④長由介神社(川島神社)
です。


参道には、根元から左回りの螺旋を描きながら伸びている「ねじれ杉」があり、とても神秘的でした。


2026年は十干の「丙(ひのえ)」と十二支の「午(うま)」が共に火の性質を持つため、太陽のように非常に強い火のエネルギーが重なる非常にパワフルで情熱的な年だと言われています。
まさに太陽神は天照大御神なので、奇しくも新年早々ここで参拝ができてよかったです。
また、今年は伊勢神宮の式年遷宮で使うご用材を曳き運ぶ「お木曳き」があります。
私の実家のある町内は、五十鈴川でご用材を奉曳する「川曳き」を7月にするので、都合をつけて帰省したいと思っています。

古事記を学ぶと神社に行くのが今まで以上に楽しくなったり、曖昧だった皇室のことなど、日本の歴史や文化に対する理解も深まります。ぜひ一緒に学びましょう。
気軽に学べる教材でオススメなのは、
久松文雄 (著)『まんがで読む古事記』(青林堂)

YouTubeチャンネルのTOLAND VLOGの【永久保存版】超!簡単に全てが理解できる〝日本神話〟徹底解説!!
です。
瀧原宮に行く道すがら、気になったのは耕作放棄地などに設置されている太陽光パネルです。
とくに度会町の山林にあった三重県最大級のメガソーラーは衝撃的でした。

過剰な再エネの何が間違いなのかは、2024年7月7日に京橋駅(大阪)で開催された演説頂上決戦「政治に対するなんでやねん!」N-1グランプリに出場した時に取り上げました。
3分29秒で再エネの問題を要約して話していますので、よかったらご視聴ください。
昨年から、三重県にはなんば聖子 県議会議員、神谷明子 伊勢市議会議員、さとうチコ 津市議会議員の参政党議員3名が新たに誕生したので、自然と人が織りなす場所「美(うま)し国(くに)みえ」を守っていく風潮に変わっていくことを願っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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