2026/7/20
こんにちは。関市議会議員の北村隆幸です。 専門は、中間支援センターにて、市民活動や地域づくり、自治会等のコミュニティ支援をしています。
学校とまちの活動に関わっていると、こんな“あるある”に何度も出会います。
「あの熱心な先生がいたから、地域と学校の連携がうまく回っていた。でも、その先生が異動したら、ぜんぶ止まっちゃった」 「地域側も、動けるのはいつも同じ一人。その人が倒れたら終わり」
すごくもったいない。せっかく芽が出たのに、人が代わると途切れてしまう。
子どもは、学校の中だけで育つわけではありません。地域の人、まちの活動、いろんな大人との出会いの中で育っていく。そのことを「学校を核にしたまちづくり」として仕組みにしようというのが、今日のテーマ「地域学校協働活動」です。関市の現状と、私がいま実際にやっていることを、正直に書いてみます。
いちばん伝えたいことから書きます。
学校と地域の連携を、熱心な誰か一人の頑張りに頼るのは、もう限界です。その人がいなくなれば途切れる。残った人には負担が重くのしかかる。
必要なのは、人が代わっても続く「仕組み」です。カギになるのは、地域と学校のあいだに立つ“つなぎ役”、地域学校協働コーディネーターの存在だと私は考えています。
なぜそう思うのか、順番にお話しします。
似ていて紛らわしいのですが、この二つは役割が違います。
コミュニティ・スクール(学校運営協議会)は、地域の人が委員として学校運営に参画し、校長がつくる学校運営の基本方針を承認したり、学校運営や教職員の任用について意見を述べたりできる仕組みです。関市では平成28〜29年に、すべての小中学校に設置されました。ただ私の実感では、関市の運用はまだ“学校が主役で、地域がそれを助ける”段階にとどまっている、というのが正直なところです。
一方の地域学校協働活動は、平成29年の社会教育法改正で法律に位置づけられたもので、地域と学校が目標を共有し、地域全体で子どもの成長を支え、まちづくりにまでつなげていく活動です。学校が助けてもらうだけでなく、地域も学校を通じて元気になる。いわば“両想い”の関係を目指すものです。
私が課題だと感じているのは、関市がまだ前者(学校主導)の段階にとどまっていて、後者(地域と学校の協働)にまで広がりきっていないことです。
ここは、少し正直に書きます。
「関市は地域と学校の連携がうまくいっている」。そう見えてしまうことがあります。でも、関市全体でうまくいっているという認識は、実際には違うと私は感じています。
議会答弁で、市はこう言っていました。「おおむね小学校区にある地域委員会が、地域学校協働本部の役割を担っている」と。関市には法律ができる前から地域委員会があり、学校と一緒にいろんな活動をしてきました。その蓄積は本当に素晴らしい財産です。
実際、良い事例もあります。富野小学校の「本城山登山」には地域の「本城山登山の会」がボランティア参加し、当日は50人以上が一緒に登りました。津保川地区の「武儀・上之保のつどい」では、中学生が司会や伴奏を務めています。
ただ、私は「地域委員会が協働本部を担っている」と言い切るのは、少し言い過ぎだと感じています。実態は、たまたま活動が重なっている、という状態に近い。地域委員会の人たちの多くは、「これが“地域学校協働活動”なんだ」と意識しているわけではありません。熱心な人がいる地域ではうまくいき、いない地域では動かない。つまり、いまの成功は仕組みの成果というより、たまたまなのです。たまたまは、続く保証がありません。
なぜ広がらないのか。現場の“しんどさ”に理由があります。
学校側にとって、地域連携は「誰に頼めばいいか分からない」「時間がかかる」「知らない人を学校に入れるのは少し不安」というハードルがあります。
ここで一つ、大事なことを書きます。意外に思われるかもしれませんが、この固定観念は、実は管理職ほど強いことがあります。校長先生や教頭先生は、学校を、子どもを、そして先生たちを守る立場です。その責任感が強いからこそ、「外の人を入れる」ことに慎重になり、これまでのやり方を変えにくい。守る立場だからこその固定観念が、扉を重くしていることがあるのです。
地域側も同じです。コーディネーター的な役割が一部の人に集中し、負担が重なって悲鳴が上がっている。地域委員会の会長さんも忙しく、いつも積極的に動けるわけではありません。
そして、私がとくに気になっているのが“学校へのハードル”です。地域委員会でもともと学校に関わっている人は、あまり感じないかもしれません。でも、子ども食堂や不登校支援に取り組む市民活動・NPOの人たちにとって、学校の壁はとても高い。
たとえば子ども食堂では、「支援が必要な子をどう見つけるか」が大きな課題です。そこで学校の協力を得られなかった、という声をよく聞きます。もし地域学校協働活動が機能して、情報の共有や居場所への橋渡しができれば、悩んでいる子の選択肢が増える。これは本当に大切なことなんです。
貧困による学びへの影響、日本語がわからない子の増加、発達障がいのある子の増加――学校だけで抱えきれない課題は、確実に増えています。だからこそ、地域と学校が本気で手を組む意味があります。
こうした現状に対して、私はこう変えていきたいと考えています。
一つ目は、各地域の「地域学校協働本部」の立ち上げを、意識的に支援すること。まずはモデルとなる地域を選んで、しっかり支える。たまたまうまくいっている状態から、意図してうまくいく状態へ。
二つ目は、地域と学校をつなぐ「地域学校協働コーディネーター」を、きちんと置くことです。関市ではいま、放課後の学習・体験活動のために16名(放課後まなびクラブ5名、放課後ふれあいクラブ11名)を委嘱しています。でもこれは放課後事業に限った役割で、地域全体をつなぐコーディネーターにはなっていません。
ここで知っておいてほしいのは、お金の見通しです。このコーディネーターの費用には岐阜県の補助金が使えます。しかも、いまの放課後事業のコーディネーターに加えて、地域全体をつなぐコーディネーターにも、この補助金を上乗せして活用することができるのです。財源がないから置けない、という話ではありません。
三つ目、そしてここが今回いちばんの肝です。教育委員会、生涯学習課、市民協働課――この3つの課をつなぐ協議の場をつくり、全体を束ねる「統括コーディネーター」を置くこと。
というのも、いまは学校のことは教育委員会、放課後は生涯学習課、地域委員会は市民協働課、と担当がバラバラです。同じ「学校と地域」の話なのに、うまくつながらない。
このバラバラ感を象徴する事実があります。生涯学習課は、岐阜県が主催する地域学校協働コーディネーターの養成講座の受講を、これまで進めてきました。その結果、すでに9名ほどが講座を受けています。つまり、“つなぐ人”になれる人材は、関市の中にもう育っているのです。ところが、その人たちが力を発揮する場がない。せっかく学んだのに、活躍のステージが用意されていない。とてももったいない状況です。
お隣の郡上市では、行政の中にきちんと推進体制をつくっています。統括コーディネーターの費用も県の補助金から出せます。まずは3課合同の会議からでも、始められるはずです。
ここからは、私自身のいまの取り組みの話です。
実は私は、今、地元の小学校でPTA会長をしています。そのPTAでは、「地域と学校が連携して、地域全体で子どもを育てる」ことを目標に掲げています。まさに、地域学校協働活動そのものです。
でも、市がコーディネーターを置いてくれるのを待っていては、いつになるか分かりません。子どもたちの学校生活は、待ってくれない。
そこで私たちは、市が置かないなら自分たちで、と、PTAとして地域学校協働コーディネーターを置きました。PTA会費の中から、その謝礼の予算もつけました。小さな一歩ですが、「つなぐ人がいると、こんなに変わる」を、身をもって示していきたいと思っています。
もちろん、本来これは一つのPTAが背負い続けるべきものではありません。だからこそ、市の仕組みとして根づかせたい。私の現場での実感が、その必要性を何より物語っていると思っています。
関市には、地域委員会という素晴らしい土台があります。良い事例も、熱心な人も、そして養成講座を受けた“つなげる人材”も、すでにいます。
足りないのは、その力をつなぎ、続けていく仕組みです。人が代わるたびに途切れる善意のリレーに、きちんとバトンを渡す仕組み――コーディネーターと、行政の司令塔――を。
学校は、地域のよりどころになれる。地域は、学校を通じて元気になれる。 子どもを「まちみんな」で育てる。その当たり前を、人任せから仕組みへ。これからも、現場から提案し続けます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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ホーム>政党・政治家>北村 たかゆき (キタムラ タカユキ)>子どもは「まちみんな」で育てられる ― 地域学校協働活動を、人任せにしないために