2024/4/10

1970年から80年以降ですね、日本人が豊かになってそれでえアメリカ的になろうなろうとしたわけです。アメリカは優れているんだと。だから日本の制度をアメリカの制度にしたらいいんだと。まこういうことを言うような主に経済学者とか、政府の人とか学校の先生もそうでしたね。それから会社の社長もちろんそうなんですよ。それはそれが日本人のためになるとか日本人の幸福になるということを考えてたわけじゃなくて、自分の儲けになるっていうことですね。この方の悩みは、やっぱり僕は非常によく分かるわけですよ。とにかく現在の日本の会社はですねえ、日本人の時間人生の時間を金で買ってやるぞっていう姿勢なんですよ。
少しずつこれは日本全体としてね私が、誠実革命っていうのやろうとしてるし、いろんな点でですね人を中心としたやっぱり社会というものを作ってかなきゃいけない。何を目的に、悪い悪い会社社長ですけど従業員を痛めつけたりするんでしょうか。それでその根元がこの前ちょうど静岡県知事が新入の県庁職員に訓示をした時の一部が非常に大きく問題になりましたね。その理由をちょっと説明したいと思う。「県庁というのは別の言葉で話せばシンクタンクです。シンクタンクってのはま頭脳集団で仕事をするところですね。毎日野菜を売ったり牛の世話をしたりするのとは違って基本的に皆さんは知的が高い方たちです。」という風に発言したこれが職業別視というかですね職業区別、差別ということで問題にになりましたねえその結果はまどうでもいいんですけどその発言の中に2つ意味があります。1つ目の意味は、知識人とかですね、猛烈に知識人が反対しました。知事は職業を2つに分けるのか。まこういう感じですね。つまりこの猛烈な批判をする知識人から知的な知性が高い方の方が偉いという非常に強い固定観念を感じました。2つ目は野菜を売ったり牛の世話をする人は確かに知性はあまりいらないかもしれませんがしかし仕事の重要性は知性と関係があるんですかと。野菜を売る人は県庁の人よりか、知性というか知識は使わないかもしれませんね。だけどその代わりに愛情とかですね。それからお客さんに対するいろんな配慮ってのをしてますね。牛の世話これは牛の世話はねやっぱ相手が生き物ですからえ今日の牛の調子はどうか毛並みはどうか考えながらやってるんですよね。牛の場合はねやがて、肉牛なんかの場合は屠殺しなきゃなんない。その悲しみも自分でこう含みながらねやってるわけですから。それは本当に深い人間性ってのが必要なわけです。私はこの知事の発言を聞いてあの職業差別とは実は思わなかったんですよ。職業によって人間に求められるものが違うし。それからね、ものすごく野球がうまくてアメリカでMVPを取るような人もいるし、オリンピックで金メダルを取る人がいるし、まあ小学校で走ったら徒競走が1番遅いなんていうのもいるし。だからどうってことはないんじゃないか。僕はもう基本的にその考えが生涯の今でもテーマなんです。
大きな会社の会長も母子家庭のお母さんもできれば給料は同じがいいんじゃないかと言ってんのはせいぜい差があっても2倍までだと。できるだけ年功序列がいいと言ってる私の思想はそこにあるんですね。その点では知性がある方が優れた仕事ができるとか、一生懸命新鮮な野菜を売ったり牛の世話をする人がより知性のある人間より劣ってるという概念があってそれが、いわゆる有名人とかマスコミとかそういう人に染み通ってて、そしてこの文章、知事の文章に対する攻撃になったんじゃないか。僕は知事の人もこういった知事の人もあんまり評価しませんよ。良いって言ってんじゃないんですよ。ただ我々はですね、能力によって待遇に差をつけるべきだというような前提があるんじゃないか。この知事さんの発言批判した人の心の中に知性が高い人の方が人間として偉いんだというような間違った心があるんではないかとまあこういういう風に思います。
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ホーム>政党・政治家>中村 ひとし (ナカムラ ヒトシ)>沈思黙考(1)「人生と仕事」