2026/5/19
5月5日は呉市広地区にあった広海軍工廠や第11海軍航空廠で働き、81年前の空襲などで亡くなった方々の追悼式が船津八幡神社境内にある工僚神社で行われました。
広高等女学校から工廠に学徒動員された福岡都喜子さんのお話も聞かせていただきました。
犠牲になった皆さま、ご遺族の皆さまの深い悲しみを想うと、哀悼痛惜の念に堪えません。
戦後ずっと続いてきた慰霊の営みも、ご遺族や戦争体験者の皆様の高齢化が進み、やむなく休止の時期を迎えました。しかし、「この悲劇を風化させてはならない」という強い使命感のもと、広郷土史研究会の皆様をはじめとする地域の方々が立ち上がり、2018年5月5日に慰霊祭が復活を遂げました。
この悲惨な記憶を受け継いでいくために並々ならぬご尽力をいただいております皆様に、心より敬意と感謝を申し上げます。
私たちが今日享受している平和は、あの凄惨な戦争で犠牲となられた方々の尊い命の上に成り立っています。この地で起きた悲しい歴史と平和の尊さを、次の世代へと語り継いでいく使命があることを心にとどめ、犠牲となられた皆さまの御霊が、この広の地で安らかに鎮まられますよう心よりお祈り申し上げます。










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