2026/7/3
2023年4月23日、世田谷区長選挙の投開票が行われました。
私は、147,361票をいただきました。
しかし、結果は落選でした。
あの日から、私の中でずっと続いている問いがあります。
落選した候補者にとって、いただいた票とは何なのか。
そして、もう一度世田谷区政に挑むのであれば、何を見つめ直すべきなのか。
前回の選挙で、私は財務省を辞め、世田谷区政を変えたいという思いで挑戦しました。
多くの方に支えていただきました。
街頭で声をかけていただきました。
チラシを受け取っていただきました。
そして、147,361票という大きな期待を託していただきました。
それでも、届きませんでした。
当時の記事でも、現職区長との差は39,192票だったと紹介されています。決して小さな挑戦ではありませんでしたが、選挙は勝たなければ政策を実行することはできません。届かなかった責任は、すべて私にあります。
落選後、すぐに前向きな言葉を発信することはできませんでした。
悔しさもありました。
応援してくださった方々への申し訳なさもありました。
自分の力不足も痛感しました。
そして、もう一つ、現実的な問題もありました。
生活を立て直さなければならない、ということです。
選挙が終わると、肩書きはなくなります。
選挙中の熱気もなくなります。
当然ですが、日々の生活は続きます。
私は財務省を辞めて選挙に出ました。
選挙には私財も投じました。
だから、落選後はまず、自分自身の生活をどう立て直すかというところから始まりました。
その中で、私はUber Eats や出前館の配達員もしました。
当時の記事でも、落選後に辻立ちやミニ集会、SNS発信を続けながら、生活のために仕事へ復帰し、Uber Eats などの配達員も始めたことが紹介されています。
https://reiwa-kawaraban.com/politics/20230517/
自転車で世田谷の街を走り、料理を受け取り、届け先に向かう。
雨の日も、暑い日も、寒い日もありました。
三軒茶屋、太子堂、下北沢、経堂、千歳烏山、用賀、二子玉川、成城、祖師谷。
世田谷は一つの区でありながら、地域ごとにまったく表情が違います。
坂の多い地域があります。
細い道が続く住宅街があります。
商店街があります。
マンションが並ぶ地域があります。
高齢の方が多い地域があります。
子育て世帯が多い地域があります。
政治活動で街を歩く時とは、見え方が違いました。
政治家として演説するのではなく、配達員として街を走る。
区民の方に何かを訴えるのではなく、注文された食事を届ける。
その時間は、私にとって世田谷をもう一度、生活者の目線から見直す時間でした。
配達の仕事をしていると、さまざまな生活の場面が見えてきます。
夜遅くまで働いている方がいる。
小さなお子さんを抱えながら食事を頼む家庭がある。
外に出ることが難しく、配達を頼む高齢の方がいる。
飲食店の方々が、物価高や人手不足の中で営業を続けている。
そして何より、働いてお金を稼ぐことの大変さを、改めて身にしみて感じました。
一件一件、配達を積み重ねる。
天気が悪ければ大変です。
体調を崩せば働けません。
時間を使っても、思うように稼げるとは限りません。
配達の仕事について、フリーランスの実態を知らずに政策は作れない、机上の空論に終わらせたくない、と思い自らその場に身を置いたのです。
これは、決して特別な話ではありません。
世田谷にも、毎日そうやって働き、家計を支え、生活を守っている方がたくさんいます。
前回の選挙で、私は住民税減税そのものまでは訴えていませんでした。
当時訴えていたのは、増税に反対すること、区民負担をむやみに増やさないこと、所得制限を撤廃して子育て支援を必要な家庭に届けることでした。
しかし、落選後に生活を立て直す時間を経験し、配達員として世田谷を走り、働いて生活を支える大変さを改めて感じる中で、私の考えはより明確になりました。
税金は、どこか遠くにある数字ではありません。
毎日の生活の中から出ていくお金です。
食費、家賃、光熱費、交通費、教育費、介護費。
そうした支出と同じように、税金も家計にのしかかっています。
だからこそ、行政は「必要だから取る」という発想だけではいけないと思います。
区民の暮らしが厳しい時に、税金の使い方を見直す。
優先順位をつけ直す。
本当に必要な福祉、医療、介護、子育て、防災にはしっかりお金を回す。
そのうえで、区民の手元に残るお金を増やす。
今、私は、住民税減税と福祉の充実は両立できると考えています。
これは、前回の選挙で訴えた「区民負担をむやみに増やさない」という考えを、落選後の生活再建期と、この3年2か月の区政研究を経て、より具体的に深めたものです。
生活を立て直す時間は、私にとって楽なものではありませんでした。
しかし、今振り返ると、必要な時間だったとも思います。
肩書きがない時に、何をするのか。
注目されていない時に、地域と向き合えるのか。
生活を立て直しながら、それでも政治への思いを持ち続けられるのか。
政治家を目指す者にとって、本当に問われるのは、そういう時間なのだと思います。
147,361票は、私にとって過去の数字ではありません。
今も背負っている数字です。
あの日、内藤ゆうやに一票を託してくださった方。
別の候補に投票したけれど、世田谷をもっと良くしたいと願っていた方。
政治にはあまり期待していないけれど、日々の暮らしに不安を感じている方。
そうした一人ひとりの声に、もう一度、正面から向き合いたいと思っています。
私は、落選後の時間を「空白期間」にはしたくありません。
生活を立て直し、世田谷を走り、地域を歩き、区政を調べ直し、自分の政策を磨き直す。
この3年2か月は、そのための時間でした。
選挙の時だけ現れるのではなく、日々の暮らしの中から政治を考える。
上から語るのではなく、生活者の実感から政策を組み立てる。
言葉だけではなく、行動で示す。
その原点に戻って、再び活動を始めます。
147,361票をいただいた日から、私の責任は続いています。
その責任に、これからの行動で答えていきます。
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ナイトウ ユウヤ/32歳/男
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