2026/3/6
みなさん、こんにちは。
三鷹市議会議員 日本維新の会の中泉きよしです。
去る3月4日に行われた、三鷹市議会令和8年第1回定例会において予算代表質疑を行いました。
〝予算に関すること”は、
「不登校出現率の激減が「コミュニティ・スクールを基盤とした小・中一貫教育制度の成果」だったのか、強い疑義が呈されている今、同制度を導入して20周年に当たり、その検証予算を計上することを検討されませんか。」
なのですが、時間のほとんどは、「三鷹市長の目に余る議会軽視」に対する抗議です。
昨日より、市議会ホームページで、その様子が録画配信されていますので、ぜひご視聴いただき、皆様の声をお聞かせください。
三鷹市議会インターネット中継-録画中継 (配信は、次回定例会の開会する5月下旬までの予定)
また、抗議の中で言及している2月25日に行った「市政に関する一般質問」の配信サイトはこちらです。併せてご視聴いただけましたら幸いです。
三鷹市議会インターネット中継-録画中継 (同上)
どちらも早送りが出来ますので、ご利用ください。
市民からは、「不登校出現率が不自然に急減したことに対する教育委員会や学校の不適切な統計操作」に関する複数の情報が寄せられています。
「不登校出現率の激減は、三鷹市のコミュニティ・スクールを基盤とした小・中一貫教育の成果だ」と繰り返してきた教育委員会に対する疑義については、
「当時、適切な支援を受ける機会を奪われた懸念の大きい子どもたち」のためにも、
「子どもたちに寄り添う機会を奪われ、強い悔恨の念を持つ教員たち」のためにも、
今後も問い続けます。
では、予算代表質疑の原稿を以下に掲載します。
令和8年度予算案に対する代表質疑
日本維新の会の中泉きよしです。よろしくお願いします。
本日は、作家・村上春樹氏の言葉を引用しつつ、本論に繋げます。
2009年1月、村上春樹は、エルサレム賞 を受賞しました。
その直前、イスラエルによるガザ侵攻が行われ、多数の民間人が犠牲となり、国際社会は緊張に包まれていました。
イスラエルへの抗議のため、受賞式のボイコットを求める声もあがる中、彼は、あえて、エルサレムに赴き、のちに、「壁と卵」と呼ばれるスピーチを英語で行いました。
その一部を紹介します。
高くて硬い壁と、壁にぶつかって割れてしまう卵があるとしたら、私は常に卵の側に立ちます。
壁がどんなに正しく、その卵がどんなに間違っていようとも、私は常に卵の側に立ちます。
私たちは皆それぞれ、多かれ少なかれ、卵です。
皆、薄くてもろい殻に覆われた、たった一つのかけがえのない魂(たましい)です。
私たちは、程度の差はあれ、皆、高く硬い壁に直面しているのです。
この壁には名前があります。
“システム”です。
"システム"が、我々を食い物にすることを許してはなりません。
"システム"が、私たちを作ったのではありません。
私たちが"システム"を作ったのです。
システムが暴走し、人間を殺すことがある。
そのとき私たちは、魂と魂を結びつけなければならない。
引用はここまでです。
国家や権力が正しさを語るとき、制度が成果を語るとき、そこに取り残されるものがあり、こぼれ落ちてしまうものがある。
彼は、それを「卵」と呼びました。
村上春樹は、その言葉をイスラエルへの非難だけにとどめませんでした。
世界のあらゆるところで、「高くて硬い壁と、壁にぶつかって割れてしまう卵」があり、個人の尊厳よりもシステムが優先されることに、強い警鐘を鳴らしたのです。
先日の一般質問で、私が、「三鷹市の不登校出現率の極端な低さは、適切な統計結果だったのか」、第三者検証を求めたのに対し、市側は、相も変わらず「適切だった」 「再検証を行う意思はない」と繰り返しました。
その答弁を聞いたときに、脳裏に浮かんだのが、この「壁と卵」です。
三鷹市における“壁 = システム”とは何でしょう。
学校でしょうか?
教育委員会でしょうか?
「三鷹市のコミュニティ・スクールを基盤とした小・中一貫教育」という制度でしょうか。
それとも、「行政の無謬性」という意識そのもの…なのか。
一方、“卵”とは誰でしょう。
それは、統計で数字に変換される前の、ひとりひとりの子どもたちです。
制度は、人のためにあります。
人が、制度のために存在するのではありません。
壁がどれほど整っていても、 卵が傷ついていないかを確かめる。
それは、政治や教育に携わる者の基本であると、私は信じます。
3日後の3月7日、三鷹市議会の先輩であった伊沢けい子さんが逝去されて、一周忌となります。
彼女は、常に「弱い卵」の側に立ちました。
彼女と私は、政治的主張が異なることはありましたが、その政治姿勢には、今も深い敬意を抱いています。
三鷹の市政も教育も、「弱い卵」に寄り添うものであってほしいと強く望みます。
さて、先日の一般質問への答弁態度に対し、もう一点、申し上げなければならないことがあります。
少々覚悟が必要な発言ですが、端的に申し上げましょう。
私の一般質問に対する市長答弁の姿勢については、率直に申し上げて、極め遺憾でした。
都合の悪い質問、気に入らない質問には「答えない」と強弁する。
そこで、私が、三鷹市自治基本条例との整合性を再質問で厳しく問うと、論点を外した、長い答弁。
原稿なし、熟慮なしの発言だから、周囲もコントロールできない。
そのおかげで、ほか議員との質疑では、羽沢小学校に止水板が取り付けられることになったのは、福音ではありますが、やはり執行機関の長が執るべき態度ではありません。
定例会 開会の一週間も前に、議長を通じて質問を通告しているのは、市長が、質問の好き嫌いを選り分けるためではありません。
議会からの質問通告制度は、行政が責任ある答弁をするため、ひいては、二元代表制を意義あるものにするために設けられたルールです。
三鷹市自治基本条例は、市議会が「市政を監視 及び けん制を行う」との責務を明記しています。
従来の答弁に納得できなかったり、新たな事実が判明すれば、繰り返し問うのは、三鷹市議会の一員としての責務です。
「以前答えたから答えない」という態度は、議会軽視の最たる態度、そのものです。
私は、昨年の予算代表質疑で、『広報みたか』への予算のフライング掲載を、「議会軽視」だと強く抗議し、市長は反省の弁を述べました。
しかし、市長の議会軽視の姿勢は、むしろ、三鷹市政 執行部全体に構造化され、「壁」として強化されていると懸念します。
私自身が、その「壁」にぶつかって壊れてしまう卵かもしれないが、議会軽視という「壁」を可視化するために、この壇上から、改めて抗議します。
与えられた時間も尽きようとしていますので、一問だけ、市長に問います。
不登校出現率の激減が「コミュニティ・スクールを基盤とした小・中一貫教育制度の成果」だったのか、強い疑義が呈されている今、同制度を導入して20周年に当たり、その検証予算を計上することを検討されませんか。
不都合な質問であろうが、繰り返される質問であろうが、答弁拒否をしたり、「付け足し程度の質問ではないか」などと揶揄したりせず、誠実な答弁を強く要望します。
必要であれば、自席から再質問をします。
以上
はじめて務める「予算審査特別委員会」は、3月11日~17日です。
引き続き、三鷹市議会の一員としての役目を、微力ながらも果たしてまいります。
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