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1920年戦後恐慌

2026/4/26

歴史から学ぶ 〜1920年戦後恐慌が日本経済に刻んだ深い爪痕〜

| 小森さだゆき | 参政党 / 高槻市議会議員

歴史は繰り返すと言われますが、日本の近代経済史において最初の「本格的なバブル崩壊」といえば、1920年(大正9年)に起きた戦後恐慌です。第一次世界大戦という未曾有の特需に沸いた日本が、なぜ突如として深い闇に突き落とされたのか。その経緯を紐解くと、現代の経済にも通じる構造が見えてきます。


1. 空前のバブル「大戦景気」の狂騒

1914年に始まった第一次世界大戦。主戦場となったヨーロッパ諸国が生産能力を失う中、戦場から遠く離れた日本には、世界中から注文が殺到しました。これを「大戦景気」と呼びます。繊維、鉄鋼、そして特に造船や海運業が爆発的に成長し、「船成金」といった言葉も生まれました。

企業はこぞって設備投資を増やし、株価も土地も急上昇。まさに、戦争によってもたらされた「官製バブル」の状態でした。

2. 1920年:突然の暗転とパニック

1918年に戦争が終結し、ヨーロッパが生産を再開すると、日本の「独占状態」は一瞬で終わりを告げました。過剰に投資していた企業の在庫は積み上がり、利益は急落。そして1920年、東京株式市場の暴落をきっかけに、恐慌の火の手が上がりました。

推移 主な事象
1914-18年 大戦景気。輸出急増、株価・物価の上昇。
1919年 戦後の一時的な反動。景気後退の兆し。
1920年 戦後恐慌発生。株価暴落、銀行の貸し倒れ。

特に打撃を受けたのは、戦争中に無理な拡大を続けた商社や銀行でした。このパニックは日本経済に深い傷跡を残しました。

3. 繰り返される「不況の連鎖」の始まり

恐ろしいのは、この1920年の恐慌が「始まり」に過ぎなかったことです。この後、日本は宿命的な不況のトンネルへと迷い込みます。

  • 1923年:関東大震災(震災手形の問題が発生)
  • 1927年:昭和金融恐慌(銀行の取り付け騒ぎ)
  • 1930年:昭和恐慌(世界恐慌と金解禁の影響)

1920年の恐慌時に、本来なら整理すべきだった経営不振の企業や銀行を、政府が救済(先送り)し続けた結果、「不良債権」という爆弾が次々と次の恐慌を引き起こす原因となってしまったのです。

4. まとめ:歴史から学ぶ「地道な経済」の重要性

1920年戦後恐慌の教訓は明確です。「外部要因による特需(バブル)は、必ず反動を伴う」ということ。そして、危機の時に不健全な部分を隠蔽し、問題を先送りにすれば、それは後に何倍もの破壊力を持って返ってくるということです。

「一時的なブームに踊らされず、地に足のついた産業を育てること」。
激動の大正・昭和史を学ぶことは、不確実なグローバル経済の中で日本がどう自立していくべきか、その「芯」を養うことだと確信しています。高槻の街でも、一時の流行ではなく、次世代まで続く確かな地力のある経済を目指してまいります。

| 小森さだゆき | 参政党 / 高槻市議会議員

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