2026/8/15
多摩市政に挑戦予定の保坂ゆうまです。
8月15日。今年も終戦の日を迎えました。先の大戦で犠牲となられたすべての方々に、心から哀悼の誠を捧げます。
私は毎年この日、靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れ、戦没者の御霊に手を合わせています。今年も参拝し、改めて戦争の歴史に向き合い、今日の平和が決して当たり前のものではないことを胸に刻みたいと思います。
私にとって、戦没者慰霊は決して遠い歴史の話ではありません。学生時代、私はNPO法人JYMA日本青年遺骨収集団に所属し、事務局長を務めていました。JYMAは昭和42年(1967年)の発足以来、戦没者への「慰霊」と、その活動や記憶を未来へつなぐ「伝承」を大切にしながら、遺骨収容や慰霊顕彰活動を続けている団体です。
私自身も学生時代、戦没者遺骨収集のため、
・沖縄 3回
・ミャンマー 1回
・硫黄島 2回
と、各地へ赴きました。
沖縄や硫黄島では、現在の日本の中にありながら、激しい戦闘の痕跡が今なお残されています。特に硫黄島は現在も「硫黄島航空基地」として使われ、一般市民は原則立ち入りできません。
ミャンマーでは、祖国から遠く離れた地で亡くなられ、長い年月を経てもなお故郷へ帰ることのできていない戦没者がいらっしゃる現実に向き合いました。
私自身、本当はロシア・シベリア、東部ニューギニア、ガダルカナル島、ソロモン諸島、ビスマルク諸島など、ほかの旧戦地での活動にも参加したいという思いがありました。残念ながら、学生時代にすべての地域へ赴くことはできませんでした。しかし、私が行くことのできなかった戦地にも、JYMAの仲間、同志、先輩諸兄姉が赴き、戦没者を慰霊し、一柱でも多くの御遺骨を祖国へお還しするための活動を続けてきました。
場所や世代が違っても、「一柱でも多く、故郷へお還ししたい」という思いは同じです。遺骨収集活動に携わる中で強く感じたのは、戦争とは教科書の中だけに存在する出来事ではないということでした。戦没者お一人おひとりに名前があり、家族があり、故郷があり、帰りを待つ人がいました。その人生が戦争によって断ち切られたという事実があります。
戦後81年を迎えた今も、海外や硫黄島などには、祖国への帰還を果たしていない戦没者の御遺骨があります。御遺骨を故郷へお還しすることは、国として果たすべき責務であるとともに、私たちが戦争の歴史を忘れないための営みでもあると考えています。

上皇陛下は、天皇陛下であられた時代から先の大戦で犠牲となった方々に心を寄せ、国内外で慰霊を重ねてこられました。宮内庁では「忘れてはならない4つの日」として、
・6月23日 沖縄慰霊の日
・8月6日 広島原爆の日
・8月9日 長崎原爆の日
・8月15日 終戦記念日
が紹介されています。
沖縄では激しい地上戦によって、多くの軍人・軍属、そして住民の命が失われました。広島と長崎では原子爆弾によって多くの方々が犠牲となり、その後も長く被害が続きました。そして8月15日、長く苦しい戦争が一つの区切りを迎えました。
この4つの日を迎えるたび、戦争によって失われた命に思いを致し、平和について考えることが、戦後を生きる私たちの責任だと思います。
私は毎年8月15日、靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者墓苑を参拝しています。靖国神社では戦没者の御霊に哀悼と感謝を捧げます。そして千鳥ヶ淵戦没者墓苑では海外の戦地などで亡くなられ、身元が判明せず、ご遺族へお返しすることのできない戦没者の御遺骨が納められています。
学生時代に遺骨収集に携わったからこそ、千鳥ヶ淵で手を合わせるたびに、現地で見た光景や、一緒に活動した仲間たちの姿を思い出します。そして、今なお帰還を待つ多くの戦没者がいらっしゃることにも思いを致します。
戦没者を悼むことは、戦争を美化することではありません。戦争によってどれほど多くの命と日常が失われたのかを忘れず、同じ悲劇を繰り返さないことを誓うことだと考えています。
私が学生時代に活動していたJYMA日本青年遺骨収集団では、現在も大学生を中心に戦没者の遺骨収集や慰霊、戦争の記憶を次世代へ伝える活動が続いています。今年は旧戦地・ガダルカナル島での慰霊巡拝派遣を実施しており、その活動を支えるクラウドファンディングが行われています。
戦後81年を迎えた今も、現地に赴き、手を合わせ、戦没者を慰霊し、その記憶を次世代へつなごうとする若者たちがいます。私自身、学生時代にJYMAで活動していたからこそ、この歩みが今も後輩たちへ受け継がれていることを心強く感じています。JYMAは「慰霊」と「伝承」を柱に、戦没者を悼み、その歴史を学び、次世代へ伝える活動を続けています。
今回のクラウドファンディングは8月31日まで実施されています。私も、かつて同じ活動に携わった一人として、後輩たちの挑戦を応援しています。関心のある方は、ぜひ活動をご覧いただければと思います。
CAMPFIRE「ガダルカナル島慰霊巡拝プロジェクト」~先の大戦の記憶を大学生の手で未来へ繋ぐ~

硫黄島での私(背景は擂鉢山)
多摩市は2011年に「多摩市非核平和都市宣言」を行いました。宣言では、現在そして未来の子どもたちに戦争の悲劇と平和の大切さを伝え、核兵器の廃絶と平和な社会を求めることを掲げています。多摩市では現在も平和展や子どもの被爆地派遣など、平和を次の世代へ伝える取組を続けています。
今年も8月16日から23日まで、パルテノン多摩で「第35回多摩市平和展」が開催されます。今年の平和展では、風船爆弾を題材とした展示や映画上映、戦争体験の語り、都立永山高校の生徒による平和学習の報告、長崎へ派遣された多摩市の子どもたちによる成果報告など、若い世代への継承を意識した企画が行われます。
戦争を直接体験した方々は、年々少なくなっています。だからこそ、これからは「戦争を体験した人から聞く」だけでなく、その記憶を受け取った私たちが、さらに次の世代へ伝えていかなければなりません。戦争体験は「記憶」だけではなく「記録」もしっかりとり、継承する必要があります。
私が学生時代に遺骨収集に携わり、仲間や先輩方から受け取ったものも、次の世代へ伝えていくべき記憶・記録の一つだと思っています。
私は、多摩市と日本の将来を担う一人として、平和な社会を次の世代へ引き継いでいく責任があると考えています。平和とは、ただ戦争がないということだけではありません。
私たちが日々当たり前だと思っている暮らしそのものが、平和の上に成り立っています。そして、その平和を守るためには過去の戦争から目を背けず、同時に、現実の国際情勢にも向き合わなければなりません。
国民の生命と暮らしを守る備えを整えることと、戦争の惨禍を二度と繰り返さないと誓うことは、決して矛盾するものではありません。過去を知り、犠牲となった方々を悼み、現実を直視しながら未来の平和を守る。
その姿勢を大切にしていきたいと思います。
戦後81年。戦争を知る世代が少なくなっても、戦争によって失われた命の重さが薄れることはありません。
沖縄、ミャンマー、硫黄島で戦没者遺骨収集に携わった経験。世界各地の旧戦地へ赴いた仲間や先輩諸兄姉から受け継いだ思い。今も活動を続けるJYMAの後輩たち。毎年、靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者墓苑で手を合わせる時間。そして、多摩市で子どもたちが安心して暮らしている日常。
私にとって、それらはすべてつながっています。戦没者の方々への追悼と感謝を忘れないこと。戦争の悲惨さと平和の尊さを次の世代へ伝えること。そして、今を生きる私たちが、平和な地域と国を未来へ残す責任を果たすこと。
本日8月15日、改めてその決意を胸に刻みます。先の大戦で犠牲となられたすべての方々の御霊の安らかならんことを、心よりお祈り申し上げます。そして、多摩市の将来を担う一人として、恒久平和への誓いを新たにいたします。
もっとまあるく、温かくて豊かな多摩市へ!
厚生労働省「令和8年度における戦没者の遺骨収集事業実施計画について」
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