2024/2/5
国家観を持つこと
私からみて、今の日本に必要なのは、大勢が共有できる、正当な国家観を持つことだと思います。
「国家観」とは、日本をどんな国なのか、どんな国を目指しているのか、といった考え方のことです。
集団や組織には、必ず、その目的や理念があります。
勤めている企業や事務所、NPO法人などにも、活動の目的や理念があり、
「どんな企業にしたいのか」「どんな法人にしたいか」を語り、皆が共有します。
会社には創業者の思いや理念があるし、集団も作った人たちが目指すべき方向を共有しています。
こうした集団や組織の理念を語ることは、決して個人の思いを無視することにはなりません。
集団と個人、それぞれのバランスが必要なのです。
国家と個人も同じことです。
企業や団体で、皆が個人主義に傾きすぎて、個人が好き勝手にしていれば、まとまりがなくなり、企業や団体は存続できなくなります。
他方で、企業や団体が極度に、個人の自由や権利を奪ってしまうと、今度は個人がいられなくなります。
そのような意味で、適度なバランスが必要ですが、それでも「どんな組織を目指すか」という集団の理念や目的を語り、皆で共有することが大切であることに変わりありません。
国家の場合も、国民は皆同じ一つの国に所属していますが、「日本はどんな国であり、どんな国を目指すのか」ということを語ったり、皆で共有することが否定されるいわれはありません。
しかし、これまでの教育では、「日本」や「国家観」という軸で、議論をしたり、物を考えることが少なかったのではないでしょうか。そして、その原因は占領軍による占領政策、歴史や、教育やメディアの改変が、大きく影響していたのではないかと思います。しかし、原因に気づいたら行動できます。
これから、日本人が、自分たちの言葉で、どのような国にしたいかを語れるようになること、そして、皆で共有できる理想を見出していくことが、大切ではないでしょうか。
なぜ日本は「日本」という名前なのか、いつから「日本」があるのか、「日本」の強みは何なのか、「日本人」とはか、どういった特徴があり、次の世代に伝えたい日本の理想は何なのか。
いきなり一つの意見を押し付けるのではなく、どのような意見が出てくるのか、共有していくことが大切ではないかと思います。こうした「国家観」に関する議論を始めることが、今の日本に必要だと思います。
今年は、参政党の「創憲キャラバン」が全国でスタートしますが、これは、「日本」とは何か、どんな日本にしたいかという、国家観に関する議論を始めていく動きでもあると、私は思います。
個人の権利や自由は守りつつも、自分たちの国について考え、議論すること(国家観を持つこと)が、長い目でみたときに、国をまもる大きな力になると思います。
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