2026/7/5
「民主主義の土俵」論
本日7/5(日)は午前中熊野神社前(左京区)で辻立ち、午後から、こどもみらい館で説明会がありました。
また、岡崎神社にも参拝させていただきました。
国会で何が起きているのか説明させていただく機会も増え、ありがたいことですが、今まさに、6月24日の「衆院比例定数45削減法案」「副首都創設法案」の提出を機に、一気に緊張が高まり、世論戦になっているように感じます。
今回の比例定数45削減法案が通り、1年後に比例のみ45削減された場合、
6/28の時事通信の試算によれば、「自民5%減」「維新6%減」に対し、「中道19%減」「国民23%減」「参政50%減」となり、あまりに与党の議席を温存し、少数政党の大きく議席を減らすものでした。
現 新 比例 全議席
自民 81 64 21%減 5%減
中道 35 27 23%減 19%減
国民 18 12 33%減 23%減
参政 14 7 50%減 50%減
維新 13 11 15%減 6%減
みら 11 8 27%減 27%減
共産 4 2 50%減 50%減
注:時事通信によれば、比例名簿に登載した人数が足りず、自民が14議席を他党に譲った例を考慮しない場合の数とされる。
参政・共産が半分、国民民主は3分の2に 比例45減、中小議席へ影響大(時事通信ウェブサイトより)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2026062700412
ところで、「選挙制度」は「民主主義の土俵」とも呼ばれており、「選挙制度」を通常の政策・法案と同列に扱ってよいか、というのは実は、民主主義の社会において、理論的に、大きなテーマなのだろうと思います。
法案は過半数、憲法改正の場合は、それぞれ3分の2と国民投票が要求されます。
法案…衆院・参院各過半数(衆院の3分の2再可決でも成立)
憲法…衆院・参院各3分の2+国民投票で過半数
選挙制度の変更も、通常の法案と同じように、扱われますが、本当にそれでよいのか?
ということです。
過半数を占めた勢力が、過半数に満たない他の政党に対して不利益になるよう、「選挙の定数や区割りを変更する法案」を一方的に可決し続ければ、次の選挙でも勝ち続けることができます。
つまり、多数派が一方的な「選挙制度の変更」を通じて、議席確保のループを作り出すことができてしまいます。
だから、今までは、選挙制度は「民主主義の土俵」であり、できるだけ多くの政党が議論に参加すべきだという前提で、議論されてきました。与党が一方的に決めてよい、という議論はなかったはずです。
平成24年の安倍元総理(自民党の野党時代)の動画や発言が回っていますが、まさにこういうことです。
https://x.com/saitama_5992/status/2073385328938021072?s=20
「確かに、私たちも定数削減を必要としていますよ、必要だと思いますよ。定数の削減と選挙制度の改正というのは、民主主義の土俵ですよ。なるべく多くの政党の皆さんが議論に参加をして、賛成できる環境を例えば議長があっせんをしてつくってくる、ずっとこうやってきたではないですか。」(第181回国会 国家基本政策委員会合同審査会 第1号 平成24年11月14日)
今これを考えると、民主主義の土俵である選挙制度の変更を、自民・維新だけが一方的に決定し、強行しようとする、このような事態が起きているのだということに、理論的にも、実践的にも、疑問をもった議論が必要だと思います。
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