2022/5/20
「世界に大調和を生む」とはどのような意味か
(以下は安達個人の見解です)
「大調和」とは何を言うかというと、世界じゅうの国や民族が、それぞれの固有の習慣や文化を発揮しつつ、互いに尊重しながら、調和のもとに共存共栄していくことです。
決して世界を、単一の文化や思想によって統制してしまうのではありません。世界の、各国や民族の固有性を破壊してしまうものではありません。その真逆であり、各国や民族の固有性・独自性を尊重しながら、調和を保っていくありかたが「大調和」です。
我が国は、神武天皇の建国理念として「八紘為宇」が語られています。これは、「八紘(あめのした)を掩(おお)いて宇(いえ)と為(な)す」と日本書紀に書かれている漢文を四字熟語にしたものです。その意味は、天下を一つの屋根の家とすることをいいます。
このように、「八紘為宇」または「八紘一宇」は我が国の統治理念を表す言葉として用いられてきましたが、侵略思想ではないかと誤解されたことがあります。
しかしながら、大東亜戦争の対戦国が日本を悪者にしようとした、東京裁判の判決文においてさえ、「八紘一宇」が侵略思想ではないことが、明確に書かれています。
以下引用
「日本帝国の建国の時期は西暦紀元前660年であるといわれている。日本の歴史家は、初代の天皇である神武天皇によるといわれる詔勅が、その時に発布されたといっている。この文書の中に、時のたつにつれて多くの神秘的な思想と解釈がつけ加えられたところの、二つの古典的な成句が現れている。第一のものは、一人の統治者のもとに世界の隅々までも結合するということ、または世界を一つの家族とするということを意味した「八紘一宇」である。これが帝国建国の理想と称せられたものであった。その伝統的な文意は、究極的には全世界に普及する運命をもった人道の普遍的な原理以上の何ものでもなかった。」
「行為の第二の原則は「皇道」の原理であって、文字通りにいえば「皇道一体」を意味した古い成句の略語であった。八紘一宇を具現する途は、天皇の仁慈に満ちた統治によるものであった。従って「天皇の道」――皇道または「王道」――は徳の概念、行為の準則であった。八紘一宇は道徳上の目標であり、天皇に対する忠義は、その目標に達するための道であった。」
「これら二つの理念は、明治維新の後に、ふたたび皇室と結びつけられた。1871年(明治4年)に発布された勅語の中で、明治天皇はこれらの理念を宣言した。その当時に、これらの理念は、国家組織の結集点を表現したものとなり、また日本国民の愛国心への呼びかけとなった。」
引用以上
このように、対戦国の裁判官を務めた者の言葉としても、「八紘一宇」は「一人の統治者のもとに世界の隅々までも結合する」「世界を一つの家族とする」という「人道の普遍的な原理」「道徳上の目標」であり、「天皇の慈愛に満ちた統治」によって達成する建国の理想であることが明確にされました。
東京裁判の弁護人を担当した、清瀬一郎弁護士は、「秘録東京裁判」において次のように回想しています。
「この長い裁判で事実問題で弁護側の証明の成功したのは、ただ八紘一宇が侵略思想でないということと、タイ国はわが国の同盟国であって、タイ国の俘虜に対する虐待はあるはずがないという、2つぐらいである。」(74頁)。
ちなみに、昭和18年11月5日、日本が主導的に発出した「大東亜共同宣言」では、「道義に基く共存共榮の秩序」「相互に其の伝統を尊重し各民族の創造性を伸暢し」「人種的差別を撤廢し普く文化を交流し」と謳われています。
各民族の固有性を生かし、人種差別をすることなく、各国の共存共栄を図ることが、「八紘一宇」の理想でした。
このように、人種によって差別することなく、各民族の固有性を尊重し、普く文化の交流を図ることで、共存共栄をしていくあり方をもって、建国の昔から理想としてきた「大調和」というのではないかと思います。
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