2026/4/21
大阪堺の南宗寺には、謎の「徳川家康の墓」があります。
寺に伝わる話では、1615年大坂夏の陣の折、最前線の陣中を見舞っていた家康が突如間者にその駕籠を槍で突かれ死亡し、亡骸を密かにこの寺に葬ったというのです。
その証に、1623年、二代将軍秀忠から三代将軍家光への代替わりの際、秀忠、家光自ら、南宗寺にわざわざ足を運んで参拝したという記録が残されています。
また、栃木県日光東照宮に残る家康公使用の駕籠には、何故か、槍で突いた跡のような穴があいています。
さらに、南宗寺には、山岡鉄舟筆の「家康公真実の墓」との書や、松下幸之助援助により建立された家康墓碑があります。
現に、史実上も、家康は、大坂夏の陣終結後の翌1616年、天麩羅の食当たりで急死という不可思議な亡くなり方もしています。影武者を一年後に体良く葬ったと言われています。
歴史には、オモテとウラがあるのかもしれません。やっぱり歴史は面白い‼️


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