2023/12/13
免許のない教育者たち・勉強編
高松くんの研究報告 第27話 教育工学概論(9の3)平成27年
課題:発達に段階はあるか否か述べよ.
前項では「人間の発達には明らかに段階がある」という私の考えの論証を行うために,ピアジェとエリクソンの学説について述べた.以下では,学校教育の問題行動の一つとしての「学級崩壊」の事例を考える事で,人間を発達的に捉えることの意義と,年齢で単純に区切る学校教育の問題点について順に論じて行きたい.
2 – 2 学校教育と発達段階
学校の場合,現在の年齢縦割りのカリキュラムでは,個々の子どもの発達の状況に関係なく「学級集団」を形成して学習を進めている事例が多い.その場合,子どもの発達の違いによって学級経営が困難になる事例が多いと私は考える.その例として,「学級崩壊」という問題に焦点をあてて考察する.
(1)学級崩壊の類型
学級崩壊は幼稚園から小学校に就学した段階の小学校1年生で起こる事例と,小学校6年生あたりで起こる事例では,発生機序が全く異なっている.
小学校1年生で起こる学級崩壊は,簡単に言えば「個々がやりたい事をやりたい様にしか行えない」,つまり,しっかり指示を待って行動することが出来ないために起こるものが多い.
一方,小学校6年生で起こる学級崩壊は,児童とのコミュニケーション不全が原因となって起こる.前者は,しつけという問題に収斂されて行くため,対処は比較的簡単であるが,後者は学級環境という,児童・教師・保護者の人間関係が問題であり,対処は非常に難しい.この小学校高学年の学級崩壊の事例は,学級と言う特殊な集団の特徴が原因の一つになっている.そのため,まず「学級」という社会の中では非常に特殊な集団の特徴を以下でまとめる.
(2)学級集団の特徴
学校教育では,教師・児童生徒という二者が存在し,その人間関係が良好に機能する事で学校教育が機能する.そしてその関係が不全になると,いくつかの学級経営が困難な状況に陥る.例えば教師と児童生徒の人間関係が崩壊した場合,学級崩壊と言う状態になる.また,生徒間の人間関係が不全になるといじめと言う問題が発生する.いずれも学級と言う,学校独特の集団の中で起こる問題である.この学級という集団は,鈴木牧夫2 ) によれば,以下の6点の特徴がある.
第一に,目標の大枠が外部者により決定され,集団活動への成員の関与を促して行くと言う「主体的関与の困難性」を持つ.クラスメートは自分で選択できない.
第二に集団への所属が強制であるため,まとまって何かを成し遂げにくい「成員の要求や動機の多様性」を持つ.共通項の少ない集団であるがゆえに,集団化が困難である.
第三に,構成員が子どもであるために集団としての活動資源に乏しく,組織運営能力が低いと言う「集団活動のための資源の低さ」を持つ.自己抑制が働きにくく,motivationの低下が起こりやすい.
第四に集団が大きく組織化に時間がかかると言う特徴を持つ.現在でこそ1学級35人程度であるが,私の子どもの頃は50人学級であり,クラスでまとめる事は非常に時間もかかり,根気が必要である.
第五に集団活動期間が長いため仕事集団に留まらず,依存・結合・闘争—逃避のいずれかが機能する基底的集団の側面を持つ.子どもにとって,学校で過ごす時間が一番長い上,友人関係もクラスの友人関係を外部に持ち出す形で発展している事例がほとんどである.クラスが異なると,友人関係が形成されにくい.
第六に教師の能力如何で自立を促進もするが阻害もしうるという自立の困難さと言う側面を持つ.特に小学校は,専科教員も居るものの,一人の学級担任が全ての教科を担当する.その能力差は,子どもの発達に大きく影響する.
以上を踏まえ,学級で起こる人間関係に起因する「いじめ」と「学級崩壊」の機序を考察する.
小学校高学年に発生するタイプのいじめや学級崩壊は第五・第六の側面によって主に引き起こされると私は考える. 本論では「学級崩壊」についての考察を通じて発達に段階がある事を示すが,その前に「いじめ」について簡単に省察する.
例えば,いじめであるが,いじめにもいろんな類型があるが,現在の日本のいじめは「劇場型」と呼ばれるものである.これは「いじめっ子」「いじめられっこ」「観客」「傍観者」の4者が存在し,この立場がしばしば入れ替わる.このような行動は,子どもと言う活動資源の乏しい集団の構成員が,特定の刺激に反応し,均衡化の原理に従って一気にマイナスに感情が触れる事で起こっていると私は考えている.こう言った人間関係は,社会人である場合,上司と部下の間でおこると言うよりは,横並びの同僚間で起こりやすい.日本は「同調圧力」の非常に強い集団形成が特性である事が環境要因であると私は考える.こう言う場合は,ゼロ・トレランスなどの厳しい態度をとるべきだと言う議論もある.海外はそのような対応をしている国もあるが,日本の劇場型のいじめではこのような対処は原因がインビジブルになり対処が出来なくなるだけである.このような場合,観客や傍観者のいわば「環境構成」が重要である.当事者は均衡化の原理で突き動かされているだけである事が多い.雰囲気を変えることがとにかく重要であろう.
では,本論に於ける本筋である,小学校高学年の学級崩壊について以上を元に考察する.
(3)小学校高学年に於ける学級崩壊
学級崩壊は小学校低学年で起こる場合と高学年以上で起こる場合で違う類型となることは前述の通りである.低学年で起こる学級崩壊は,主に児童の未熟さが原因であり,前述の学級の特徴の第三・第四の特性が強く現れたものである.この場合は,力量のある教師が指導を行い,自立を促す事でうまく行く事が多い.
しかし,高学年以上の場合は状況が異なる.特に男性の教員が成熟の早い女子児童とぶつかる事例が多い.こう言った女子児童はエリクソンの8段階で言えば「青年期」に入った児童である.自己承認欲求が非常に強く,公平性や公正性に過敏であるもののまだ自己制御能力に乏しく,様々なジャッジメントを行う唯一の大人である「教師」へ矛先が向くことが多い.
標的が一人の教師に向っている為,集団対一個人という対立構図の中で孤立した教師が萎縮し,関係性を保つ事が困難になる.これが私の考える小学校高学年に於ける学級崩壊の発生機序である.
つまり,発達段階の異なる男子児童(児童期)と女子児童(青年期)が同じ学級内に混在しており,指導を女児がわに照準化すると男児は劣等感を持ちがちになり,男児に照準化すると女児の自己承認欲求の強さ故に学級崩壊へと向う素地が醸成されてしまう.
この事例からも,明確に発達段階は存在し,その発達段階の混在状態が指導を難しくしている事が明白であると,私は考えている.
ちなみに,このような小学校高学年の学級崩壊の場合,他の教師がTAで入り,一人一人の生徒の結合を解きほぐすと解決に向う事例が多い.ただし,それだけで解決とするのではなく,教師は自己研鑽を通じて,集団対個人で対立しても自信を崩さないようなメンタリティーを醸成しなくてはならないと私は考える.教員といえども,前述の論理に従えば発達の途上にある.私も現場で教員として20年以上働いているが,去年より今年の方が満足できるものになるように研究や分析を行うようにしている.保護者も少子化の昨今,子育ては初めての経験である場合が多い.つまり,保護者も保護者として発達の途上であると言える.
発達の段階の異なる者同士は,問題意識が異なるために,意識の齟齬が生じやすい.このような対処のためには,「人間を発達的に捉えて考える」事が大切であると私は考える.この,「人間を発達的に捉える」ということはどのような事か,以下に詳述する.
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マツウラ カツユキ/57歳/男
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