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免許のない教育者たち・青春編 高松くんの初めてのヨーロッパ旅行 第26話 アフター・フェスティバル

2023/11/13

免許のない教育者たち・青春編

高松くんの初めてのヨーロッパ旅行 第26話 アフター・フェスティバル

1988年9月・オーストリア共和国・ザルツブルグ

僕は、泊まっている6人部屋に不用心にも自分のリュックを置きっぱなしにした結果、荷物を漁られてハンガリー・フォリントだけを全て抜き取られてしまった。

情報として、ドミトリー(雑居部屋)に宿泊する場合は、鍵付きのリュックにすべきだというのは知っていた。そして旅の初めの方で5泊したウィーンのユースホステル(YH)では、荷物はペアレント室横のクロークに預けて、ベッドには日本から持ってきた自分専用のスリーピングシーツと、読みかけの小説だけを置いて外出していた。ウィーンのYHは一部屋12人とか16人が泊まれる部屋だったので、人の出入りも多く、僕も警戒していたが、旅の終わりで気が抜けたのかも知れない。

「どうしようか…」

とりあえずホテルの経営者に相談してみた。

「こんばんは。ちょっと相談があるのですが…」

僕が管理人に声をかけると、おじいさんは老眼鏡の上からこちらを見て答えた。

「どうしました?」

「実は、荷物を部屋に置いていたら、バッグからお金を抜かれてしまいました。」

「…ふん。それは大変だ。警察に届けるのか?」

僕は聞かれて何も考えていなかったので反射的に答えた。

「それがいいと思いますが。」

すると爺さんはこちらを睨んでいった。

「それは問題だ。警察がここにくるというのか?私は迷惑だ。」

「でも、警察に届け出ないと保険は降りないのですが。」

すると、爺さんは気色ばんで答えた。

「君は何を失ったというのか?ここに警察が来て、私の管理責任を問われるのは問題だ。もし呼ぶというなら、君には出て行ってもらう。」

僕は頭にきて、駅前に戻ってポリスに声をかけ、警察署で被害届を書いてもらった。警察官曰く、「ドミトリーに泊まる時には十分注意しなくてはならない。特に君の泊まったドミトリーはよく被害がある。オーナーは対策をとる気もない。だから何泊もあそこにするのはおすすめしない。」だそうだ。

僕は今日で1泊目なのだが、昨日は娼婦の魔窟、今日は泥棒の巣窟か。

ホテルに何食わぬ顔で戻ってその日は一泊したが、オーナーに行って翌日分は払い戻してもらってザルツブルグを出発することにした。

まあ払い戻しは相当ゴネられたが、最後には根負けして返してくれた。

今の僕には150シリング(1,500円)は大金だ。

モントゼーに行くバスは、オーストリア国鉄ザルツブルグ中央駅の駅前バス乗り場から出ていた。バスは定刻通り、ザルツブルグ駅前を出発した。

地図を見る限り、進行方向右側に、モントゼーと山々が綺麗に見えるとふんで右側に陣取ろうとしたが、空いていたので、最前列左側のパノラマシートに座った。

バスは山道をゆっくり上がっていく。

1時間弱走ってかなりの標高に達した時、峠を越えたら右下に湖が見えた。

モントゼーだ。

僕は目的地のバス停で下車し、若干重いリュックを背負って、湖に降りる道を下った。

道の両側はブナのような薄い緑の木々の小道で、向こうから来る人たちが僕に「グリュッチ!」と声をかける。山歩きでは一応声かけがマナーなので僕も「グリュッチ!」と返す。

…一体何語かわかんないですねー。

湖の展望台まで降りると、船が出ていた。

この船に乗れば、モントゼーの向こうまで行けて、そこから向かいの山の展望台に登れるようだ。金額は180シリング(1,800円)!高い…が、まあいいか。

僕は船に乗ることにした。

船は静かな湖面を滑るように進んでいき、向かい側に着いた。

僕は大学で「インド哲学」を履修した。この科目は、教員免許を取るのに必須の「哲学」の単位としてとったのだが、般若心経の解釈が面白く、評価も良かったので取って正解だった。

少なくともD(不可)を食らわしてきた「社会(主義)思想」より何倍も満足している。

その中で般若心経の最後の羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶」が「行けるものよ、行けるものよ、彼方の岸に行けるものよ、彼方の岸に全く行けるものよ、悟りよ幸あれ」という訳なのを知った。

「彼方の岸は、此方から見えないからいいのかもなあ。」

僕はそう思った。

船を降りたら、後は氷河が削ったフィヨルドをまっすぐ登る。

汗をかいて登り切った場所に山小屋があり、時間はまだ13時だったが、バスが14時にあるというので、簡単なサンドウィッチを自作して食べて、バスでザルツブルグ市内に戻った。

ザルツブルグで昨日と同じ宿に泊まりたくはないので、インフォメーションセンターで中級ホテルで安めのものを紹介してもらった。1泊480シリングで高いが、まあ最後の贅沢でいいことにしよう。

ホテルは市内からちょっと離れた場所にあった。

かなり古いが建物の作りは重厚で僕はかなり満足だ。

ホテルにチェックインして荷物を解いて僕は驚いた。

カバンの底に僕が失ったはずのハンガリー・フォリントが無造作に突っ込んであった。

一体、誰が置引き犯だったんだろうか…?

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