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免許のない教育者たち・青春編 高松くんの初めてのヨーロッパ旅行 第16話 東ベルリン①

2023/11/3

免許のない教育者たち・青春編

高松くんの初めてのヨーロッパ旅行 第16話 東ベルリン①

1988年9月・民主ドイツ(東ドイツ)東ベルリン

夜行列車は時間通り朝9時過ぎに東ドイツの首都・ベルリンについた。

かつてのプロイセンやドイツ帝国の首都。現在はソ連側陣営・コメコン諸国に属する都市だ。ここは、第二次大戦終了後、米・英・仏・ソ連が進駐して統治管理を行ったが、国際連合というもの自体が、日・独・伊という敵国に対抗する組織だった「だけ」のもので、何か共通の理念とか理想があった組織ではない。だから、敵国を打ちのめしてしまえば当然内部抗争が勃発する。特に米・英・仏という西側諸国は資本主義、ソ連は社会主義で、国づくりの基本的な考えが全く違う。一緒にやろうなんてことは絶対無理だ。

だから、戦勝国の都合上、ドイツ自体がドイツ連邦共和国(西ドイツ)と、民主ドイツ(東ドイツ)に分かれて別々のシステムで国づくりが行われた。

ただしベルリンは東ドイツの領域にある旧首都だったため非常に重要な場所。

ここをソ連に単独統治させるのは戦勝諸国的に「不平等だ」ということで、ベルリンは米・英・仏が進駐統治した部分だけ西ドイツの「飛地」として残された。東ドイツの首都は戦前同様ベルリンだが、西ドイツの首都はボンという学術都市に置かれた。

考えたくないが日本に例えれば以下の通りだ。

日本が万一分割統治されてドイツと同じ形の進駐が行われていた場合。西日本と東日本の境目の静岡県・長野・新潟を通るラインで分割されていただろう。西側に大阪などを首都とする「日本国」、東側に東京を首都とする「日本社会主義共和国」なんぞがつくられ、さらに東京の中の品川区・港区・目黒区・渋谷区・新宿区・世田谷区・豊島区・板橋区・練馬区・大田区・杉並区・中野区だけが資本主義の「日本国」の飛地という状況になっていたと思われる。

ホント、戦争に1回勝ったぐらいで、戦勝国はロクでもないことするよな…

さて、こういう状況になったものの、ベルリンは当初、西ドイツの飛地の地域と、東ドイツの地域の行き来は自由だった。東ドイツ側に住んで、西ドイツに職場があって通勤するなど、終戦の1945年から1961年8月12日までは東西の行き来が可能だった。「日本国」の目黒区に住んで、「日本民主主義共和国」の文京区の大学っていたというイメージだ。

しかし、資本主義と社会主義では残念ながら社会の発展のスピードが違う。

西ドイツの方が、給料がいい。ものが豊かだ。インフラも綺麗。

そうなると東ドイツ諸地域からベルリンにやってきて、地下鉄に乗って西ベルリンに移動して、西ベルリンにある空港から飛行機で西ドイツへ移住。途中何のチェックポイントもなかった。それ以外の西ドイツと東ドイツの間には鉄条網のしっかりした国境があるのにだ。

これにて亡命完了。

こうして1950年代を通じてどんどん人が東ドイツから西ドイツへ流出した。

「これはヤバい」

東ドイツはそう考えて、西ドイツを壁で包んでしまい、行き来をできなくした。

1961年8月13日のことだ。

壁で包まれた西ドイツは、陸路の物流を止められたり随分東ドイツに嫌がらせをされたが、現在では陸路の物流は封鎖解除された。ただ、壁は戦後もう28年もたった今でも存在している。

その東ベルリンの中央駅にようやく到達した。

時間帯もあろうが、「ヨーロッパピクニック」で人がどんどん流出しているとは思えないほど、駅前には活気がある。

今まで行ったモスクワは別格で賑やかだったが、東ベルリンはそれに近い賑わいだ。ただ、街のつくりは「社会主義諸国」そのものだった。必要以上に広い道。窓の小さい無機質な建物。道を渡るのに逐一地下道。そして地下道も地下鉄も暗い。

僕は駅から降りて有名なベルリンの壁が見えるブランデンブルグ門前にやってきた。

ブランデンブルグ門前に近づく手前にチェックポイントがあり、みんな身分証明書を見せている。僕もパスポートとビザを提示した。係官はビザとパスポートを一通り見て、入れてくれた。高い灰色の壁の向こうに、国境警備隊と哨所と監視塔が両側にあり、その向こうにブランデンブルグ門が見える。

西ドイツの旗が遠くに見えるが、様子は窺い知れない。

実はブランデンブルグ門全て、ギリギリ東ドイツの領域だ。だから、西ベルリンからは割と近くにブランデンブルグ門が見える模様で、西ドイツ側の壁には罵詈雑言の落書きがいっぱいされているそうだ。

もちろんこちら側のベルリンの壁はまっさらで綺麗だ。

そして、完全な西ベルリンとの国境の壁の随分手前に、もう1枚壁があり、その2枚の壁の間に多くの東ドイツ軍用車両や東ドイツ警察車両が停まっている。僕が入れたのは2枚の壁の手前、西ドイツ国境まで遠く遠く離れた位置だ。

「全く、ソ連もやりたい放題だな…」

ドイツ語もロシア語も僕は流暢に話せないが、もし聞かれたら銃殺されかねない。

僕はその光景を目に焼き付けてその場を離れた。

そして、戻る途中、公園の中を通ったのだが、トイレのような匂いがする。しかしトイレはない。僕はなんでこんなに臭いんだろう?と思っていたら、茂みから若い女性が出てきた。

???

そうして茂みの方に目をやると、大量の人糞が落ちていた。犬や猫なら近くにティッシュが落ちていることはないが、ほぼ全てのフンの上に白いティッシュが乗っかっていた。

確かに、広い公園の中にトイレという個室を作るとセキュリティ上問題なのはわかるけど、貧しくなるとモラルまで貧しくなるものなのか?大学の第二外国語ドイツ語のバイル先生の上品さとこの落差。

「これが海外を旅することだよな…」

僕は明日は「もっといい場所」に行こうと思った。

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