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続・免許のない教育者たち2023 第65話 戦時下のロシアへ(4)クライアント訪問

2023/8/13

続・免許のない教育者たち2023 第65話 戦時下のロシアへ(4)クライアント訪問

登場人物:

高松克己(かつての塾講師理科主任→大学教員兼会社社長)

アレクサンドル・セルゲイビッチ・サビョールナ(ロシア人。モスクワ在住の高松の旧友)

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続・免許のない教育者たち2023 第65話 戦時下のロシアへ(4)クライアント訪問

令和4年(2022)8月。ロシア・モスクワ市ツベルスカヤ大通り

今日は僕一人でクライアントを回る。学生諸君は朝食の後、買い物に出掛けていった。

僕はまず、ボロビツカヤ駅に向かって、スーパーに向かった。入口はまだ閉まっていたが、数人の店員さんが掃除に勤しんでいた。僕は一人の女の子にロシア語で声をかけた。

「おはようございます。アレクサンドル・セルゲイビッチはいらっしゃいますか?」

「…はい。どちら様でしょうか?」

「私は、高松克己と言います。日本から来ました。」

「…少し待ってください。」

ロシア人はコワモテが多いが、実は日本の東北出身者の感性に非常に近い人が多い。オクテで口下手だが、仲間意識が強い。この若い女性もちょっとそんな感じだ。程なくして、奥から大男がやってきた。いつものように右手を出そうとしたが、コロナだと言うことを忘れていた。セルゲイは頭を日本式に下げた。

「オヒサシブリデス。タカマツサン。」

なんとアレクサンドル・セルゲイビッチ・サビョールナは日本語を話した。ただ、僕は彼に対して甘えずにロシア語で語りかけた。

「サーシャは日本語上手だね。久しぶりです。元気でしたか?」

「うん。問題なくやってるよ。ミーシャ、珍しいね。4年ぶりかな?」

「メールでは毎週会ってたから、エンキョリレンアイみたいなものかな?」

彼は、モスクワ大学で僕がロシア語を学んだ時、TA(ティーチングアシスタント)として仕事をしていた。もともと彼はモスクワ大学ではなく、モスクワ民族友好大学(現在のモスクワ外国語大学)の日本語学科に在籍していた。世が世なら、彼は東京のロシア大使館で勤務していたかもしれないが、僕と同い年の彼が社会に出た1991年はソ連が崩壊して公務員の給料が滞った時代。彼は学問をやめて会社経営をし、まあまあうまくやっている。だから、彼は日本語が話せる。

ちなみに、ロシア人の名前は「名前+父称+苗字」である。アレクサンドル・セルゲイビッチ・サビョールナというのが彼の名前だが、正式な丁寧な呼びかけの場合では「名前+父称」で呼びかける。

父称はお父さんの名前を意味する。アレクサンドル・セルゲイビッチ・サビョールナとは「アレクセイ・セルゲイの息子・サビョールナ家」と言う意味だ。息子はビッチ、娘はワナをつける。僕の場合は「カツミ・モトオビッチ・タカマツ」である。

だから最初店員さんにはアレクサンドル・セルゲイビッチと呼んだのだ。しかし、ジュゲムジュゲム…ではないが、名前が長すぎるので、名前を愛称で呼ぶことが多い。僕が彼のことをサーシャと呼んだのは、アレクサンドルの愛称は普通サーシャだからだ。花子ちゃんを「はなちゃん」と呼ぶのに似てるが、名前の後ろの方をとって、最後が「あ」で終わるあだ名にすることが多いので、この辺りは日本とは随分違う。だが僕の場合はミーシャと言われる。この辺はロシア人の感覚の問題だ。

2000年にウニベルスで留学した時。

僕はまだロシア語検定3級に合格しただけに過ぎず、流暢に喋れると言うことは全くなかった。ロシア人の先生はどの先生も強圧的で強面で恐ろしく、結構きつかった。この時、助けになったのがセルゲイだった。彼は流暢な日本語を話すので、彼と色々話した。ソ連時代のこと、デノミのこと、アメリカ文化のこと、ロシア文化のこと、日本文化のこと…。どれも本当に懐かしい。帰る直前、彼と今は無くなってしまったヨールキ・パールキと言うファミレスに一緒に行って、結構たくさん飲み食いして話をした。ここでロシアのバルチカと言うアルコール度数7%で日本の2倍アルコールが強いビールを飲んだ。この時は日本語だった。

「サーシャはなんで日本語を勉強しようと思ったの?」

「初等学校(高校)で勧められたからだよ。ソ連だったしね。」

「そうなんだ。自由とかなかったんだね。」

「…そう考えることも可能です。ただしルソーも言ってるけど、職業選択は偶然です。ミーシャはどうだったですか?」

「そうだね。薬学部に入ったけど研究者にもならなかったし、薬剤師にもならなかったね。偶然始めたアルバイトの先生を結局は仕事にしたね。ルソーの言う通りだ!」

「アルバイトとはなんですか?」

「ああ、ドイツ語のArbeit(仕事)から来てるんだけど、短期の仕事のことだよ。セルゲイもロマノソフ大学(モスクワ大学)で今やってるよ。」

「そうですか!わかりました。」

「でも、日本語を勉強するって、ロシア…というかソ連ではどういう意味だったの?はっきり言えば、敵の言葉じゃないの?」

「…そうですか?コメコンではなくても、外国ですよ?」

「どう言うこと?日本人はソ連に対して悪い印象を持ってる人が多いよ。クリル問題(北方領土問題)、シベリア抑留とかね。」

「…第二次世界大戦ですね。」

「だから、日本語っていう敵性言語を勉強したわけじゃん。」

「テキセイゲンゴ?」

「敵国の言葉っていう意味だよ。」

「例えば、ロシアはモンゴルに占領された『タタールのくびき』がありました。プロイセンとの間にも、トルコの間にも色々ありました。アメリカとの間にも色々ありました。中国との間にもありました。そういう概念では、全てテキセイゲンゴですね。」

「…」

「歴史はそういう色々の結果だと思います。絶対的正義はあるのかもしれません。でも、その根本原因は時間だと思います。10年前、ミーシャと仲良くすることはダメなことだったかもしれないです。今は違います。バルト国(バルト3国)はもう国内ではありません。生まれる前の色々の過去に責任を取れません。今と未来を結びつけることが大事です。」

こんな話をした。僕は彼の話す日本語からロシア人エリートの気持ちがわかった気がした。そしてもう少し突っ込んだ話をしたいと考えた。だから、ロシア語はもっとやらないといけないなあと思った。

まあ、自由に使えるまで、ここから10年かかったが。

「ミーシャは今回なぜロシアに来たの?また何か僕らで始めるの?」

「いやいや。IBAN停止で送金できないじゃん。戦争終わったらまた始めようよ。…実は、教え子が戦時下のロシアに来てみたいっていうからね。」

「…じゃあ、今すぐ核シェルターに連れていかないとね。」

「サーシャ、それ地下鉄でしょ?もう行ったよ。それにしても、何も変わらないね!」

「細かいところでは色々あったよ。…ああそうだ。ツベルスカヤ大通りのエリセーエフスキー商店が倒産したよ。外国商品のやり取りができないと難しいようだね。」

「そうなんだ!驚きだよ!…サーシャはどうなの?」

「ウチは国内商品ばっかりだから問題ないよ。むしろ景気はいいね。物価は安定してるし、人手不足で賃金は高止まりだしね。」

「サーシャ、今年の夏は?」

「ミーシャが招待状書いてくれたら日本旅行だけど、現実的には無理だよ。飛行機も日本に飛んでないもんね。…ミーシャはどうやってここまで来たの?」

「アブダビ経由で一日かけてきたよ。ロシアは遠くなったよ。」

「まあ、米国民主党政権の時代は、昔ミーシャが言ってたようにアメリカとの関係が悪くなりがちだよね。色々あるけど時間が経てば変わるでしょ。」

「…まあね。吹雪いたら、待つしかないもんね。」

僕がサーシャに惹かれるのは、彼の知性の高さと、この落ち着きだ。

「ところで、ミーシャ」

「うん?」

「娘のスベトラーナが、日本に留学に行きたいらしんだけど、どうにかならない?」

すると、僕に最初に対応してくれた女の子がペコリと日本風に頭を下げた。なんだ!サーシャの娘さんだったのか!

「…俺が大学で働いてるからといって、袖の下、はないんだよ。」

この辺りが、ソ連経験者の困ったところだ。賄賂は、ダメなんだけどなあ。まあ、こういう価値観も、いずれなくなるのかもしれない。

(第66話へ続く)

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