2023/8/7
続・免許のない教育者たち2023 第59話 令和4年!(5)大野研にて
登場人物:
高松克己(かつての塾講師理科主任→大学教員兼会社社長)
大野秀俊(元大学教授→現在嘱託)
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続・免許のない教育者たち2023 第59話 令和4年!(5)大野研にて
令和4年(2022)5月。千葉県某市
授業が始まって、4月が終わった。5月に入ると世間的にはゴールデンウィークがやってくる。世間一般にはゴールデンウィークは少なくとも旗日は丸々休みになるのだが、大学の場合、特に1年生は友達のいない新入生が大学を辞めてしまう原因になっていた。一番まずいのが、宗教団体や特定左派政治団体に取り込まれて学校に来なくなるパターンだ。
昨今、大学新入生やその父兄はこれらによるドロップアウトを相当警戒している。だから見るからにわかる名前で近づいてくることはない。キリスト教の一派である「原理」は「CARP」、某左派団体は「〇〇アクション」などの名前で近づいてくる。大学に繋がりができる前にこう言う集団と繋がってしまうと、全共闘世代同様に、死ぬまでその人間関係の呪縛から逃れられない。まずいことをしているという自覚は、その生暖かい「居心地の良さ」に押し潰されてしまう。
だから、それを防ぐ目的で、特に非常勤の講師の講義は継続して行うことが普通である。まあ、非常勤講師はただの「季節労働者」なので、休みたければいつでも無休休暇を取得できる。旗日はただの気持ちの問題で、関係がない。
ただ、少なくとも僕のつといめている学校は、大学入試が比較的困難であるので、このタイミングで大学を辞めるものは少ない。だから「休む申請をすれば休める」のだが、GWに休んでも混んでるだけだし、妻の菜々子も「GW?何それ美味しいの?」の仕事の人なので、家にいてもしょうがないから働いている。ちなみに、休んだ場合、昔のようにそのまま何もなし、と言うわけにいかず、1週間に数コマ用意されている「補講枠」と言う時間帯を申請して補講を行い、1学期15回(4期生なら8回)の授業回数を絶対にこなさないといけない。この補講枠の確保にも、講師間の人間関係…というか食物連鎖が影響するので、あんまり僕は補講をするのが好きではない。だから、しっかり規定回数の講義をしてから無休休暇を満喫することにしている。7月に夏休みの宿題をやっても、8月終わりにやっても、「宿題をやった」という結果は同じなのに、「心のかさつき」は明らかに違う。先伸ばさないことが肝要だと思う。
でも、いわゆる正規の大学教員は「譜代大名」なので、なんだかんだでGWを休まれる方が多い。僕もGW中は大野教授の襲撃がなく、のびのびと授業ができた。
しかし、GWが終わるとなんか物憂さと共に、神出鬼没のあの男がやってくる。
じゃあ、あらかじめ自首しておいた方がラク。
そこで、他の大学でweb講義があり、家から出る必要がないからいつもスーパー銭湯に行ってサボる「お楽しみ」の木曜日に、講義もないのに、千葉の大学まで顔を出してきた。
いつもの非常勤講師室には知らないメンバーが集まっていた。僕は空いている席に荷物を置いて、お土産の「東京ばな奈」を持って大野教授の研究室に向かった。
彼の研究室は上の階の一番奥にある。名札には「大野秀俊研究室」とある。僕はドアを叩いた。するとしばらくしてから女性の声で
「はい」という返事があり、扉が開いた。
対応していただいた女性は秘書さんであった。年配の細い中年女性である。
「こんにちは。私、お世話になっております非常勤講師の高松です。大野先生は御在室でしょうか?」
すると、少し困惑した様子だったが
「…はい。ではこちらです。どうぞ!」
僕は彼女について部屋の中に入った。部屋の中には大きな机と、窓側にびっしりと机が並んでいる。しかし、学生は全くいない。いや、正確には二人だけいて、パソコンで何か書いている。そしてスタッフと思しき人がいない。そこを抜けて一番奥の部屋の扉をノックした。
「先生、お客さまです」
すると中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「はーい!」
僕が扉を開けると、大野秀俊先生は大きな机の前でパソコン仕事をしていた。こちらをみて、先生の顔が和らいだ。
「おお、高松先生。何?遊んでほしいの?」
「いや、近くまで来たのでご挨拶に参りました。」
月曜日に襲撃を受けると、その後の1週間のスケジュールに影響が及ぶので、とりあえずは自首しに来たのだが。
「ああそうなの!手ぶら?」
「いえ、お口に合わないかもしれませんがどうぞ!」
そう言って僕は手土産をお渡しした。
「俺、甘いの嫌いだけどなあ。中身は実は小判?」
「いえ、金は密度20g/㎤ですから、そんなに軽くないです。お菓子です。」
「ありがとありがと。」
受け取るんかい!
それにしても人気(ひとけ)がない。
「学生さんは自宅で遠隔指導ですか?」
現在はコロナ禍で、まだ大学は入校制限がかかっていたので、来ていないのかと思っていた。
「まあそうだね。うちはM2が2名いて、これで終わりだからね。」
「終わりですか?」
「うん。俺は今年定年なんだよね。」
「…そうなんですね。他のスタッフの先生はどうされてるんですか?」
「みんな都内に残ったよ。」
昔の研究室は、一つの会社のような存在で、トップに社長に相当する教授がおり、その下に執行役員の准教授、講師がおり、管理職の助教がいて、そこに学びに来ている大学院生や大学生が社員のようにいる感じだった。しかし、僕が大学院にいた頃から「教授と准教授は同じ研究室にいても命令体系がない」つまり「独立して独自に研究活動をする」という体制になった。だから、かつては教授が定年退官するときには大きな人事異動が発生し、アメリカの大統領の政権交代時のような、スタッフの総入れ替えがあった。
学生にとっては指導教官が定年退官すると、自分の居場所がなくなり、たとえば卒業した後に大学教授を目指したい場合に、後見人がいなくなってしまう。だから、定年退官が近づくと蜘蛛の子を散らすように周りから人がいなくなる。D(博士課程)の学生は准教授に指導教官変更したり、学生を指導しなくなる。僕は大野先生の状況が把握できた。
「そうなんですね。じゃあ、来年、再就職ですか?」
定年退官した先生は、まだ働きたい場合は僕と同じような「非常勤講師」になって講義を担当することが多い。この場合も、それまで働いていた大学というわけではなく、別の大学になることも多い。
「いや、一応大学には非常勤の申請したけど、どうなるかな?」
「じゃあ…!」
僕は策を弄してみることとした。
このまま定年退官しても彼にとってはいいことがないし、僕にとっては「後見人」がいれば、大学に研究室が持てるかもしれない。どうなるかはわからないが、なんとか頑張ってみることにした。
「これからもよろしくお願いしますね!」
僕がそういうと大野先生は何かわかっていない様子だった。
(第60話へ続く)
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マツウラ カツユキ/57歳/男
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