2022/3/27
江戸川区「船堀」の地名の由来(金井たかしの「江戸川区情報」)(金井たかしのプロフィール)
2022年3月27日、江戸川区の船堀駅から近い「新川千本桜」を見に行ってきました。新川千本桜のある新川は、江戸川区の船堀地区の南側になります。そこで、「船堀」の地名の由来について調べてみました。
まず、江戸川区「船堀」の地名の由来について、「寛永6年(1629年)新川が開削され、千葉の方から塩の搬入路とした。船の出入りをする堀川がその由来である。」(金子勤『東京23区の地名の由来』33頁〔幻冬舎 2016〕)とされています。
また、「EDO→TOKYO東京の町並みから江戸の輪郭を探る」の中の「東京都江戸川区 船堀の地名の由来―船堀新川川岸 2015年10月25日」では、
「江戸川区に船堀、という地名があります。地名の由来は読んで字のごとく、船用の堀、があったことからで、新川(船堀川)とそこから別れる堀入りが由来となっています。」と記載されています。
ここの記載で少し気になったことがあります。「新川(船堀川)」という記述です。「新川」という名称は、元は、「船堀川」です、という書き方です。そこで、インターネットで調べてみました。
「中山・下総・散歩道」の記述で
「江戸川区を東西に流れる新川は、荒川・中川と江戸川を結ぶ運河でした。昔は船堀川と呼ばれていたそうです。徳川家康は江戸に入るとすぐに 小名木川を開削し、新川を経て当時太日川と呼ばれた江戸川につなぎ、行徳(千葉県市川市)の塩を江戸に運ぶ航路を整備したそうです。」(引用、抜粋並びに参考:新川沿岸案内板・新川口児童公園「新川梨について」案内板・江戸川区ホームページ・市川市ホームページ)
とされていました。
ですから、「新川」という名称は、開削後の名称で、それ以前は「船堀川」ということのようです。「船堀」に地名の由来を調べていて「新川」の旧名称が「船堀川」ということが分りました。地名の由来などを調べると興味深い発見があるものです。(金井たかしのプロフィール)
「金井たかし 江戸川区の政策研究(金井たかし公式HP)」 (東京都江戸川区)
弁護士 金井高志(金井たかし)
(江戸川区在住 弁護士 武蔵野大学[江東区]法学部・大学院教授)
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