2026/6/1
国家情報局設置法案【参議院連合審査会5.21】「何をやっても許される組織」なのか?3委員会合同審査で見えた市民監視
松戸市議会議員の岡本ゆうこです。
前回のブログでは、5月21日の午前中に行われた内閣委員会について、行政視察へ向かう移動中の画面越しに見た議事についてお届けしました。
今回はその日の午後、舞台を「内閣・法務・外交防衛」の3委員会合同による連合審査会へと移し、さらに激しさを増した国会の攻防について記します。
国家情報局設置法案は単なる「役所の組織替え」ではありません。市民の皆さまの基本的人権(法務)や、国の防衛体制(外交防衛)の根幹を巻き込む巨大なテーマだからこそ、3つの委員会が合同で政府をただす審査会が開かれたのだと思います。
「市民の基本的人権の擁護」と「個人情報保護」について、特にプライバシー権の侵害や歯止めのなさが浮き彫りになった4人の議員の質疑と、驚くほど不誠実な政府の答弁をピックアップして、その危険性を紐解きます。
① 打越さく良 議員(立憲民主党)
✅憲法の三大原理に抵触する懸念と、広がる「市民総監視」への恐怖
打越さく良議員は、質疑の冒頭、木原防衛大臣(国務大臣)に対し、あえて「日本国憲法の三大原理(国民主権、基本的人権の尊重、平和主義)」を答えさせ、本法案がそのすべてに抵触するのではないかという国民の強い懸念をぶつけました。
🔺この法案によって、国益のためなら市民のプライバシーや内心の自由すら脅かされるのではないかという懸念が広がっている。行政事務の遂行において、憲法に保障された国民の権利・利益を尊重することは大前提ではないか。
【政府側の答弁】
政府側は「政府が行政事務を遂行するに当たっては、憲法に保障された国民の権利、利益を尊重し、関係法令に定められたルールに従うことは当然のこと」と、形式的な回答に終始しました。
【自治体議員としての視点】
「当然のこと」と言いながら、では具体的にどうやって市民の権利を守るのかという実効性のあるルールは法律に一切書かれていません。形だけの安心文句で、憲法上の権利を侵す仕組みがフリーパスで作られようとしていることに強い危機感を覚えました。
② 田島麻衣子議員(立憲民主党)
✅一般論としてのインテリジェンス強化の裏にある「運用のブラックボックス」
国連職員としての海外赴任経験を持つ田島麻衣子議員は、一般論として国がインテリジェンス(情報)能力を強化すること自体には理解を示しつつも、「誰がその集められた情報の適法性をチェックするのか」という運用の不透明さを鋭く突きました。
🔺能力強化には賛同するが、問題はその運用のあり方だ。チェック機関も機能しないまま、情報の選別や集約がブラックボックスで行われれば、野党議員の活動や市民運動の監視など、時の政権に都合よく乱用される危険性が極めて高いのではないか。
【政府側の答弁】
政府は、関係大臣や官房長官、内閣情報官らによる適切な監督が行われるため問題はない、という身内だけのチェックで十分とする答弁を繰り返しました。
【自治体議員としての視点】
身内が身内をチェックする仕組みなど、監視(チェック機能)とは呼びません。地方自治体であれば、議会や監査委員、外部の有識者による厳しい目が光りますが、この国家情報局にはその「外の目」が一切排除されているのです。
③ 山添 拓 議員(日本共産党)
✅歪められるインテリジェンス、米国の実例から見る「政治利用」の恐ろしさ
山添拓議員は、米国上院の公聴会で、事前に用意されていた「イランの核脅威を否定する情報」が、大統領の方針に忖度して読み飛ばされたという最新の生々しい資料を提示。「情報機関は、時の政権の政策を正当化するために情報を歪める」という本質的な危険性を告発しました。
🔺今回の法案の柱は、安全保障など重要情報活動について調査審議する「官邸直結」の国家情報会議を設置すること。官邸に直結していれば、客観的な情報ではなく、時の総理や政権の延命・政策の正当化のために、インテリジェンスがいくらでも政治利用され、歪められるのではないか。
【政府側の答弁】
政府側は、集約された情報は多角的に分析され、適切に政策判断の基盤として活用されるため、政治的に偏ることはないという机上の空論を述べました。
【自治体議員としての視点】
国家が都合の悪い情報を隠し、都合の良い情報だけを集約・利用する。その過程で市民のマイナンバーや自治体のデータまでが「必要性」という名目で利用されれば、私たちの知らないところで市民の権利が切り崩されてしまいます。
④ 福島みずほ 議員(社民党)
✅「やってはいけないこと」が何一つ書かれていない致命的な「欠陥法案」
福島みずほ議員は、諸外国(例えばドイツの連邦情報局・BND法)の法律と比較し、本法案が持つ決定的な恐怖、「禁止規定の欠如」を痛烈に批判しました。
🔺ドイツの法律では「警察機関への附属禁止」「聖職者、弁護士、ジャーナリストからの情報収集禁止」「私的生活の核心領域の絶対保護」「誤った情報の訂正・削除権」など、市民を守るための明確なブレーキが法律に書かれている。しかし、この日本案には「やってはいけないこと」「取ってはいけない情報」が何一つ書いていない。これでは何をやっても許される、完全な欠陥法案ではないか。
【政府側の答弁】
政府側は「国家情報会議や国家情報局は、当然ながらその所掌事務の範囲内で必要な情報を収集することになるため、欠陥ではない」という、質問の意図を完全に無視した木で鼻をくくったような答弁に終始しました。
【自治体議員としての視点】
福島みずほ議員のこの追及こそ、私が最も懸念している点です。
「所掌事務の範囲内」といえば聞こえはいいですが、その中身に「これはやってはならない」という禁止がないということは、国が必要と判断すれば、自治体が持つ皆さまの医療や個人情報、さらには通信のプライバシーにまで、制限なく網をかけることができるという意味にほかならないのです。
■ 連合審査会を終えて
かつて令和5年の個人情報保護法改正で、国から一律のテンプレート(雛形)が送られてきて自治体の独自条例がリセットされたとき、松戸市は必死の思いで条例第1条に「市民の基本的人権を擁護する」という文言を明文化し、地方自治の砦を守りました。
しかし、いま国が作ろうとしている国家情報局は、その地方自治体が必死に守り抜いた「個人情報の壁」を、何の法的ブレーキもないまま、国家安全保障という大義名分だけで合法的に突き破ることができる、恐ろしい仕組みです。
「普通の市民は監視の対象にならない」という政府の言葉は、何の保証にもなりません。誰が「普通」かを決める権力を国が独占し、そこに第三者のチェックが入らないこと自体が、民主主義の崩壊を意味していると考えます。

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