2026/4/25
福島県内の教育現場、そして福祉の現場において、無視できない“違和感”があります。
それは、問題が起きたときに正面から向き合うのではなく、できる限り表に出さないようにする空気です。
福島県教育委員会、郡山市教育委員会。
本来、子どもたちを守るべき組織において、不都合な事実が覆い隠される——そうした声が現場から上がっています。
さらに、福島県児童相談所においても、同様の傾向が指摘されています。

私のもとにも、保護者の方から直接メールで相談が寄せられたことがあります。
内容は決して軽いものではありません。
しかし、多くの場合、その先に進むことはありません。
なぜか。
●子どもへの影響が怖い
●学校や行政との関係が悪化するかもしれない
●訴えても変わらないのではないか
こうした不安が、声を途中で止めてしまうのです。
その結果、「泣き寝入り」が積み重なっていく。
これは見過ごしていい状況ではありません。
教育の分野だけではありません。福祉においても同様の陳情を受けたことがあります。
福島県の医療機関でセクハラをされた女性の被害についても県議は誰も動いてくれないということが明らかとなりました。

こういうものが報道で流れるべきですが、地元の地方紙は広告の経済力で県に牛耳られており、私がいくらなにを暴露しようともダンマリするのがこの人たちの体質です。
現場の記者はみないい人たちです。取材している時には私の言うことを丁寧にメモしてくれます。しかし、上部のデスクで記事を止めるという、黒い政治権力に支配された人がたくさんいるのです。
郡山市議会の元議長による幼児に対しての性的虐待についても、ずっと地元マスコミは黙っており、準隠蔽みたいなことをしていたので、
私は昨年末に被害児童の保護者を郡山市役所の記者クラブで記者会見をしてもらい、やっと報道するようにはなりましたが、たったの一回こっきりの話で、広げようとはしません。

これが腐りきった福島県政の実態なのです。
私はここを切り込んでいきたいと思います。
なぜならば私は東京都出身であり、この福島県にはなんのしがらみもないからです。
おかげで、土木の仕事は福島県内では干されまくっていて追放の目に遭っていますが、てめえの食い扶持などどうでもいいのです。そうであっても民間の依頼や他府県での復興工事などをやっているので1級土木施工管理技士としてなんとかなります。
これは単なる個別のトラブルではありません。
少なくとも今の福島県において、現場に根付いてしまった“隠す体質”の問題です。
問題を小さく見せる、内部で処理しようとする、記録を曖昧にする——そうした対応が繰り返されている現実があります。
それは福島県知事や郡山市長を牛耳る長老議員・マスコミが一体となって、この福島県を腐らせているからです。
しかし同時に、これは福島だけの特殊な問題とも言い切れません。
●責任を回避する評価制度
●前例主義による硬直化
●外部からのチェックが働きにくい閉鎖性
こうした日本の行政全体に共通する構造が、福島県の現場の「体質」として現れているのです。
教育について的を絞りましょう。とくにいじめ問題です。
この問題の本質は明確です。
そのしわ寄せを受けているのは、子どもたちです。
あるいは身体を自由に動かせずセクハラにあう障害者です。
守られるべき存在が、声を上げることすらできず、静かに我慢を強いられている。
そして保護者もまた、同じように沈黙を選ばざるを得ない状況に置かれている。
ドラマでしか見ないと思ったバターン、いじめをしている子供が「議員の息子だから」とかで隠蔽される。そんなフィクションみたいなことが実際に行われていることもありました。
この状態を放置することは、地域の未来を損なうことに直結します。
私は、この問題を「よくある話」で終わらせるつもりはありません。
必要なのは、
●事実を外に出すこと
●第三者の目を入れること
●安心して声を上げられる環境をつくること
です。
これを実行すれば困るのは、福島県内の地元テレビ局や新聞社かもしれません。
しかし、私にとっては本質的な問題ではありません。
たとえば、福島民報社に対して、私は選挙報道の公平性について指摘を行いました。 ある候補者については多くの記事を載せ、県政にとって邪魔な候補者については数行しか書かないという手法を彼らはこれまで何度もやってきたからです。
同社からは昨年11月、「後日回答する」との返答がありましたが、それ以降、半年経ちますが、現在に至るまで正式な説明はありません。
結果として、説明責任が果たされないまま放置されている状況です。
この対応自体が、報道機関としての姿勢を示しているのではないでしょうか。
そのため、次回私が立候補する際には、福島民報社からの取材については一切応じない方針としています。
こうした「問題に向き合わず、見て見ぬふりをする姿勢」は、報道機関に限った話ではありません。
むしろ、この体質こそが、県民が行政の現場で直面する問題や苦難を表に出せず、結果的に握りつぶしてしまう慣習を生み出しているのではないか——私はそう考えています。
今後、私はこの問題に対して具体的に動いていきます。
●相談事例の収集と整理(匿名性の確保)
●問題の可視化と継続的な情報発信
●行政への具体的な改善提案
●必要に応じた公の場での提起
これは一度きりの発信ではありません。
継続して取り組むテーマです。
今、声を上げることをためらっている方へ。
その違和感は、決して間違いではありません。
沈黙が続けば、何も変わらない。
しかし、一つひとつの声が積み重なれば、流れは変わります。
私は、その声を受け止め、外へ届けていきます。
見えないままにされてきた問題に、光を当てる。
ここからが、本当のスタートです。
相談される方は以下の有限会社イズム(おおさか佳巨郡山市長選挙事務所の隣)にご連絡ください。
私は能登半島地震の復興工事で石川県におりますが、定期的に郡山市に帰ります。



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