2025/7/29

知る人ぞ知る、郡山市富久山町久保田・水口──失われた城下町の面影をたどる
郡山市の東部、阿武隈川を越えた先にある富久山町久保田。その中でも「水口(みずぐち)」という地名は、郡山市民でさえも「どこそれ?」と首をかしげるような、地元民の間でひっそり語られる場所です。
なにしろこの「水口」、表通り(県道355=二本松須賀川線)には面していません。地図を見ながらでないとたどり着けないような場所に、「おの建装工業」(福島県郡山市富久山町久保田水口25)

や、「丸越建設」(郡山市富久山町久保田字 水口46-3)

といった、地域に根ざした企業が点在しています。

そして同じ「水口」には、「増子米店」が。

福島県ではごくありふれた苗字の「増子(ましこ)」ですが、東京など県外では珍しい名字です。
その話をすると、郡山市民の多くが驚きます。日常のなかに潜む地域文化の違いが、こんな些細なところにも現れるのが面白いですね。
一方、水口から少し北に行くと、「藤乃井」という日本酒を醸す「佐藤酒造店」(郡山市富久山町久保田字久保田5)が現れます。

チヨニシキを原料にしたその味は、どこか懐かしく、地元の気候と水を感じさせてくれます。私自身も一度口にしたことがありますが、その時は何も知らずに呑んでいました。まさか富久山の酒だったとは。

さらに周辺を歩くと、住宅街の合間に「スズキ理容室」(郡山市富久山町久保田字久保田山王舘15)など、

地域に溶け込んだ昔ながらの床屋さんがひっそりと営業を続けています。大手チェーンではなく、こうした個人経営の店が残っているのも、この地域の穏やかな時間の流れを感じさせます。

ただ、水口という地名自体が狭いエリアに限られているため、すぐに「久保田字久保田」や「山王舘」など、別の小字に移ってしまいます。地名の境界線を気にして歩くと、この町の成り立ちが浮かび上がってくるようです。

さて、「久保田字久保田」という地名は、文字通り久保田の中心地だったのでしょうか?

しかし今、その面影はほとんど残っていません。
住宅が並ぶのみで、かつての賑わいを感じさせるような建物や広場も見当たりません。
もっと歴史をさかのぼれば、この地には「久保田城」あるいは「窪田城」という城があったとされます。
場所は現在の「郡山市富久山町久保田字古町」付近といわれており、地名に残る「古町」の響きにかろうじて、かつての由緒を感じ取ることができます。しかし、ここもまた現代の宅地化に飲み込まれ、歴史を感じさせる風景はほとんど見られません。
郡山駅からわずか数キロの距離にありながら、交通の表舞台から外れた場所に、こうした「隠れた郷土の記憶」が静かに息づいているのです。水口、久保田、古町──いずれも人々の暮らしの中で名前だけが生き残り、物語は土に還っていく。

知る人ぞ知る──郡山市富久山町久保田・水口は、そんな言葉がぴったりの町です。

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●大坂 佳巨(おおさか よしきよ)
元・拉致問題担当大臣秘書。土木技術者。
郡山市を拠点に、「共感・調和・つながり」の政治を推進中。
地域通貨、減価通貨、武道精神などを軸に、郡山から“風土型経済”を構想中。
2016年 参議院議員荒井広幸秘書
2025年 郡山市長選挙 立候補者


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