川合 弘人 ブログ
川合弘人【富士見町 富士見町議会】 22歳で没した千野敏子の碑前で献花式
2026/7/31

本日7月31日、富士見町コミュニティ・プラザの敷地内にある千野敏子の碑前で、教育委員会主催の献花式が行われ、町議会社会文教常任委員会の委員として参加しました。
千野敏子の命日は8月2日です。その2日前に行われました。献花式は町民の発案により数年前から続けられていますが、今回は2年ぶりの開催となりました。
千野敏子は現在の諏訪市に生まれ、諏訪高等女学校、現在の諏訪二葉高校を卒業しました。その後、1943年4月から、富士見村にあった富士見国民学校、現在の富士見町立富士見小学校の教員を務めました。
戦後の深刻な食糧難の中でも闇買いを拒み、1946年8月2日、22歳の若さで亡くなりました。
女学生時代から書き続けていた感想や詩などは、没後、遺稿集『葦折れぬ』として刊行され、多くの若者に読まれました。1948年には、ゆかりの地である富士見町に記念碑が建立されました。
現在、碑は、かつて千野敏子が教壇に立った富士見国民学校を受け継ぐ富士見小学校の方向を向いて建てられています。
献花をしながら、千野敏子が富士見の地で子どもたちと向き合った日々と、その短い生涯を通して貫いた信念に、改めて思いを寄せました。
戦争や戦後の混乱を直接知る世代が少なくなる中、地域に残る記憶を学び、次の世代に伝えていくことの大切さを感じます。
町民の皆さんの発案によって献花式が受け継がれていることに敬意を表するとともに、平和と命の尊さを語り継いでいかなければならないとの思いを新たにしました
著者
| 肩書 |
会社役員 みんなのつどい富士見代表 |
| 党派・会派 |
無所属
|