2022/7/14
【#網走監獄】
明治時代、北海道開拓といえば屯田兵や入植団の活躍が有名ですが、開拓の礎となった網走から旭川まで繋がる中央道路の開削にあたったのは1,200人の囚人でした。
当時、ロシア帝国の南下政策に備えるため政府は北海道開拓を急ぎ国防の最前線とする必要がありました。
その道路整備の労働力のために、網走監獄の囚人が投入されました。
163kmの道路をわずか8ヶ月で完成させましたが、その重労働は過酷を極め道中200名もの囚人が亡くなり、亡骸はそのまま道路脇に葬られたといいます。
あとから慰霊碑も建てられました。
こうした犠牲の上に平和が保たれてきたわけですね。国を守るための危機感や緊張感が伝わってきます。





この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>藤條 たかゆき (トウジョウ タカユキ)>【#網走監獄】明治時代、北海道開拓といえば屯田兵や入植団の活躍が有名ですが、開拓の礎となった網...