2026/6/15
2026/6/15
2026/6/8
2026/6/1
| 生年月日 | 1981年10月03日 |
|---|---|
| 年齢 | 44歳 |
| 星座 | てんびん座 |
| 出身地 | 岡山県岡山市 |
| 好きな食べ物 | 焼き鳥、蕎麦、餃子。地元の飲食店や居酒屋を巡りながら、地域の方々とざっくばらんに交流するのが好きです。 |
| 好きな本、漫画、雑誌 | 村上春樹の作品を愛読しており、休日に本屋を巡るのが趣味です。 また、まちづくりへの関心から、優れた建築家(藤本壮介氏、伊東豊雄氏、篠原一男氏、磯崎新氏など)に関する書籍や雑誌もよく読みます。 |
■ 私が政治家を志した理由と、練馬でやりたいこと
変わらない政治に、猛烈にイラついた
警察官だった父の背中を見て育ち、子どもの頃から「世の中の理不尽を正したい」という思いは持っていました。でも、明確に政治を意識したのは、早稲田の大学院に入った2011年です。
東日本大震災が起き、「絶対に安全だ」と言われていた原発の神話があっけなく崩れました。これからの日本はどうなるんだと不安になる一方で、インターンとして歩き回った岡山の地域では、「年金や暮らしが不安だけど、どうしようもない」というお年寄りたちの諦めの声を聞きました。現場のリアルな声は、東京の永田町にはこれっぽっちも届いていなかったんです。
当時、国会前では大きなデモが起きていました。集団的自衛権や憲法の問題に対して、ものすごい数の人が「なんとか社会を変えよう」と声を上げ、熱気があふれていました。でも、現実はびくとも変わらなかった。
その時、私は猛烈にイラついたんです。テレビの前で「政治家は何をやってるんだ」と文句を言うのは簡単です。でも、外から石を投げているだけじゃ、この分厚い壁は絶対に変わらない。「文句があるなら、自分が中に入って変えてやる」。それが、私が腹を括った瞬間でした。
国の行方より、まずは足元の「生活」をなんとかしたい
その後、結婚を機に練馬に移り住み、子どもが生まれました。国政の大きな話ももちろん大事ですが、私がいま命を懸けたいのは、自分の家族や皆さんが暮らすこの「練馬」の日常です。
私がやりたいことは至ってシンプルで、皆さんの生活から「不安」をなくすこと。
安心して学校に行き、働き、年を重ねる。そんな当たり前の生活を底支えするのが、本来の政治の仕事です。とくに、親の環境によって子どもの未来が左右されるような「体験格差」は、絶対に無くさなければいけません。地方自治には、私たちが生きる「生活のすべて」が詰まっています。この足元を変えられずに、日本が変わるわけがないんです。
「無駄」と言われるアートにこそ、平和とケアの答えがある
もう一つ、私が本気で取り組みたいのが「文化・アート」と「福祉(ケア)」をつなぐことです。
「文化なんて生きていく上で無駄だ」と言う人もいます。でも、私は全く違うと思っています。アートに触れることは、自分と違う価値観を認め合い、他者を思いやる対話を生み出します。文化芸術が根付いている街の人は、絶対に戦争や争いなんて起こしません。
そして私が研究を通じて確信しているのは、アートと福祉(ケア)は深く結びついているということです。効率や損得ばかりの社会では、人は窮屈になります。アートは、弱さや痛みを抱える人に寄り添う「ケア」の力を持っています。
かっこいい言葉を並べるつもりはありません。一人の親として、この街に生きる当事者として。この練馬から、不安のない、誰もが自分らしく生きられる社会を本気で作っていきます。
区政へのご意見やご要望を、ぜひお気軽にお寄せください。
開進第一小学校のPTA会長として、保護者の負担軽減など時代に即した「PTA改革」を推進しています。また、町会の防犯交通部長として地域の安心・安全を守る取り組みに尽力するほか、全国各地の先進的な公共施設やまちづくりの視察を通じ、優れた事例を練馬区の施策に還元するための調査研究を継続的に行っています。
地域のインフラ整備や交通安全対策の強化を進めるとともに、東京藝術大学のプログラムで学んだ「多様性」の視点を区政に取り入れます。優れた建築や公共空間が街の魅力を引き出すように、区民の皆様一人ひとりが自分らしく、安心して居場所を見つけられる「寛容で創造的な練馬区」を目指します。
日頃から地域を歩き、皆様の生の声をお聴きすることを何より大切にしています。子育て世代の当事者として、また地域の安全を守る一員として、現場主義を貫きます。
練馬区が持つポテンシャルを最大限に引き出し、魅力ある未来の練馬を皆様とともに創り上げていきたいと考えています。
どうぞよろしくお願いいたします。