2019/3/23
こんにちは。羽田圭二事務所です。【羽田圭二、どんな人?】の第2回目。今回も、たくさんの区議予定候補者の中で「羽田圭二が唯一無二」であると言えようトピックをお伝えします。
羽田圭二の次女・知佳さんはLGBT。羽田圭二はレズビアンの娘を持つことをオープンにしています。2013年の公表当時、“日本でもLGBTを家族に持つことをオープンにする政治家がついに登場した!”と話題になり、また、家族や友人へのカムアウトに悩む多くのLGBTの方々にとって大きな希望となりました。
ここでは、羽田圭二の次女である知佳さんが2013年当時に執筆したお父さんへのメッセージを紹介したいと思います。
ぜひご一読ください。
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レズビアンである私の父 ー誰もがありのままの自分を表現し、多様な生き方を認め合う社会の実現のためにー
「自分らしく生きる」これは私のモットーです。
自分がレズビアンであると確かに認めることができたのは、24歳を過ぎてからでした。
初めて同性と交際をした時、彼女を仲の良い友人として家族へ紹介し、また友人・知人にもレズビアンであることを打ち明けられずに1年が過ぎてゆきました。決して悪いことをしているわけではないと頭では解っていながらも、偏見や差別にさらされることへの恐怖心から誰にも言えず、息苦しさに苛まれていました。
あれから約7年。この間に、少しずつカミングアウトをする範囲を広げながら周囲へ自分のセクシャリティにまつわる体験や考えなどを語り、今ではだいぶ自分らしく生きられていると実感しています。
しかしながら、父にだけはカミングアウトできずにいました。
何故なら、ゲイ男性をおもしろおかしく取り上げているテレビ番組を笑いながら視聴する父の姿を目の当たりにした記憶があったからです。だからこそ、まずは同性愛者の抱える問題に目を向けて欲しいと思いました。
2007年に福島みずほ社民党党首および現在の世田谷区長である保坂展人氏(当時は衆議院議員)が東京プライドパレードに日本初の国会議員として参加したことは、父に関心を持ってもらえる大きなチャンスかもしれないと期待し、その出来事を話し次回以降の参加をすすめましたが、残念ながら関心を持ってもらえず受け流されてしまいました。
その後数年が経過し、当時区議会議員として働く父の事務所を手伝う傍らで、区民から寄せられる要望や意見に対して真摯に耳を傾け、即座に行動に移す父の姿を見て、〝自らの人権は自ら声をあげ、政治に反映させなければ守られない。そして、そのためには実行力ある政治の担い手、すなわち父のような議員に託す必要がある〟ということに気付かされました。
それまでは、あくまで家族の一員としか見ていなかった父を、「区民の生活をよりよい方向へ導くことに精を注ぐひとりの議員」として見た瞬間、この人ならば社会に新風を巻き起こしてくれるかもしれないと感じました。
それを機に、某機関誌を通じて父へカミングアウトしました。
カミングアウトしたことを契機に多くの体験を父と共有することにつながりました。
LGBT成人式やレインボーパレード、LGBTの親子イベントに参加したりWebのインタビューを受けたりと公の場へ父子で参加する機会に恵まれました。
今年4月のレインボーパレードには、残念ながら沖縄に移住したため私は参加することができませんでした。けれど、父は今年も参加し、「自分の娘がレズビアンである」とのあいさつをしたそうです。その瞬間、会場内は歓喜にわいたとの報告を参加者の方から受けました。
たまたま私の父は区議会議員をしていて、父にとっては、たまたま娘がレズビアンだったわけですが、それを公言することには大きな意味があることを噛みしめました。
誰もが平等に「自分らしく生きる」権利を持っています。
だからこそ、私たちLGBTにかかわらず、生きにくさを感じているすべてのひとが自分らしく生きていけるために、社会に存在する障壁をひとつひとつ解消していくことが必要であると常々感じています。
その一翼を担ってくれるであろう人物、羽田圭二を区政へ送ることは、人びとが自分らしく生きていくための大きな前進にむすびつくことであると信じて疑いません。
2013年6月12日 羽田知佳(羽田圭二次女)
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羽田圭二は、「多様性を認め合う、排除しない社会」をめざし、誰もが安心して暮らし続けられるまち・世田谷の実現に向けて活動してまいります。
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●世田谷区議会議員羽田圭二 公式ホームページ
http://www2u.biglobe.ne.jp/~kehaneda/
●羽田圭二Facebookページ「羽田圭二と世田谷をつくる会」
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