2026/5/12
昨日のことです。
朝から地域で環境事業所関連のお手伝いをした後、市役所で委員会関係の資料説明を受け、軽く昼食を済ませて事務所へ戻ると、かなりご高齢のお客様がお見えになっていました。
耳がご不自由のご様子で、やり取りにもやや難儀しましたが、「かつて学校に勤めていた」と仰る。しかし、失礼ながら私にはどなたなのか分かりません。すると、こちらの思案を覚られたのか、やおら鞄から書付けを取り出され、「これです」と示してくださいました。
「あぁ、先生!」
なんと、中学時代に教科担任だった恩師であり、今年になってからも、あるエピソードから思い起こしていた方でした。よく見れば面影もあり、声も次第に記憶の奥からよみがえってきます。ほんのしばしの間でしたが、お元気なお姿に接することができ本当にうれしく、幸せな気持ちになりました。もっとも、すぐに気づけなかったのも無理はありません。教わっていたころから、実に43年ほどの歳月が流れています。
釈尊が、生老病死の現実に触れたことを契機に悟りへ向かわれたという話があります。私などは覚者の境地には到底及ばぬ俗人ではありますが、それでも、人の姿や時の流れに無常を感じずにはいられません。超高齢社会が現実となるなか、高齢者福祉施策の重要性についても、改めて身につまされる思いがいたします。
その時、その日、その出会いを大切にしながら、今、与えられた職責を誠実に果たしていきたい――そんな思いを新たにしたひと時の再会でした。
先生、どうかいつまでもお元気で――。
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ハットリ マサヤ/57歳/男
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