『ザ選挙』編集長
高橋茂
■「信州人」ではない候補者
安曇野の朝は、すでに初冬を思わせる空気の澄み具合だった。この地には全国から多くの人が「終の棲家(ついのすみか)」を求めてやってくる。東京から移住する人も多い。
今回、安曇野市議会議員選挙で初当選した増田望三郎(ますだぼうざぶろう)氏(44)も、安曇野での田舎生活に可能性を感じて都会から移住したごく普通の気さくな男性だった。
望さん(彼は仲間からそのように呼ばれているらしい)は1969年大分で生まれた。大学中退後、北海道の牧場や三重県の森林を舞台にして、環境教育や農業体験イベントのコーディネーターとして活躍したという。その後東京でサラリーマン生活をしていたというが、田舎生活の素地はすでにあったのだろう。
安曇野行きは千葉県出身の奥さんの意向がかなり強かったという。2004年、安曇野市三郷小倉に移住し、自給自足の農家民宿『安曇野地球宿』を始めた。
引っ越しはだれでも経験するものだが、望さんは移住の過程を友人・知人らにメールマガジンの形で発信していた。そのネットワークが今回の選挙での下支えとなる。
私が今回望さんにどうしても会いたくなったのは、親友の小林純子安曇野市議から「私の仲間」だと聞いたのがきっかけだった。純子さん(私はこう呼んでいる)は、田中康夫知事を生んだ2000年の長野県知事選挙で私とともに田中康夫さんを応援したいわば「同志」である。その誠実さと行動力によって周囲からは「安曇野の良心」と呼ばれ、私は姉のように慕っている。
純子さんは安曇野の穂高生まれの穂高育ち。あまり好きではない言葉だが、私と同じ生粋の「信州人」である。2000年の選挙時は、既得権益にすがりついていた一部の地元の人たちにも正論を唱え、果敢に戦っていた。その純子さんがともに議会に行こうと思える人物とはどのような人なのか、と気になった。そして、私の安曇野行きを決めさせたのは、その望さんを「ネット選挙の成功例」として紹介したNHKの「ニュースウォッチ9」を見たからだった。
番組では、望さんを「田舎でネット選挙を駆使して成功した事例」として扱っていた。しかし彼は「それだけではない」と考えていた。選挙手法としてはオーソドックスな「草の根型」である。その上にネットが連絡網及び広報ツールとして乗っているのだ。本人は「ネットだけで勝てるわけがない」と最初から感じていた。
■311をきっかけに政治を身近に感じるように
望さんが政治に関心を持ったのは、2011年3月11日に起きた東北の震災がきっかけだった。それまでは、政治に特に関心を持たない、どこにでもいる市民だった。そして、三郷の産廃施設問題での行政や業者のずさんな対応を目の当たりにしてきて「誰かが真剣に取り組まないと大変なことになる」と感じた。
ご存知のように、安曇野は「日本の原風景」とも言われた田園地帯である。北アルプスの雪は10年かけてろ過され、地下水となって安曇野の自然や農作物、そして人を育んでいる。2000年の長野県知事選挙のときに高規格道路の建設を反対した私や純子さんたちも、やはり地下水脈が分断され安曇野の血液とも言える水が汚されるのを恐れた。計画されている産廃施設が空気と地下水を汚染してしまうとわかったときに、行動に移らなければと強い危機感を感じたのは、むしろ人として自然だった。
望さんは、単に施設の稼働反対だけを訴えていたわけではない。地元のことを真剣に考え、行政にお任せにせず、業者の口車に乗せられず、住民が動かなければならないときに動かなければ、明るい未来が約束されないということを訴えたかった。
■人のネットワークとネット選挙
今年の7月に行われた参議院選挙。ネット選挙運動解禁の最大の効果と言えるのが、緑の党全国比例から出馬し、17万票強を獲得した三宅洋平氏の存在だった。望さんは三宅氏に会い、その想いや考えを聞いて衝撃を受けた。「普通の市民から遠くかけ離れてしまった政治を、自分たちの手に取り戻そう。誰かを批判するのではなく、相手に対しても敬意を払いながら、言葉を伝え合い、受け合い、心を通い合わせる政治にしていこう」。参院選後、三宅氏は望さんに「これから地方でどんどん立ち上がる人が出てくる」と語ったという。望さんは「自分が出て行くのは国政ではない。地域にとことん関わろう」と考えた。そして妻との対談の動画が、出馬の決め手となった。
とはいえ、初めての選挙。経験者の純子さんがいるといっても、彼女は自分の選挙もある。最低限事務所のスタッフが必要だ。そのときに役に立ったのは、彼が10年かけてメールマガジン「望三郎の安曇野通信」で培ってきたネットワークと、『安曇野地球宿』を拠点とし、年間50以上のイベントを主宰して「場づくり」を行ってきたことに共感して参加した内外の仲間たちだった。
選挙では「ツイキャス」という簡単なネット同時中継システムが使われていた。これは、一般に向けて配信する意図もあったが、望さんが街頭で演説している姿を事務所でリアルタイムに確認することにも意義があった。新人ともなれば、マイクを持って屋外で知らない人に向かって自分の主張を述べる経験はなかなか無い。だから、誰かが冷静な目で演説のようすを見てアドバイスするのが効果的だ。私は候補者や議員に動画撮影を積極的に勧めるが、その理由のひとつはこれだ。話し方の癖や姿勢は自分ではわかりにくい。映像を誰かに見てもらい、それを確認しながら修正をかけていくのが最も早く上達する。ゴルフのフォームを直すのと同じことだ(って、私はゴルフをやらないけど)。
選挙は手探りだった。「選挙で勝てると思いましたか?」と聞いた私に彼は答えた。「思ったり思わなかったりですね」「演説も上手じゃないし、対話集会で『伝わった』と思えたのは3,4回かなあ…」。
彼は、選挙になって特別にサイトを立ち上げるとか、普段と違うプロモーションをやったわけではない。選挙期間は一週間しかない。そのときに特別なことをやったところで効果は期待できない。だから、今まで続けてきたことを続けるのが第一。そしてそれを広めるための手段としてFacebookやツイキャスなどがあった。
「当選したときはどう感じましたか」と聞くと、彼は「まずはホッとしました」と笑顔で答えた。
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