クロスワードパズルからQRコードまで!? 変わりダネ選挙公報あつめました
2020/01/16
本土復帰50年──。その節目に行われる沖縄県知事選挙は、始まる前から熱かった。
沖縄県知事選挙の告示日は8月25日、投開票は9月11日だ。しかし、事実上の選挙戦は告示日前から始まっていた。沖縄の選挙は「派手さ」が特徴である。
この選挙に立候補しているのは、いずれも無所属の3人だ(届出順・文中敬称略)。
下地ミキオ(61歳) 前衆議院議員
サキマ淳(58歳) 前宜野湾市長/自民党、公明党推薦
玉城デニー(62歳) 沖縄県知事/立民、共産、れいわ、社民、社大、新しい風・にぬふぁぶし推薦
最初に派手な仕掛けをしたのは、前衆議院議員の下地ミキオだった。
7月13日、下地はYouTubeライブで沖縄県知事選挙への出馬表明をした。撮影場所はアメリカのホワイトハウス前。沖縄県知事選挙なのにアメリカ。いや、沖縄県知事選挙だからアメリカなのだと下地は語った。
沖縄県の国土面積は日本の0.6%である。人口は日本の1%。しかし、日本全体にある米軍専用施設の約70%が沖縄に集中している。負担は明らかに重い。そして、沖縄が抱える基地問題の解決にはアメリカとの交渉が欠かせない。下地は衆議院議員6期21年の経験、アメリカとのパイプを強調して立候補を表明した。
「多くの人脈を持っています。そして、ここの皆さんと、どのような協議をすれば物事が前に進むのかを今まで経験してきました。私の今までの経験を、このホワイトハウスで、ワシントンで協議をする力を、私は沖縄問題の解決のためにすべて出しきりたい。すべてをかけて沖縄のすべての課題を解決していく。その役割を下地ミキオにやらせていただきたい」
沖縄の選挙では、毎回、基地問題が大きな「争点」の一つとなる。とくに大きな負担となっているのが宜野湾市中心部にある“世界一危険”な普天間飛行場の返還だ。そして名護市辺野古で進む新基地建設(政府の呼称は『代替施設』)の問題もある。日米両政府は26年前に普天間基地返還で合意しているが、今もこの問題は解決していない。
2014年の沖縄県知事選挙で勝利したのは翁長雄志だった。2018年の沖縄県知事選挙で勝利したのは玉城デニーだった。いずれもオール沖縄に推された「辺野古反対」の候補だ。しかし、その民意は日本政府に尊重されず、今も辺野古で工事は進んでいる。
2019年2月24日には、辺野古埋め立てに関する県民投票も行われた。県民投票の正式名称は「普天間飛行場の代替施設として国が名護市辺野古に計画している米軍基地建設のための埋立てに対する賛否についての県民による投票」。県内全41市町村で行われた県民投票の投票率は52.48%で、「賛成」11万4933票(得票率18.99%)、「反対」43万4273票(得票率71.74)%、「どちらでもない」5万2682票という結果が出た。
この結果をみても明らかなように、多くの沖縄県民は「辺野古埋め立て反対」の民意を示している。しかし、それでも国による辺野古の工事は止まらなかった。沖縄の民意は安全保障の名の下に、日本政府から“黙殺”され続けた。そのため沖縄県民からは、基地問題に対する「あきらめ」にも似た言葉が聞こえてくる。
「もちろん辺野古(の新基地建設)には反対よ。だけど、今の暮らしも大事。今を生きなくちゃ、子どもや孫に引き継げない」(サキマ淳を支持する70代の女性)
「基地問題で県民が対立するのはもう終わりにしてほしい。それよりも沖縄の経済をなんとかしてほしい」(下地ミキオを支持する40代の男性)
「辺野古新基地建設には絶対に反対。国は沖縄の民意を無視し、沖縄を差別し続けている。工事を進めてあきらめさせようとしている。負けるわけにはいかない」(玉城デニーを支持する70代の男性)
沖縄で出会った人たちに話を聞いていくと、皆、はっきりと自分の考えを教えてくれる。
「自分の意見を表明することは、政治を動かすこと」
そんな民主主義の大原則を沖縄県民は知っている。しかし、国政の場において、沖縄の声はなかなか中央に届いてこなかった。それは本土で暮らす人々の沖縄への無関心からくるものなのかもしれない。
「無意識の加害」
そんな言葉が浮かんでくる。
知事選告示前日の8月24日、下地が県庁前の県民広場で開いた総決起大会には主催者発表で約2000人が結集した。県民広場は下地のイメージカラーであるオレンジ色ののぼりで埋め尽くされた。ひときわ目を引くのは支援者たちの中心に置かれた街宣車。まるでジャングルのように大量の花でデコレーションされた街宣車を見るのは初めてだった。
ジャングルに分け入るようにして街宣車に上った下地は、マイクを握って聴衆に訴えた。
「みなさん! 私は沖縄を愛しています! 今日、ここにお集まりの皆さんを愛しています! そして今日、ここに来ることができなかったみなさんを愛しています!」
下地はそう切り出すと、花で飾られた街宣車の説明をした。
「夜中の1時に花を飾ることを決めました! 朝からずーっと花屋を回って花を探してきました。そして、このように花いっぱいの車になっちゃったんですねぇ」
聴衆から笑いと拍手が起きる。多様な花は、多様な人々。そのすべてを愛するのだと下地は言った。私が下地の選挙を支えるスタッフに「本当に夜中の1時だったんですか?」と聞くと、男性はあきらめたような表情でつぶやいた。
「本当に急なんだよ。沖縄には『ウチナータイム』(沖縄県民特有のゆったりとした時間の流れ)というのがありますが、うちは『ミキオタイム』(下地中心の時間の流れ)です」
小学生時代から50年間、ずっと下地の「後輩」として付き合ってきた男性も言った。
「選挙が終わったら『先輩、バカヤロー!』と言おうと思っている。今、どうやって優しく言おうか考えているところ(笑)」
男性は毎日下地について選挙の手伝いをしている。下地に振り回されながらも、みんな楽しそうに選挙を戦っている。遊びではない。真剣な戦いの中に「愛」があるのだ。
下地の演説の前後には、沖縄出身のバンド、MONGOL800、かりゆし58の曲が流されていた。爆音で流れる音楽にノッて踊り、聴衆を煽るスタッフもいる。総決起大会には「Z世代」の若者も集まり、路上から下地に大きな声援を送った。下地の選挙戦には祭りの雰囲気がある。
その一方で、下地は選挙戦初日の第一声の場所をメディアに教えないという謎の行動もとった。スタッフの中にも場所を知らされない者がいた。下地は「YouTubeで第一声をする」と宣言し、告示日当日は抗議活動の最前線である辺野古のテント村前で第一声をYouTube配信した。
選挙期間中の8月31日には鹿児島県の馬毛島にヘリコプターで向かい、その日のうちに大阪に入った。そして、人通りの多い「なんば高島屋前」で沖縄県知事選挙の街頭演説を行った。
馬毛島は下地が「普天間飛行場の米軍訓練を移転する」と主張している場所だ。下地は7年前から馬毛島の地権者とも会い、馬毛島の国有化に向けて尽力してきたという。
「沖縄の問題は全国の問題。多くの人に知ってもらわなければならない」
下地は大阪で街頭演説をした意図を私にそう話した。
県内をオレンジ色の電動自転車で走り回る下地はこう訴えている。
「国の予算には頼らない。沖縄のザル経済を変える。沖縄ファースト」
「沖縄は自らの魅力で元気になれる。土地用途の変更、建ぺい率・容積率の見直し、農用地の見直しなど、大胆な規制緩和をする」
「辺野古の軟弱地盤はこれ以上埋め立てさせない。辺野古のすでに埋め立てられてしまった場所には普天間のオスプレイや航空機を移駐する」
「普天間飛行場の訓練は馬毛島(鹿児島県の無人島)に移転する。訓練がなくなった飛行場の滑走路は県民の財産として活用する」
「キャンプ・キンザーと普天間飛行場をトンネルで結ぶ」
「那覇港の埋め立てはやめる」
次々と繰り出される下地の政策。そのアイデアを「面白い」と評価する沖縄の人もいれば、「でも、ミキオだからなぁ。コロコロ変わるからなぁ」と評する人もいた。
しかし、そうした人たちの中にも「実現可能性はわからないが、訓練移転のアイデアはおもしろい」「ワシントンで出馬会見したでしょ。アメリカと話をしてきた可能性もあるから、あなどれないところもある」と言う人がいる。下地の行動力は一目置かれている。
「ミキオは2014年に県知事選挙に出て、7万票に届かず供託金を没収された。それ以上はいかないんじゃないか。ただ、今回は辺野古について、『軟弱地盤は埋め立てさせない』と言っている。デニーさんの票、サキマさんの票、両方を削るんじゃないか」
そう話す人もいた。
沖縄県民に下地の評価を聞くと「変わり者」「政党もコロコロ変わるミキオ」という答えが返ってきた。私がそうした声を下地に直接ぶつけると、下地はきっぱりこう言った。
「それは意図的な人でしょう。何が変わったか具体的に言ってみたらどうですか。政党についてはもうYouTubeで説明している。それを見れば当たり前だなと思ってもらえるはず。なんの問題もない。だから私は『サキマ淳さんのYouTubeも、玉城デニーさんのYouTubeも見てほしい』と言っているんですよ。政策を見ればわかってもらえる。面白い沖縄を作るのはミキオです」
やはり選挙に出て、堂々と政策を訴えることは大事ですか、と聞くと、下地は言った。
「選挙に出ることが大事じゃない。勝つことが大事だ」
サキマ淳は2018年の沖縄県知事選挙に続いて玉城デニーに再挑戦する。前回の結果は次のとおりである(投票率63.24%)。
玉城デニー 39万6632票(得票率55.1%)
佐喜真淳 31万6458票(得票率43.9%)
兼島俊 3638票(得票率0.5%)
渡口初美 3482票(得票率0.5%)
8万票あまりの差は小さくない。しかし、選挙前の総決起大会の規模、派手さでいえば、自民党、公明党から推薦を受けているサキマが群を抜いていた。
8月22日、那覇市内の沖縄セルラースタジアム那覇で「サキマ淳 必勝総決起大会」が開かれた。グラウンド中央には高さ10m近い巨大な特設ステージ。ステージ中央には会場の様子を映し出す大型モニター。スタンドに集まったのは主催者発表で約1万人(主催者発表)。会の最後にはガンバロー三唱のコールとともに大量のテープが会場に舞う。ステージのセットからは上空に花火が吹き出す。東京にいた私はその様子をYouTubeで見たが、かつて取材したアメリカ大統領選挙や台湾総統選挙を思わせる派手な演出だった。
総決起大会は、沖縄の伝統芸能「エイサー」から始まった。国会議員や現職の地方議員と並び、4年前は選挙権がなかったサキマの長女・妃華(ひめか)、次女・彩音(あやね)も今回は選挙を手伝う。選挙権を得た娘たちは1万人の聴衆に向けてこう演説した。
「父の議員生活は、21年前の宜野湾市議から始まり、県議、宜野湾市長と続いてきました。物心つく学生時代のときには宜野湾市長選挙があり、まだ中学生だった私は、父の名前で走る選挙カーが嫌いで、反抗してきた時期もありました。この21年の議員生活での中、4年前の知事選挙が、父・サキマ淳にとって初めての落選となりました。悔しかった思いはもちろん第一にあったのですが、長女の私からすると、『政治家の娘ではなくなる』と、心のどこかで、ホッとしていたところがあったと思います」
「甘い」と言われるかもしれない。「安っぽい演出にだまされるな」との批判もあるかもしれない。しかし、選挙に立候補する人たちの家族を数多く見てきた私は胸にこみ上げるものがあった。大勢の人々の前に自らをさらけ出した娘たちの勇気は称賛に値する。それは私が選挙に積極的に関わるすべての人たちに抱く思いと変わらない。他者に寛容になれない社会は自分にとっても窮屈な社会である。
娘たちは落選翌日からのサキマを次のように見つめていた。
「父、サキマ淳は『感謝』ののぼりを持ち、一人、街頭で『お手振り』を始めました。はじめは、『選挙も終わったのに何をしているんだろう』と思っていましたが、その朝のお手振りも、落選からの4年間、毎日です。朝は家族の誰よりも早く起き、街頭に立ち、一人お手振りをして、また、県民の皆様の声を聞くために県内各地を回った。そういった父の姿を見ていると、やっぱり沖縄のために働きたいと、この沖縄をよくしていきたいという父の強い思いが伝わってきた。4年後の今回、沖縄県知事選挙、リベンジすると話があったときは、私含め、家族全員、今まで以上に一致団結していこうと決意しました」
娘たちは告示日に行われた第一声でも街宣車の上に立ち、この演説を行った。
「セルラースタジアムでの演説、とってもよかったよ!」
演説を終え、街宣車を降りて支援者の間を回る娘たちに次々と声がかかる。
いいものはいい。ダメなものはダメと評価する。その上で、何に重きを置き、誰に投票するかは有権者の自由だ。この「完全なる自由」は誰からも冒されない。まずはその基本に立ち返ることが日本の民主主義を成熟させる上で必要ではないだろうか。
サキマの今回のキャッチコピーは「危機突破!」だ。街頭演説や決起集会では、応援に立つ弁士の多くが「苦しい4年間だった」「国との対立から対話へ」という話をする。そして、サキマ陣営は必ずといていいほど沖縄振興予算の話を取り上げる。
沖縄県選出の衆議院議員・島尻安伊子は沖縄市での決起集会でこう演説した。
「この4年間でぐちゃぐちゃになった県政を私たちの手に取り戻す! このチャンスだと捉えていただきたい!」
島尻の話も沖縄振興予算が柱になっていた。
「沖縄振興予算。仲井眞弘多知事(基地容認)から、いわゆる革新県政(基地反対)に変わって、もう、どんどんと沖縄振興予算が減ってまいりました。これは決して沖縄県に意地悪をしているのではありません。県政がこの予算をしっかりと執行できなかった、ということに基づいて決まってきた。来年度の予算は要求額として、もう既に200億円減らされた。2798億円から出発するわけですけれども、仲井間知事のときには3000億円を国と約束されたわけですよね。それが減額されてきてこの状況になってきております」
決起大会の会場で島尻の言葉を聞いていれば「そうだ!」となるだろう。しかし、8月30日の琉球新報記事(共同通信)によれば、沖縄県選出の西銘恒三郎前沖縄北方担当相は(8月)10日の内閣改造で退任する際「前年より100億円ほど引いたらどうか」と官邸側に伝えていたという。自民党の閣僚経験者も「佐喜真氏が勝ったら年末の予算編成で増やせばいい」とあからさまに語ったと記事にはあった。自公政権が沖縄の経済振興をアメにもムチにも使っていることを示す記事だった。
同じ知事選の候補者である下地ミキオは9月1日の街頭演説で、この記事を取り上げて自民党を批判した。
「沖縄には自分に一票を入れた人たちがいる。苦しんでいる人たちがいるのに、『100億円ぐらい切っておけ』。『サキマが勝ったら増やせばいい』。そういうことを沖縄の政治家が言うんでしょうか。そういうことを言っちゃいけない! どんなに切ると言われても、『沖縄の予算だけは切らないでくれ、基地問題とこの問題は違う!』。そう言って総理に対して沖縄担当大臣は涙ながらに話をする。それがあるべき姿ではないでしょうか」
下地がそう訴えたのは、車通りの多い国道58号線沿いだった。立ち止まって演説を聞いている人は少なかった。下地の訴えがどれだけの人に届いたかはわからない。
4年前の知事選挙で、サキマは「辺野古問題」についてほとんど言及しなかった。しかし、今回は「容認」の立場を取った。今回は選挙公報にも「辺野古」の文字がしっかりと書かれている。
「県外飛行場の活用や訓練移転、辺野古の埋め立て工期短縮などで、米軍普天間飛行場の返還を2030年までに実現し、跡地利用を沖縄の未来をかけた国家的プロジェクトとして推進していきます」
辺野古に対する姿勢を表明したことで、有権者にとってはわかりやすい構図になった。しかし、サキマの訴えには辺野古沖に存在する「マヨネーズ状」ともいわれる軟弱地盤についての言及はない。基地反対派からはその点を突かれている。
サキマにとって、もう一つ、他陣営からの攻撃材料になっている問題がある。それは選挙前に『しんぶん赤旗』が報じた旧統一教会との関係だ。サキマは2019年7月から21年4月にかけて計8回、統一協会(世界平和統一家庭連合)や関連団体の行事に参加していたと報じられた。
玉城デニー陣営は街頭演説の場で、この点を必ずといっていいほど突いている。
「旧統一教会と関係が深い人物を沖縄県知事にしていいんでしょうか!」
演説を聞く聴衆からは「そうだ!」の声が上がる。ある意味、今回の知事選の合言葉のようになっている。
私はサキマが告示日に県庁前で行った第一声を聞いて驚いた。演説の最後に、サキマ自らが旧統一教会の話をしはじめたことだった。
「連日、統一協会の報道がなされております。確かに私は旧統一教会の関係団体の行事に参加をしてまいりました。ただし、会員であるとか、あるいはまた、資金の提供を受けたとか、そのようなことは一切ございません。ただし、多くの方々に不安を与え、誤解を招くような行動をしたことについて、真摯に反省をしております。この場をお借りしまして、旧統一教会との一切の関係を今後行わない。断つということをお約束させていただきます。そして、この度の選挙においても、関係を持たない。そのことをお約束し、チーム・サキマにも指示をしております」
私は9月5日に沖縄市民会館で行われた沖縄支部総決起大会終了後、あらためてサキマに聞いた。旧統一教会の問題は情勢調査の結果に影響を与えていると思うか、と。
「私としては今はつぶさに分析しているわけではありませんが、とにかく、私はふるさと沖縄のため、県民のために精一杯頑張る。統一協会に関しては、私も知らないこととはいえ、大いに反省をしておりますし、それ以来、一切、関係を断っております。それよりもむしろ、今、私の目の前にあるのは、どうやったら県民を幸せにできるのか、どうやったら問題、課題を解決できるのか。丁寧に真心を込めて有権者の方々に訴えていく。それだけだと思います」
告示日の第一声で自ら統一協会の話をしたのは県民が不安に思っていると考えたからなのか。
「そうだろうし、また、私を支える方々も含めてですけれども、やはり、そこはきっちりと表現をしたほうがいいだろうということで、出陣式にあたりまして、そういうような表現というか、発言をさせていただいたということです」
この選挙戦でサキマが各地で強く訴えているのは「子ども特区」。これは全県で給食費・保育費・子ども医療費の無償化を実現するというものだ。
県内を車で走ると、あちこちの交差点で「すごい『子ども特区』サキマがやる!」という横断幕を目にした。「新時代沖縄のさらに先へ! 玉城デニー」「誰ひとり取り残さない沖縄らしい社会の実現へ 玉城デニー」という横断幕もみられる。道路沿いには候補者名が大きく書かれたのぼりが大量にくくりつけられている。公職選挙法に厳しい本土ではなかなか見られない光景である。
「観光関連産業を中心に1000億円規模の支援を行います!」
「那覇と名護を1時間で結ぶ南北縦貫鉄軌道を作りましょう!」
集会でサキマがそう呼びかけると、会場に集った人たちからは大きな拍手が起きた。
現職・玉城デニーの選挙運動に派手さはない。玉城も他の候補と同じく告示前から県内各所で「総決起大会」を開催してきたが、絵面としてはおとなしい。出発式や県内各地で開かれる総決起大会に集まる聴衆も多いとはいえない。これは9月3日に新都心公園で予定されていた大きな集会が台風の影響で延期されたことも影響している。
9月7日には県民広場で玉城デニー陣営による「うまんちゅ総決起大会」が開かれたが、集まった人数(約800人)は、同じ場所で集会を開いた下地ミキオ、サキマ淳と比べると少なかった。玉城は県知事選挙と同日に投開票が行われる県議会議員補欠選挙(那覇市・南部離島選挙区)、宜野湾市長の応援に入ることも多く、こぢんまりとした集会、演説会を重ねている。
加えて言うならば、玉城デニー支持者は演説会に集まることを重視していないようにみえる。道端でそれぞれが勝手に玉城デニーを応援している。選挙管理委員会から認められた街宣車ではない「野良街宣車」で候補者名を連呼する車も県内各地で数多く目にした。ただ候補者の話を聞くのではなく、主体的に動くのが玉城デニー支援者の特徴なのかもしれない。みんなどこからともなく「玉城デニー」と大書されたのぼりを持って街に現れる。
これは本土では考えられないことだ。沖縄にいると、公職選挙法の存在を忘れるほど自由だ。候補者が街頭演説の場で配る法定ビラに証紙が貼られていないこともよくある。公職選挙法では認められていない行為(候補者個人の法定ビラのポスティング)を玉城デニーの公式Twitterアカウントが発信したこともあった(※選挙運動用のビラは選挙事務所内、個人演説会の会場内、街頭演説場所での頒布に限られている)。沖縄はまさに「選挙特区」の様相を呈している。
もちろん、県の選挙管理委員会も無策ではない。啓発ポスター(PDF)や啓発動画を作成して注意喚起をしている。しかし、なかなかなくならない。これは選挙のルールが一般の有権者に知られていないことが背景にある。
「選挙違反を指摘したら、支援者の年配男性に逆ギレされた」
という沖縄県民にも会った。応援したいという善意は尊い。しかし、ルールは守らなければならない。物量作戦がものをいう選挙は無所属候補や新規参入者に厳しい。公平な選挙にはならない。そのことは、やがて自分たちの首を締めることにつながる。
話が少し公職選挙法に寄り過ぎたので、政策の話に戻す。
今回の選挙戦、玉城デニーは出発式を生まれ育った沖縄県うるま市で行った。続いて向かった先は名護市辺野古のテント村だ。拍手で迎えられた玉城は力強く訴えた。
「今回の県知事選挙は、明確に辺野古の埋め立てが争点となっています。4年前は今回出馬した相手候補は明言をしていません。しかし、今回も明言をしているのか、明言をしていないのか、あやふやな状況で県民に判断を誤らせようというような考えさえ透けて見えます。もうお一人の方は、普天間の訓練を移し、オスプレイを辺野古に移駐をさせると言っています」
日本政府に何度踏みにじられてもあきらめない。今回の県知事選で明確に辺野古反対を言い続けるのは玉城だけだ。玉城の演説はそのことを思い起こさせるものだった。
「我々は2013年の建白書で、オスプレイの配備撤回、普天間の閉鎖・返還、そして県内移設断念を、41市町村長および議長の署名をつけて政府に要求をいたしました。今回の他の候補者のお一人も、明確にご自分のお名前でサインをしたはずです。
時間が経てば、考え方が変わっても、説明しなくても、選挙で堂々とそれを訴えることができるのか。そうであれば、私は考えが変わったと、その方針を説明するべきです。
これまで、嘉手納移設だ、辺野古は進めるんだと言いながら、さらに、辺野古はもう今の部分でいい、そこにオスプレイを移せばいい、あとは他で訓練をすればいいという、さも他の訓練がもう既定路線で決まっているかのような言論は、それも県民をまた迷わせてしまうということにほかなりません」
玉城は言葉に一層の力を込めた。
「明確なのは、普天間の一日も早い危険性の除去と、その代替施設として作られようとしている辺野古は絶対に反対だということです!」
ラジオDJの経験もある玉城デニーの演説は聞く者を魅了する。現職としての知名度とタレント性、そして熱さで聴衆を盛り上げる。
9月7日に県庁前の県民広場開かれた総決起大会での演説はさらに熱を帯びていた。
「沖縄で、県知事選挙で、政府を相手に選挙に勝つという意味を、皆さんしっかりと噛み締めてください。だから私は今回も選挙に勝ちたい! 勝ってこれが沖縄県民の力だと、民意だということを堂々と政府に申し上げたい! 沖縄県民の民意は絶対に1ミリもブレていないということを示していきましょう!」
会場が大いに盛り上がったところで、玉城はトドメの一言を放った。
「あきらめない! あきらめないことは勝つこと! 勝つのは皆さんです! みんなで勝ちましょう!」
今回の知事選挙が始まるにあたり、私は各候補者に共通の質問をしてみた。それは「今回の選挙を漢字一文字で表すとしたら何か?」というものだ。
質問をするときは、答えをある程度予想している。しかし、いずれの候補も私が勝手に予想していたものとは違う言葉が返ってきた。各候補者の人柄がよく表れた動画になっているので、よかったら見てほしい。
沖縄県知事選挙の全候補者に聞いてみた 「今回の選挙を漢字一文字で表すとしたら何ですか?」
下地は「和」。玉城は「熱」。サキマは「突破」と、まさかの二文字で答えた。しかし、サキマ一人だけ二文字では公平ではない。あらためて聞き直すと「進」と答えてくれた。いずれの候補もいきなりの質問に真摯に対応してくれた。
しかし、この話には後日談がある。サキマは別の日に他の記者から同じ質問をされると、「『変化』でもいいかな」と、またしても二文字で答えていた。
私はどの候補者に対しても質問の事前通告はしなかった。すべてが「ぶっつけ本番」である。それは私が常に「有権者の目線」で選挙取材をしたいと思ってきたからだ。有権者の皆さんも、候補者とグータッチをする機会などに候補者に直接疑問をぶつけてみてほしい。
たった一問でも、三者三様の違いが出る。選挙は候補者に対して自分の素朴な疑問を問う機会なのだから、このチャンスを逃さないでほしい。
今回、沖縄の選挙を取材していて「これはすばらしい」と思ったのは、誰一人「質問から逃げる候補」がいなかったことだ。すべての候補者が出会った人々の質問や疑問に答えようとしていた。
有権者にとって大切なのは、声の届かないところで批判することではない。厳しい声も、面と向かってしっかりと候補者に届けることだ。その上で一つ言えることがあるとすれば、聞く耳を持たない候補者には投票しないことである。
有権者からの質問に対して候補者はどう答えるのか。その答えを有権者である自分はどう受け止めるのか。有権者と候補者の距離が近づけば近づくほど、政治家は有権者のために働くようになる。
政治家はつねに有権者との対話を求めている。そんなことを読者のみなさんに感じてもらえるなら、私はこれからも選挙取材を続けていこうと思う。
沖縄県知事選挙の投票日は9月11日。同じ日には、沖縄県議会議員補欠選挙、宜野湾市長選挙など、沖縄県内の注目選挙も行われる。
一票を投じる権利を持つ有権者は、ぜひ投票に行ってほしい。未来を決めるのはあなただ。
以上
投票マッチング
投票マッチング | 沖縄県知事選挙2022 8月24日告示 9月11日投開票 |選挙ドットコム運営
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